表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

第四話 ユニーク魔法【天秤《バランサー》】

「一応聞くがお前は何者だ?」

「私の名前はミカ。一応言っておくと天使だよ」

「天使ねぇ……」


 にわかには信じられない。神話には確かに天使族は存在したが、あんなものは空想上の生き物のはずだ。


「その顔は信じてなさそうだね」


 自称天使――ミカは不服そうに眉を顰める。


「まぁな、お前はある日突然物語の登場人物が目の前に現れたらその光景を信じるのか?」

「へぇ、物語」


 ミカは目を細めるが、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「信じるよ。天使は何事も疑ったりしないのです。疑いの心は真実を見えなくさせてしまいます」

「なるほど、何教のなのかは知らないがとても良い教えだ。もっとも、俺の家は無宗教だが」

「あははっ、宗教なんてヒトの弱い心が創り出した都合の良い逃避先だよね。お兄ちゃんが無宗教で安心したよ」

「あはは。天使の言葉とは思えないな」


 俺の知る天使は救いを求める人たちに慈悲を与えてくれるはずだが、目の前にいるのは平気で突っぱねそうだ。


「ま、お前が本当に天使かどうかなんて些末な事だ。それよりもさっき成功と言ってたが、俺は復讐するための力を得たって事だよな?」

「うん、そうだよ!」


 いい加減身体を起き上がらせ、自らの身体を眺める。

 変化があると言えばボロキレみたいな身体が元の状態に戻ってる事くらいだが。


「どんな事が出来る?」

「えーっとねぇ。今すぐならとりあえず空とかは飛べるんじゃないかな。翼をイメージしたら羽も出てくると思うよ」

「出てくる、ね」


 まさか皮膚を突き破って出て来るんじゃないだろうな。もしそうなら少し気持ち悪いがまぁ物は試しだ。いかにも天使らしいこの子の身なりにあやかってふわふわの翼を想像してみよう。

 どこかで絵を見た神話にいる天使のような羽を頭の中で連想すると、思いのほかスムーズに翼が生えてくる。


 肝心の接着面がどうなっているのかと背中を見てみると、翼と背中は接着してはいないようだった。生えてきたというよりは顕現したという表現の方が正しそうだ。


「本当に出やがった。ただ……」

「ただ?」


 ミカが小首を傾げる。


「なんでこんな黒いんだ? しかも羽根というよりは霧みたいのが羽の形をしているだけじゃないか。俺は肌心地の良さそうな素材を選んだはずだが」

「うーん、本当に出てくると思ってなかったから何とも言えないかな」

「なるほど理解した。さてはお前天使じゃないな?」


 神話的に言うとさしずめ悪魔といったところだろうか。だとすれば虚言癖があるのも頷ける。


「むぅ、ミカはれっきとした天使だよ?」


 ミカはぷっくり頬を膨らませる。悪魔にしちゃ幾らか可愛げはあるか。


「そんな事はどうでもいい事だったな。それよりもまさか飛べるようになったのが復讐するための力なんて言わないよな?」


 ミカと話す中で霞んでいた黒い感情だったが、またふつふつと湧き上がってくるのを感じる。

 今大事なのは俺に力があるかどうかだ。仮に無かったとしても身体は元通りになったので復讐は果たすつもりだが、あるのとないのでは今後の動きが変わって来る。


「うん。翼が出たのは予想外だったけど、お兄ちゃんは確かに力を得たはずだよ。ミカが持つ天使の奇跡、ユニーク魔法【天秤(バランサー)】をね」


――天秤(バランサー)


 ユニーク魔法とは世界に一つしかない唯一無二の魔法だ。勉強すれば適正次第で誰でも使える魔法とは違って、ユニーク魔法はその持ち主ししか扱えない。生まれつき持っていたり、ある日突然使える様になったりするが、詳しい事は解明されていない。持ってる人もごく少数の一握りだしな。


「その【天秤(バランサー)】とやらは一体どういった魔法なんだ?」

「えっとね、万物の力を操作する魔法だよ」


「万物の力とはまた大層な単語だな。もっと噛み砕いて説明してくれ」

「うーんそうだねぇ。簡単に言うと、どれだけ実力差があっても、これさえ使えば力の差を逆転させる事ができるんだよ。例えば自分より強い人と腕相撲をした時に使えば、簡単に勝つ事が出来る」


