第九話 これからの事
「いやぁ、圧巻だったよ~お兄ちゃん」
ふとぱちぱちと瑞々しい拍手が聞こえるので見てみると、ミカが満足げに笑みを浮かべていた。頬を染め恍惚そうに目を細めるその姿は、またしても天使としての信憑性を怪しくさせる。
「ほんと、けっこうお兄ちゃんもえげつないよねぇ~ミカ感動しちゃったよ」
「えげつないのを感動するお前の方がえげつないと思うね」
ただまぁ、確かに自分でもあそこまでやるとは思わなかった。
憎しみに身を委ねていたら自然とそうなってたというか。まぁ俺はこの数十倍の責め苦を与えやがったんだから当然と報いだよな。
「にしても流石にずっと裸でいると腹を壊しそうだな。何か着る物が欲しい」
装いは魔王に捕らわれた時のまんまだからな。ずっと上がむき出しだ。
「あ、それなら魔王城の中に宝物庫があったから適当に見繕えばいいんじゃないかな」
「丁度いい案内してくれ。しかしいつの間にそんなところを見つけてたんだ?」
ミカが歩き出すのでその後についていく。
「お兄ちゃんが魔王と問答してる時とか暇だったから、千里眼で魔王城の構造を見てたんだよ」
「便利だもんだな。ひょっとしてそれは俺も使えるのか?」
「うん、ミカが使えるものならだいたい使えるね。【千里眼】も含めておいおい教えてあげるよ!」
「そりゃありがたい」
ミカ先導の元魔王城を練り歩くと、例の大広間に差し掛かった。
忘れはしない。ここは俺があいつらに裏切られた場所だ。
「お兄ちゃん、いい表情するようになったねー」
前からこちらを窺うミカが嬉しそうに笑みを浮かべる。俺は今どんな表情をしていたのだろうか。分からないが、まぁミカの良い表情って言う事はろくでもない表情な気もする。
「……そりゃ当然だろ? 俺はハンサムだからな。どんな表情したって良い表情になっちまう」
「あーうん。そうだね」
「天使ってのは随分と冷めた声も出せるんだな……」
ミカは興味なさげに視線を前に戻す。
冗談を言っただけだろう。真に受けるなよ。確かに子供の頃ほんのちょっとモテはしたが、それは俺の性格がよかったからだろうしな。
「着いたよ」
ミカが立ち止まると、そこは玉座の裏だった。
「この床適当に破壊しちゃってよ」
「隠し通路ってわけか」
先ほどもらった魔剣を顕現させ、地面に叩きつけると、確かに下に続く階段があった。
先に進めば豪奢な扉があったので開けると、そこには鎧や衣服、剣や装飾品などありとあらゆる宝があった。
「こりゃすごいな。これだけで一生遊んで暮らせる」
「せっかくだし色々持ち帰りなよ。城の主はもういないんだし」
「ま、多少の金貨は頂いてもいいかもな。それよりも今は服だ」
宝物庫を見渡せば、ふと目に付いた衣服があった。
「まさかこれ……」
黒いコートと紫の線が入ったインナーウェア。俺の記憶が正しければこれは……。
「やっぱりな。我が懐かしの故郷、オルナティア王国の紋章だ」
服の背びれにある盾のようなエンブレムは今とまったく変わらないデザインだ。
「この服がどうかしたの?」
「ああ。これは四代目勇者が着ていたものだ。教科書の絵とそっくりだ」
しかしまぁ、魔力の練り込み具合と言い昔の勇者はこんなに良い服を貰っていたのか。これ一つで飛竜のブレスを凌げるぞ。まったく羨ましい限りだね。俺なんかどこにでもあるような旅人の服だからな。おかげで装備一式はこちらで調達する羽目になった。まぁ今思えばただの生贄なわけだし、王国が金をケチるのも頷けるが。
「よし、これにするか。せっかくだ、下も全部貰っていこう」
四代目勇者の衣服を衝立から取り外す。
ミカの方へと目を向けると、不思議そうに小首を傾けた。
「そんなに俺のサービスショットが見たいか?」
「えー何それ……なんか嫌だから外でとくね」
ミカがじっとりとした視線を送り付けてくる。
随分な言われようだ。
ミカが出て行くのを確認し、四代目勇者の衣に着替える。
「ついでにこれも貰っとくか」
四代目勇者の衣の傍にあったふくろを手に持ち金貨を多少詰めると、背中へとかける。
これで気分は勇者だ。元々勇者だが。
宝物庫を出ると、ミカがてとてと俺の周りを徘徊する。
「へぇ、なかなか似合ってるね」
「勇者の服が勇者に似合わないわけがない」
「なるほど、それもそっか!」
ここまで立ちっぱなしだったので傍にある玉座に腰掛ける。
ずっと動き回ってたせいで疲れた。
ひじ掛けに肘をつき顔を手に預け一息ついていると、ミカが膝にちょこんと乗っかって来る。
「よいしょっ」
ゴーストみたいな存在というのでてっきり冷たいものかと思ったが、存外暖かい。
「おいミカ。俺は羽が近くにあるとくしゃみが出そうになるんだ」
「まぁ別に我慢すればいいじゃん。それで、次はどうするの?」
ミカが足をパタパタさせながら聞いてくる。飛んだ人でなしだ。いや人じゃなかった。
「そりゃ決まってるさ」
俺が倒れた付近に視線を向けると、勝手に笑いがこみ上げてくる。
「突然俺が勇者として、人族領に魔王の首を引っ提げて行ったらどうなると思う? 勿論俺は人族の敵だ」
問いかけると、ミカはふむふむと腕を組む。
「……なるほど。それは面白そうだね!」
「だろ? 少し休憩したら早速行くぞ。魔王の首は置いてきたがちゃんと落ちてるよな?」
「ちょっと待ってね。うん、大丈夫! ここは魔王以外いなかったっぽいし、誰かが近づいてくる気配も無いよ~」
「了解。一体あいつらがどんな顔をするか見ものだな」
思い浮かぶのはかつての仲間達の顔。あいつらの顔が絶望に満ちたら、一体どんな顔をするんだろうな?




