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第二話 勇者の知らない事


 三日だ。俺が捕らわれてからだいたいそれくらい経ったはず。

 口いっぱいの鉄の味を噛み締めようとするが、生憎今の俺に歯は無かった。

 だが一度魔王が【ブラッドヒール】を唱えればすべて元通り。また一から歯の折り直しだ。治癒魔法とは言え本来なら回復の限度というものがあるはずだが、魔王のこれはいかなる外傷も治してしまうらしい。


 しかしなんとも情けないな。勇者は俺の代で最後と息巻いておきながらおめおめと捕虜になってこのザマだ。


「ハハッ……」

 

 もはや掠れた息にしかならないが、自らを嘲笑せずにはいられない。


「【ブラッドーヒール】。ねぇアスト君。どうしてあなたは笑っているの?」


 親切にも喋れるよう治癒してくれる魔王だが、その口は不機嫌そうにとがっている。


 まぁ何にせよ口を利けるのはこれが最後かもしれないからな。ご厚意に甘えさせてもらおう。


「……情けないのさ。魔王を倒すために王都を出たってのに結局三日三晩引きこもってる。これじゃあ城にいた頃と同じだ」


 俺は十二の時に城へと招かれ、それから五年間外界との接触を絶ち勇者の為の育成を施されて来た。俺が勇者になったのは使命を果たしたいと思いもあったが、その退屈な城から一刻も早く抜け出したいという願いもあったからだ。


「なるほど。でも解せないわ。あなた月も見えないこの場所で日にちを数える位に余裕があるじゃない? 何故そこまで余裕があるのかしら? 別に物言わぬお人形さんになられるよりはマシだけれど、もうちょっと絶望して欲しいわぁ?」


「残念な事に俺は意外と無愛想でな。だがそれでもそう見えたって事はお前の言う人形さんがいずれお人形さんじゃない日が来ることを確信しているからだ」


「お人形さん?」


「俺の仲間だよ。今はお前の所有物になっているようだが、あいつらは誰かの物になるようなタマじゃない。今は従順な犬だとしてもいずれ必ずお前の喉元にかみつくぞ。たぶん俺はここで死ぬ。だがあいつらはまだ生きてるんだろう?」


 パーティーは運命共同体だ。故にある程度ならそばに居なくても仲間の状態を感じることができる。例えばそれは生命力だったり残りの魔力だったり、身体の状態であったりだ。


 そいつらをひっくるめて俺達はステータスと呼んでいるが、三人ともステータスに異常は一つもない。生命力、魔力共に満タン、状態異常も無し。そこから導かれるのは操り人形にされてはいても、どこかできっちり保管されているという事実だ。


「あぁ、あの子達。確かに生きているわね」


 分かってはいたものの、魔王の口からその言葉が聞けて少しホッとする。

 しかし次の言葉は俺に疑念を抱かせるものだった。


「今頃人族が統治する地域に戻っているんじゃないかしら?」

「なに?」


 あいつらが王都に戻っているだと? せっかく得た駒を手放したのか、こいつは。


「うふふ……そっかぁ、なるほどねぇ? ようやく理解したわぁ」


 俺の困惑をよそに魔王が一人分かったように笑みを浮かべる。


「ねぇアスト君、あなた私が人を操る魔法を持っていると勘違いしているでしょう?」

「……魔王にぴったりな悪趣味な魔法だと思うが」

「あら、ぴったりだなんて失礼な子ね。でも悪趣味という点は同意よ? 魔法で簡単に操れちゃ楽しくないもの」

「訂正する。そっちの方がよっぽど悪趣味だ」

「うふふ、女の趣味を認めない男はモテないわよぉ?」

「女は角なんて生やさないさ」


 吐き捨てると、魔王は信「まぁ!」と口元に手を添える。


「……でも、私がそんな魔法を持っていないのは事実よ? あったとしても使わないわ。面白くないもの」


 一見すれば嘘をついてるようには見えないが……魔王の言葉だ。簡単に信じていいものじゃないだろう。現にあいつらのステータスは健全そのものだ。


「だがお前は俺が操り人形という言葉に言い得て妙と言ったよな?」

「ええ、それはその通りよ」

「それはつまり少なくとも今はあいつらがお前の手中に収まっているという事じゃないのか?」


 尋ねると、何故か魔王は可笑しそうに笑う。


「フフ、フフフ……そうよねぇ? あなた、いいえ、ここに来る勇者は誰一人何も知らされないものね。そう考えるのも理解できるわぁ」

「どういうことだ?」


 俺の知らない何かがある? 


「教えてあげる。真実を。操り人形が言い得て妙と言ったのはね、何もあなたの仲間だけを指した言葉ではないの」


 俺の仲間だけじゃない?


「人族よ」

「え?」

「とっくの昔にね、人族は私の支配下にあるの。それこそ傀儡というやつねぇ?」

「なっ……」


 人族が魔王……つまり魔族の支配下にあるだと?


