ありふれた『不幸』
不定期更新となるかと思いますが、面白いと感じて頂けたなら応援よろしくお願いします(〃・д・) -д-))
階数にして7階前後のビルが林のように並ぶ街並。
その全てがボロボロに、酷いものは倒壊して居る。
至る所にツタが伸び、苔がむし、草と木々が生えている………。
「お願いだから…………お母さんの言うことを聞いて……。」
その様にして広がるビル街の一角に、2つの人影があった。
ベットを初めとしてボロボロになった家具が置かれた一部屋。散々としたこの街においては非常に稀なホコリの少ない場所………つまり『人が暮らす場所』。
その部屋で、口を抑えられた獣の様な少女と少女の口を抑える女性が居た。
「……いい?、私が部屋の外に出て少ししたら…………、希歩は耳を塞いで外に走るのよ…………。分かったわね?。」
押し殺すように小さな、しかし諭すような優しい声で女性が呟く………しかし、少女は勢いよく首を横に振る。言うことを聞くつもりは無いといった様子だ。
「………そんなに、お母さんのことが嫌いなの?。」
少女は首を横に振る。
「………じゃあ、お外に行くのが怖いの?。」
再び少女は首を横に振る。
「………じゃあどうして……、いつものお散歩だって………、お母さんも後から行くって」
「お母さんが嘘ついてるからっ!……………。」
自分の口を塞ぐ手をどけ、少女が今にも噛みつかん勢いで女性に言う。
涙と恐怖により、その声はか細い程度にしか出なかったが……それでも必死に絞り出された声は余すことなく女性に届く。
「な、何言ってるの…………、お母さんは平気よ。ほら、いつも通りの笑顔でしょ?。」
そう言って笑ってみせる女性。確かにその笑顔は優しく柔らかいものだった………。
だが、少女は幼くとも聡かった。
柔らかな銀の頭髪から伸びる一対の大きな耳、狼を思わせるのその耳がしきりに動く。
「ドクドクドクって言ってるもん!。なんで怖いのに………なんで悲しいのに…………お母さんは笑ってるの?。………ねぇ、………お母さんってばっ!!。」
「………あなたの耳は本当に凄いわね………。お母さんの自慢よ………さあ、お散歩に行きましょう…………出来るわね?。」
「やだ………今日はお外に行かない!!、お母さんとも離れない!!!。」
そう言って泣きながら女性に…………母親に抱きつく少女。
その大きな耳は最愛の母の音を求め、ピッタリと豊かな胸元に押し当てている。
「…………全く………仕方ないわねぇ。」
そんな少女に…………最愛の娘のわがままにとうとう折れたのか、母親は羽毛のように柔らかな少女の銀の髪を撫でる。
小さな部屋に響く、スリスリと体を擦り合う2人の音…………
………………と、
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
その小さな音を塗りつぶす爆音。
コンクリートで出来た壁を、締め切られた鉄製の扉を。
壁一面から重たい肉塊がぶつかるような騒音が鳴り響いている。
「お母さん………この音はなんなの…………。」
「希歩………あなたの耳は凄いわ。小さな音も聞き逃さないし、色んな音を聞き分けれる。………あなたの鼻も、その赤い目も……全部素敵よ………。でもね、」
母親は言葉を続ける、己にはない娘の狼のような耳と尾を撫でながら。
「どんなに聞こえても、見れても………生きていくなら希歩は耳を塞がなきゃいけない時も、目を閉じなきゃ行けない時もあるのよ………。」
娘を抱き抱えたまま立ち上がる母親……。
そのままゆっくりと窓に近づく。
「…………なんで?。」
顔を上げ、母親の目を見て聞く少女。
「………それはね、皆あなたの事が『嫌い』だからよ。」
「………皆?…………お母さんも私の事が『嫌い』なの?。」
少女を持ち上げ、そのまま窓の外に出す女性。
地上から4階はあるだろうか………この高さから落ちてしまって無事に済むとは思えない。
「ええ、あなたを見ているとお母さんは苦しくなるの。」
………だが、この母親は自らの子供を支える腕から力を抜いた。
支えを失った少女は真っ逆さまに地上のアスファルト舗装がされていた道路に落ちていく。
「あぐっ?!?!。」
背中から勢い良く地面にぶち当たる少女。
肺から空気が押し出され、強い痛みが走る。
「………どう……して。」
母親はしばし地上に落ちた少女を窓から見ていると、そのまま中へ戻った。
…………勢い良く戻りすぎたにだろう、不自然に顔面を窓枠にぶつけていたように見えた。
………少女の耳がヒクヒクと動く。
「………ぐちゃぐちゃって………ずるい、………お母さんだけ『お肉』を食べてる………。とっても柔らかそうなお肉………とっても大きそうなお肉を食べてる…………。」
その赤く、大きな瞳からポロポロと涙が溢れ出てくる。
「パキパキって………今度はお菓子?………サクサクしてそうな………パキパキってとっても…………サクサクしてそうなぁ………、、、。」
全身が痛む………、だが少女の目か零れる涙はその痛みが原因では無いことを…………少女自身は本能で分かっていた。
「あぁぁぁぁぁぁ………お母さん、美味しすぎて『叫んでる』………、うぐうぐって………。」
少女はおもむろに起き上がる。
「………あ、耳を塞がなきゃ行けないんだった………。あれ?、でも外に出てるから塞がなくても良いんだっけ?。」
迷った末に、少女はその小さな手を大きな耳に当てた。
「…………バイバイ………お母さん……………。」
………そして歩き出す。
帰る宛てをたった今失った少女が、ゆく宛も無く………ただ呆然と………。