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第七話 【ブラッドヒール】

 砂埃の中から影がゆらりと立ち上がる。


「あぁまったくやってくれるわぁ……。これはお仕置きが必要みたいね。【ブラッドヒール】」


 風圧と共に煙が消し飛ぶと、汚れていた魔王の装いが元に戻っていく。


「しかし妙よねぇ? 受け身はとったはずが思うように力が入らなかったわ。一体何をしてくれたのかしら?」

「教えて欲しいか? ならまず大人しく俺に殺される事だ」

「ま、教えてもらうまでもないわね」


 魔王が片手に小さな火の玉を顕現させると、時を置かず急激にその体積を大きくする。


「【フレイムボール】」


 確か上位魔法【ファイアボールⅢ】より一つ上の最上位魔法だったか。


「【天秤(バランサー)】」


 俺は魔力を選択。魔王との間に黄金の秤が降りてくると、世界がまた鐘の音に包まれる。流れる時間がゆるやかになると、天秤はこちらへと傾いた。


「【ファイアボール】」

「あらあら、そんな魔法で何ができるって言うのかしら?」


 どうやら魔王に秤は見えないらしい。魔王が巨大な火の玉を投擲。こちらも【ファイアボール】を投げると、【フレイムボール】は霧散し、【ファイアボール】が魔王へと襲い掛かる。