「ほう。ちなみに出してくれた例えは身体的な力だが、魔力でもそれは同じなのか?」

「うん、そうだよ。力ならありとあらゆるものを好きに操作できる。流石に生命力までは操作できないけどね」


 つまりこの魔法一つで生き物を殺す事はできないという事か。


「なるほど、だいたい効果は理解したが、使って見ない事には完全に理解できなさそうだ」


 天使の言葉を鵜呑みにして魔王を倒しに行くも一興かもしれないが、どうするかな。

 悩んでいると、不意に頭上から巨大な翼がはためくような音が聞こえる。

 何事かと見てみれば、上空を一体の飛竜が飛んでいた。


「あ、丁度いいね。あれで試してみようよ!」

「あれって飛竜の事か? あいつは巣に近づかない限りこちらには無関心からな、降りてくるとはとても……」

「お兄ちゃん、手借りるね」

「は?」

「【クーゲル】!」


 ミカが突如俺の手を取ると、掌を上空に向ける。転瞬、光の弾が飛竜めがけて飛んでいき、空で煙を上げた。

 怒号のような鳴き声が聞こえると、大音量で風を切る音が夜闇に鳴り響く。旋回しながら煙を振り払う竜が真っ赤な眼でこちらを捕捉してきた。


「なぁ天使、お前、今何をしたんだ?」

「え、ご挨拶に魔力弾当てただけだよ?」

「挨拶だと? まったく俺らに興味の無かった竜がこちらに殺意を向けているのに?」

「だって気付いてくれなきゃ降りてくれないよね」


 ミカは悪びれも無く頭にハテナを浮かべる。


「他にやりようはあっただろ……」


 呑気に散歩していきなり鳩尾をぶたれてみろ。俺なら間違いなく一瞬は殺そうとするね。

 飛竜が降下してくると、凄まじい風圧が木々をなぎ倒し、川の水を跳ね上げる。

 相変わらず血走った眼を向けてくる飛竜は、相当機嫌が良いらしい。

 けたたましい咆哮が耳をつんざいた。


「どうすんだこれ」


 正直飛竜は滅茶苦茶強い。作戦も考えずに戦おうものならたぶん即死だ。勇者パーティー時代でも飛竜と戦うのは避けてたのに。


「どうするもこうするもやるしかないよ」

「だよな……。【剣召喚(シュベルテドア)】」


 俺が聖剣を顕現させると、ミカが興味深げにこちらを見てくる。


「あれ、お兄ちゃんそれってもしかして」

「ああ、そうだ。これでも勇者をやってたからな。ユニーク魔法の一つくらいは習得してる」

「へぇ~。見た感じ剣を召喚する魔法みたいだけど、別に剣は要らないと思うよ?」

「これでもか?」


 ミカの背後から灼熱の炎が猛進。竜の吐いた業火だった。ミカを背後に隠し、聖剣をひと薙ぎすれば炎は霧散する。

 大やけどの一つや二つ覚悟していたが、存外身体は無傷だ。


「どうだ? 感謝される準備は出来てるぞ」

「え、いいよそんなの。ミカってもうお兄ちゃんに憑依しててゴーストみたいな存在だし、お兄ちゃん以外はもうミカに干渉できないもん」

「……初耳だ」


 こっちは文字通り身を焦がして守ろうとしたってのに。


「それにほら、お兄ちゃんには【天秤バランサー】があるでしょ? 早く使いなよ。せっかく降りて来てくれたんだからね」


 撃墜したの間違いだろ……。

 本当にこの天使は天使なのだろうかと甚だ疑問を抱いていると、飛竜が雄たけびを上げる。俺が炎を凌いだのを喜んでくれているようだ。

 飛竜は大地を力強く蹴り上げると、勢いよくこちらに突進してくる。


「ほら今だよ今! 自分の力と飛竜の力を連想しながら発動して!」

「分かった分かった。【天秤(バランサー)】」


 唱えると、突如騒がしかった世界が静寂に包まれる。

まるで時間の流れが極端に遅くなったような錯覚に陥った。あるいは本当に時間が緩やかになったのだろうか。


 どこからともなく教会の鐘のような音が響き渡る。耳を傾けていると、俺と飛竜を見下ろすように金色(こんじき)の秤が顕現した。

 最初は竜の方へ偏っていたが秤だったが、徐々に俺へと傾いていき、完全にこちらへと首を垂れる。


 刹那、再び騒がしい音が俺を包む。竜が大地を踏み鳴らし、振動が胃を揺らしていた。

 しまった、秤に気をとられていてせいで反応が遅れた!

 咄嗟に身構えようとするが、時すでに遅し。竜の巨大な頭蓋が俺の身体を捉える。


――が。


 俺の身体が吹き飛ぶことは無かった。それどころか傷は愚か、痛みも一切感じない。


「グオ?」


 さっきまで迫力満点だった飛竜が間の抜けた鳴き声を漏らす。


「今だ、脳天にその剣を叩きつけちゃえ~!」

「こうか?」


 ミカが諭すので言われた通り聖剣を振り下ろすと、自分でも驚くくらい、言うなれば先ほどの飛竜と同じような風圧が巻き起こる。

 振動と共に凄まじい音が耳朶を打つと、足元の広く砕けた大地に、飛竜の頭が打ち付けられていた。


「すごいすごーい! 相手の力をこちらに乗算する。これがユニーク魔法、【天秤バランサー】の力だよっ!」


 きゃいきゃいと喜んで打ち付けられた頭の周りを跳ねまわる天使は、どうにも俺の知る天使の姿からは程遠い。

 その姿に半ば呆れつつも、喉の奥からは笑みがこみ上げてきた。


 無論、天使と言いながら天使らしからぬその姿を見せるのが可笑しく思えたからというのもある。

 だが同時に、この先俺が成せる事の大きさを知った悦びを覚えているからなのだと、一人でに理解した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