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第三話 天使のような少女

 五日までは覚えている。だがそれ以降の記憶は曖昧だ。

 一体俺はどれだけの間この部屋にいるのだろうか。今わかるのは身体中が痛いという事だけ。どこが損傷してどこか無傷なのかまったく分からない。


「うーん、そろそろ潮時かしら?」


 女の声がどこからか聞こえる。


「やっぱる何も反応ないわねぇ。死んでるわけじゃないと思うのだけれど」


 誰が死んでないのだろう。


「面白くないわねぇ。仕方ないからこの子はもう廃棄かしら。でもま、これまでで一番長く持ったことだし贅沢は言えないわね。次の勇者を待つとしましょう」


 次の勇者……。勇者ってなんだっけ。勇者は確か……みんなのためにせかいへいわをのぞむそんざいだった。納得した。でも次って事は今の勇者は誰なんだよ?


 終わりの見えない問答を繰り返していると、ふと長らく味わっていない感触が全身を包む。

全身が冷たいモノに覆われた。これは水か。


「ゴボ」


 冷たい水が俺の身体に浸透していく。心地よい様な苦しい様ななんとも言えない感じだ。

 恐らくこのまま行けば死ぬのだろう。でもそれも悪くない。頭が冷えてようやく思い出したのだ。


 今の勇者は俺で、俺は仲間に裏切られ、まんまと魔王の捕虜にされてしまった。いや捕虜というよりは献上品と言った方が正しいか。晴れて他人の所有物になった俺は持ち主に好き放題されて今に至ると。

まったく馬鹿馬鹿しい。


 王は言った。必ずかの魔王を討ち果たし生還するのだと。俺はその言葉を真に受けていきり立ったが、最初から魔王を倒すことなど期待されてなかったのだ。ただ大人しく献上品になり人族の存続に貢献しさえすればいい。それは俺のパーティーの奴らも同様なのだろう。荷物運びをするような感覚でここまで旅してきたに違いない。


 洒落を言い合って笑ったのも、同じ釜の飯を食べて共に喜んだのも、全部紛い物。

 正直友達以上の関係だと思っていた。魔王を倒したとしてもまた一緒につるみたいとも思っていた。だがそれは俺だけだった。

 あぁ……。


 冗談じゃない。


 いつの間にか忘れていた憎悪が腹の底から湧き出てくる。

 何故俺はこんな目に遭っているんだ。あいつらが楽しそうに酒を飲んでいる時俺は自分の血を飲まされた。今こうやって俺は冷たい水に流されているが、あいつらは暖かいベッドで眠っているに違いない。

ふざけやがって。


 あいつらだけじゃない、どうせ人族はみんな俺の事なんて知らずのうのうと暮らしているんだろう? 俺が勇者だった頃も魔族の被害が無い地域ではこっちの気が抜けるくらいのんびりしてやがった。くそったれが。


 だが魔族も魔族だ。人族を既に掌握しているのなら何故もっと徹底的にしなかった? 人族が一網打尽に滅びていれば勇者なんてクソみたいな職業生まれなかっただろう。


 いやそれは全部あの変態魔王のせいだったか。吐き気がするほどの悪趣味のために人族を生半可な支配にとどめるとは自分勝手が過ぎるだろう。他の魔族も何故それを良しとしている。勇者に自らを献上品ではなく勇者だと認識させるためだろうが、俺は道中それなりに魔族の連中は手にかけた。それはつまり王の身勝手で同胞が殺されているという事だぞ? 腹立たしいとは思わないのか。まぁ魔族の事なんざ何も分からないし分かる気も無いが。


 嗚呼、憎い。憎い。全部が憎い。今すぐ何もかもぶち壊してやりたい気分だが、生憎水の感触すら感じなくなった。もう死はすぐそこなんだろう。


 情けねぇなぁ。ボロキレのように扱われてボロキレのように捨てられたのに俺は何もできやしない。せいぜい朽ちる時を待つのみ。身体なんてもうとっくに動かない。関節が関節として役割を果たしているのかも怪しい。まさに俺はボロキレみたいになっているのかもしれないな。


――お兄ちゃんはヒトが憎い?


