第五話 復讐へ
「なぁ天使」
「ねぇさっきから天使天使って、ミカはミカっていう名前があるんだよ? ちゃんと名前で呼んでほしいな」
ミカが不服そうに眉をまげる。
「そう言うならそう呼ばせてもらうが、ミカという名前はお前には少し可愛すぎないか?」
「もしかしてお兄ちゃんミカを口説いてる?」
ミカがジトッとした視線をよこしてくる。
「ああそうだ。俺は断じてお前の事を貶してなんかない」
「あー! それ絶対悪口のつもりで言ったやつだよね⁉ 天使にそんな事言ったら罰が当たるんだよ!」
ミカがぎゃんぎゃん足元て騒いでいるが、実際これの言動は可愛いとは言い難かった。脳天に剣に叩きつけろとか十やそこらの少女が口にするような言葉じゃない。もっともこいつの年齢が見た目のまんまとは限らないが。
「なら罰が当たることは無いな。今のは悪口じゃなくて事実だ。それよりもミカ、俺は今から魔王を殺しに行こうと思うんだが構わないか?」
「むぅ、絶対悪口だよ。まぁいっか……。どうしてお兄ちゃんがミカに許可をとる必要があるの?」
ぶつくさと不機嫌そうに口を尖らせつつ尋ねて来る。
「だってお前が力をくれたのは人が憎いからだろ? 利害の一致って事は俺がやるべき事は魔族じゃなくて人を殺す事のはずだ」
「あーそう言う事。それなら心配いらないよ。だってミカは魔族も憎いんだから」
「でも人って言ってなかったか?」
「天使からすれば人族も魔族もヒトだよ。一つ下等の次元にいる愛しい愛しい子供たちっ」
ニコッと満面の笑みを浮かべる天使だが、瞳の奥がまったく笑っていない。
「……俺達は随分と愛されているみたいだな。もっとも、天使の愛の形はヒトとは違うらしいが」
「そんな事ないよ~。実は天使とヒトの文字の表記は同じなんだよね」
「すっとぼけやがって……」
でもよく考えてみれば確かに魔族は角と目の色以外人族と変わらないもんな。上等らしい天使様からしてみればどっちも同じって事なんだろう。
「まぁそういう事だから、魔王も遠慮なくギッタンギッタンにやっちゃってよ」
「……そうさせてもらおう」
この天使は相当ヒトを嫌っているらしい。神話の時代にでもヒトと天使の間に何かあったのだろうか。
分からないが、まぁ深く詮索する必要も無いか。ミカはヒトが憎い。俺もヒトが憎い。だから力を貸してくれた。その事実さえあればなんでもいいさ。
「さて、とりあえず魔王の元へ行く事が決まったわけだが現在地が分からないな」
「それならミカが知ってるよ。ここは魔王城から北に九里くらいのところにある森」
「なるほど、なら俺は南に九里行けばいいわけだ」
「そういう事」
しかしまぁ随分と流されて来たもんだ。よく生きてたな。ただ九里となると徒歩じゃ丸一日かかる距離だが。
「飛んでみるか」
「うん、それがいいと思うよ!」
問題はどうやって飛ぶかだが、羽をばさばさ動かすイメージでもすればいいのか?
とりあえずやってみると、確かに羽はパタパタ動いたが身体が浮く気配はまったくない。
「ふんッ」
とりあえず力んでみると、羽はより動きを早くするがやっぱり浮かない。
「お兄ちゃん何やってるの?」
ミカが怪訝そうに尋ねて来る。
「勿論飛ぼうとしてるんだ。だがもこの羽が欠陥品なのかうまく行かない」
「え、羽なんて動かさなくても浮かぶイメージするだけで飛べるはずだよ?」
そう言うと、ミカはふわりと自らの身体を浮かせる。
「なんだと?」
とりあえず言われた通りにしてみると、簡単に浮かぶことができた。
「ほんとに出来やがった……。一体何のための羽なんだ」
「まー身体の前に持って来たら防御とかには使えるのかな? あとそこから魔力を噴射したらスピードは上がると思うよ」
「なるほど、ただのお飾りじゃないようで安心した」
「まぁミカも羽持ってるけど全部イメージで済ませちゃうからあんまり使わないけどね」
「……まぁヒトには羽があった方がイメージしやすいか」
道理で羽が生えて来て驚かれたわけだ。天使にとっちゃあってもなくてもいいモノらしいからな。
「それじゃあ早く行こうよ! 魔族の王をメッタンメッタンにしなきゃ!」
「そうだな」
ミカの言動は相変わらずだが、まぁ俺もウズウズはしていた。
まさかこんな早く復讐を実行できるとは。
さて、飛ぶのは全部イメージだけで済ませられるとの事だが、それは少し癪なので羽から魔力を放出してみる事にする。
すると、存外早く先ほど飛竜が飛んでいた位置まで上昇する事が出来た。
下を見れば広大な森が月明かりに照らされている。なるほど、これなら魔王城まですぐだろう。
思い出してみれば自分と好き放題やられたからな。これまで受けた責め苦、何十倍にして返してやる。