「なっ……」


 魔王は飛翔。階段の踊り場まで距離をとると、その下では凄まじい爆風が巻き起こる。

 なるほど、魔力を【天秤(バランサー)】にかけるとこんな感じになるのか。規模は同じだが威力がまったく変わって来る。


「これは不思議ねぇ。何故あなたの【ファイアボール】はそこまでの威力があるのかしら」

「お前の魔力が弱すぎるんじゃないか?」

「フフ、仮にも私は魔王よ? そんなわけあると思うのかしら?」

「という事はさっきの魔法は最下位魔法だったのか? てっきり最上位魔法かと思ったんだが」

「まったく、大層な口を利けるようになったものね」


 魔王が呆れたようにため息を吐く。あちらもあちらで随分と余裕だな。力の差はもう完全に俺が上回っているというのに。


「いいでしょう。勇者とだけあって確かにある程度は戦えるようねぇ? でも残念。あなたは私には勝てないわよ?」

「随分と自信満々だな」


 俺は一気に決めるべく翼を顕現。地面を蹴り、魔王へと一気に間合いを詰める。


「魔剣ザラム=ソラス」


 魔王が大ぶりの剣を抜くと、俺の聖剣と火花を散らす。妙に手ごたえがあるな。こいつの力は【天秤(バランサー)】でこちらに移ってるはずだが。

 俺は剣を押し込み、宙へと逃れる。


「飛ぶ勇者なんて初めて見たわぁ。一体どんなユニーク魔法なのかしら!」


 魔王を魔剣を突き出すとその刀身は伸び、獣のような牙を以ってこちらへと襲い来る。その姿はまるで魔物。なるほど、そう言う事か。


「【天秤(バランサー)】」


 俺は力を選択。ただし対象は魔王ではなく魔剣だ。

 案の定、顕現した秤はあちら側に傾いていた。皿がこちらへと傾くと、目前には魔剣。俺は聖剣を軽く振ると、魔剣は弾かれ壁をえぐる。


「そんななまくらの剣でよくザラム=ソラスちゃんを凌いだわね。褒めてあげる」


 なまくらか、一応世界一の強度を誇るとは言われてる剣なんだけどな。


「どうした魔王。ひょっとしてまだ余裕のつもりか? だとすれば早急に気を引き締める事をお勧めする」

「それには及ばないわ? あなたは私には決しては勝てはしないのだから」

「そうかい」


 問答は無駄の判断。既に魔王を構成する力のほとんどは俺の元にある。滑空し、剣を振り抜く。魔王が魔剣で応戦してくるが、容易に弾く事が出来た。

 がら空きになった魔王の胸板を掻っ捌く。血が噴き出すと、魔王が膝をついた。


「さて、致命傷は与えたと思うが……」

「【ブラッドヒール】」


 魔王は詠唱すると、飛び跳ね俺との間合いを開ける。


「往生際が悪いみたいだな」

「フフ、往生際が悪い? 一体あなたは何を言っているのかしら?」

「諦める事は悪い事じゃない」

「ええ、そうね。力の無いものはそれが賢明な判断だわ。でもアスト君、あなたは何故魔王が人族に恐れられているのか知らないみたいね?」

「そりゃ絶大な魔力の力を持つからだろ? もっとも、俺にとっちゃ無いも同然だが」


 何せいくら力の差があっても【天秤(バランサー)】さえあればすぐに傾く。


「いい気になっているのも今の内ね。あなたがそこまで強くなっているのは誰のおかげと思っているのかしら?」

「まるで自分のおかげとでも言いたげなセリフだな、ハハ」


 確かに多少タフにはなったかもしれないが、俺がここまで渡り合えるのは恐らくあの天使のおかげだろう。


「あら、正解なのに自嘲気味に笑う必要はないわよ」

「ほお? 随分と自信があるみたいだな」

「ええ。何せあなたの力が増幅しているのは【ブラッドヒール】のおかげだもの」


 なるほど、ただの回復魔法じゃ無かったという訳か。確かに聞いた事のない魔法だし、何かあってもおかしくはないが。


「【ブラッドヒール】は普通の治癒魔法では回復できないレベルの損傷も完全治癒できる。そして傷を癒すたびに対象の力を増幅させるのよ。アスト君にはさんざん使ってあげたものねぇ? ただ、まさかあの状態から回復して戻って来るとは思わなかったから、少しだけ使い過ぎたみたいだけれど」

「なるほど」


 確かに【天秤(バランサー)】無しでもいつもより力が入りやすい思ったんだ。飛竜の時だってあの火を全部凌げるとは思ってなかった。てっきり天使のおかげかと思っていたんだがそうじゃなかったらしい。


「ウフフ、でもね、それは私もおんなじ。自分の傷を癒せばその分力は増幅する。今はまだアスト君の方が上かもしれないけれど、あなたがこのまま私を傷つけようものなら【ブラッドヒール】でそのうち力の差は逆転するでしょうね」

「それでお前は俺に勝てないと言ったわけか……」

「お利口さんね。その通りよぉ? 四代目勇者もそのせいで負けちゃったのよねぇ。可哀想」


 なるほど、確かに【ブラッドヒール】があれば無敵だな。圧倒的な力で死の淵に追いやっても回復され、あまつさえ強化されたんじゃどうにもならない。

 だったら……。


「即死させればいいとでも思った? 残念ながら首を刎ねても一瞬の間くらいなら意識は持つのよねぇ? 【ブラッドヒール】なんて詠唱せずとも使えるから……」


 そう言って、魔王は自らの魔剣を首にあてがうと、切り裂く。

 凄まじい量の血が噴き出るが、すぐに収まり元通りになった。


「ふふ、この通り元通り」

「……」

「あら黙っちゃってどうしたの? 勝ち目が無い事に絶望でもしたのかしらぁ?」


 なるほど確かにこれでは勝ち目がない。

 だが【ブラッドヒール】の効果が魔王の言う通りならそれは極めて……ありがたい。


「分かったら降伏する事ねぇ? 今なら私のベッドにも招待して……」


 俺は即座に間合いを詰め、魔王の腹を剣で貫く。


「どういう、つもりかしら?」


 魔王は口から血を流すと、阿保でも見るような目でこちらに向けてくる。


「そ、そんなの信じるわけないだろ? あり得ない!」


 なんてな? 俺は基本的に人を疑う事はしない。何と言っても勇者は聖人君主だからな。


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