 ふと、幼い少女のような声が聞こえる。俺に妹はいないから年下なのかもしれないが、これが俗に言うお迎えという奴だろうか。もしかしたら相手は天使なのかもしれない。

 だとすれば無碍にするわけにもいかないな。


「ィ……」


 正直に答えようとするが、声が出なかった。そう言えば魔王に喉を潰されてたっけか。どうやら死後の世界でも死の間際の状態が反映されるらしい。意外と不親切だな。


――あー、声が出ないんだね。でも大丈夫、念じるだけでお兄ちゃんの声はミカに届くよ!


 ミカ、というのは声の主の名前だろうか。まぁ何にせよ、一応意思疎通はできるようになっているらしい。だったら俺の答えはとっくに決まってる。

 憎悪やら怒りやら、ぐちゃぐちゃな黒いモノ全てを込め念じる。


『憎イ……ッ!』


 自分でも驚くほど力がこもってしまったが、これなら確かに声を出さなくても聞いてもらえそうだ。


――そっかー……。実はね、私もなんだ。


 先ほどまで無邪気で元気な明るい雰囲気の声音だったが、急にトーンダウンした。もしかしてこれは試されてて嘘でも「そんな事ありません!」と言うべきところだったか? だとすれば地獄行き確定だなこれは。まぁあの部屋に比べれば地獄には他の罪人もいるだろうしいくらか楽しいだろう。

 だが俺の考えをとは裏腹に、少女の声はまた明るく弾む。


――だから力を貸してあげるよ! 復讐するためのっ!


 復讐? お迎えの天使にしては物騒な単語が飛び出たが。まぁ何でもいいか。俺は声が聞こえる時から正直になると決めたんだ。確か念じれば俺の声は届くんだったな。


『俺は遠慮はしない主義でな。そんな力があるなら是非とも貸してもらいたいところだ』


 裁きの鉄槌の一つくらい覚悟したが、そんなものが飛んでくる気配はまったくしない。


『遠慮なんてしなくていいよ。これは利害の一致でもあるからね。でも貸すにはミカがお兄ちゃんに憑依しないと駄目でね、その過程はすっごく痛かったり苦しかったりするかも。ていうか普通は死ぬね。それでもいい?』


 しれっと怖い事を言われた気がするがその言い草だと俺はまだ生きていたのか? てっきり死後の世界かなんかなのかと思っていたのだが、まぁいいか。生きていたとしても死んだようなものだし、今更惜しむ命なんて無いな。


『構わないさ。なんでもやってくれ。それで力が手に入るならな』


 どうでもいいんだ。俺はもう。これで力が入れば奴らに目に物見せてやれるし、失敗しても死ねるんだからな。


『分かった。それじゃあ契約成立っ。早速実行するね!』


 刹那、真っ暗で何も見えなかった世界が真っ白に染まる。

 心なしか温かな感触に包まれると――時を置かずに、激痛。


「っ……!」


 内臓をえぐられる感触に似ている。だがそれよりももっときつい。例えるなら生きたまま心臓をこじ開けられたような……いやそんな人間の基準ではかれるものじゃない。痛みはあの部屋で散々与えられてきて慣れていたつもりだったが、そんなものは遥かに凌駕する苦痛だった。


「……ッ! ……ッ!」 


 声は出ない。だが喉が無事だったら間違いなく潰れていただろう。

 激痛は身体中に広がり、脳みそがぐちゃぐちゃに混ぜられる。

 何も無かった視界は明滅し、よく分からない幾何学やら物体やらが次々と目の前を駆け巡った。


 しばらく身体がひとりでにのたうち回っていたが、不意に動かなくなる。

 同時に、今まで無かったものが目の前に現れた。


「月……?」


 木の葉の間から月が覗いている。ついでに声も出るようになっていた。

 川の流れる音が耳に入る。

 呆然と空を眺めていると、ふと小さな人影に遮られる。


「すごいすごーい! 成功だよ、お兄ちゃん!」


 嬉々とした声を上げこちらを見下ろすのは、白いローブのようなものを身にまとった金髪の少女だった。年は十かそこらへんだろうか?


 少しふっくらと朱色の頬はまだあどけなさがあるが、その瞳は青く澄み渡り、落ち着きのある聖女のような雰囲気も漂わせている。


 身なりや漂う空気感、そして何より頭上に浮く光の環っかは、まさに神話に出てくる天使を連想させるのだった。


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