「確か私に傷を負わせることができたその力を称えて、四代目勇者の活け造りを人族にプレゼントした時だったかしら? 人族の王から降伏の申し出があったの。あちらからすすんで首を垂れてくるなんて面白くなかったのだけれど、私はそれを引き受けることにしたわ。条件付きでね」


「条件?」


「ええ。その条件は一つ。これからも勇者を排出して私の元へ献上し続ける事。そうすれば人族の安泰は約束するってね。ああでも、テキトーに選んだ勇者は駄目よ? 並々ならぬ才能があって、強くて、生命力に溢れていて、それでいて若い子。女の子も悪くないけれど、男の子の方が良いわね。だって退屈じゃない? 私にたてつく者が誰一人いないなんて。それを屈服させるのが唯一の楽しみなのに」


 魔王が俺の膝に手を乗っけてくると、こちらを覗き込んでくる。


 そんな話は聞いた事が無い。いや、聞けるわけもない。何せ俺は魔王と初めて会ったんだからな。


「ハハッ」


 笑いが喉元からこみ上げてくると、魔王が不思議そうに首をかしげる。


「お前はどうやら作り話が得意らしいな。魔王なんかより吟遊詩人の方が向いてるんじゃないか? 音痴じゃなければの話だが」


 言うと、魔王が口の端を吊り上げる。


「うふっ、可愛い……」

「おいおいやめろよつい虫唾が走っちまった」

「そこまで現実を受け入れたくないのねぇ?」


 挑発したつもりだったが、なかなかどうして魔王は煽られ慣れているらしい。


「現実だって? 俺が今捕らわれていて部屋に幽閉されてそのうち死ぬということならとっくに自覚しているが」

「なら、あなたはどうしてここに捕らわれているのかも分かるわねぇ?」

「それは」

「仲間に裏切られたから、じゃなぁい?」


 魔王の深紅の瞳が俺の目を捉える。


「……裏切られた? 裏切らせたの間違いだろ? お得意の魔法を使ってな」

「でもあなたの仲間は異常一つない元気な状態でまだどこかにいる」

「お前は自分の物は大切にする主義らしい。そこは褒めてやってもいい」


 称えると、魔王が一つ息を吐き立ち上がる。

 またお遊戯の再開かと見上げていると、おもむろに虚空から水晶玉を顕現させた。


「この水晶は人族を監視するためのものよ? 当然人族の地域は隅から隅まで見る事が出来るわ」

「……」

「あなたの仲間の一人はフリクトと言ったかしら? 元気はあるけどあんまり可愛くは無かったわね。丁度あなたの仲間と一緒にいるみたいよ」


 水晶がこちらに差し出されると、確かにそこにはフリクトの姿があった。


『しっかし大変だったなぁ!』

『そうだねー』


 どうやら声まで聞こえるらしい。暑苦しい声は言わずもがなフリクトのものだが、もう一人の落ち着いた声はリテラのものだろう。場所は俺らがよく溜まっていた酒場らしい。


『まだアストは生きているみたいだが、あいつの事だ、当分はくたばらないだろうな。ガハハ!』

『ねぇちょっとフリクト君、あんまり笑うのは良くないと思うなー?』


 リテラが言うと、フリクトは木製ジョッキの酒を一気に飲み干す。


『でもこれでしばらく人族は安泰なんだぞ! これが笑わずにいられるか! ガハハ! 今日は祝杯だ!』

『まぁ、それは確かにねー? アスト君はなんと言っても勇者だもんね。みんなのためになるなら本望か』

『そういう事だ! アスト! お前は良い奴だった! お前の分まで酒は飲んでやるからな、安心してくれよ! ガハハ!』


 フリクトがまたジョッキを手に持つと、リテラも小ぶりのジョッキを手に持つ。


『それじゃあまず、人族の存続に……』


「もういい! やめろ!」


 気付けば水晶を頭でかち割っていた。鈍い痛みと共に生暖かな液体が顔をつたうのが分かる。


「あらあら、別に高い物では無いのだけれど物は大切にしなくちゃ駄目よぉ?」

「ああまったくだな! こんな馬鹿げた幻覚を映す水晶だ! こんな欠陥品が高価なわけがない! ハァ、ハァ……」


 つい息が上がる。ぶつけた額がじんじん痛んだ。


「でもこれでわかったでしょう? 人族はもう私の支配下で、生き永らえるたびに必死にお約束を守っているの」

「いいや、何一つ理解できやしないね! こんな幻を鵜呑みにする方がどうかしてる!」


 今すぐこの椅子から立ち上がりたい気分だったが、枷が邪魔して叶わない。


「アハ、アハ、アハハ……。良いわねぇ? こういう表情を待っていたのよォ?」


 魔王は頬を紅くすると、裂けんばかりの笑みを浮かべる。


「可愛そう、本当に可愛い……」


 冷たい手が俺の頬を撫でる。魔王の顔が至近距離まで近づいてくると、頬を撫でていた手は額の傷に触れる。


「現実は辛いものねぇ? 悲しいものネェ? そんなもの、見たくはないわよねぇ? だったら……」


 鼻と鼻が触れるくらいの距離まで魔王が近づいてきた時、冷たい手は俺の眉を撫でてきた。


「見えないようにしてあ・げ・る」


 瞬間、凄まじい熱。視界の半分が真っ暗になるが、もう半分の視界には魔王の手がもつ白い球が映り込む。


「ああああああああああああッ!」

「アハ、アハハ、アハハハハハハハハ。もっと! もっと苦悶の声を聞かせて頂戴!」


 魔王が高らかに笑えば、灼熱が脳みその髄からあふれ出てくる。

 そして、俺の世界は真っ暗闇に覆われた。


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