プロローグ 信頼できる仲間たち
眼前にそびえる魔王城。これまで数多くの勇者がここで散った。しかしその最期は決して無様なものではなくむしろ堂々とし誉れあるものだったという。それは勇者と共に旅をした者の多くが生還を果たしている事が如実に物語っている。
だがこれは裏を返せば、ここまで人間は魔王討伐を果たす事ができていないという事だ。それほどまでに魔王という存在は強大なのだろう。相手にとって不足はない、などと大言壮語の一つくらい吐いてみたいものだっだが、生憎そんな余裕はなかった。
「こりゃあ随分とでかい、もんだなぁ……」
闇夜にそびえる城門を前に、ようやくでてきた言葉がこれだ。案の定、パーティーメンバーから声が飛んでくる。
「まさかアスト、今の洒落のつもりか? だったら今すぐ祝杯の準備をしないとな! 何せその言葉さえお前が吐けば魔王を永久凍土に封印できる! ガハハ」
下品とも大らかともとれる笑い声をあげるのはクラフト。図体のでかさも相まって単純な力比べなら勇者である俺よりも強い。まぁその分魔力の扱いは下手だが、タフさについては折り紙付きだ。
「うーん、アスト君はそんな薄ら寒い事言わないと思うなー? それって単純にクラフト君の思考回路が最悪なだけなんじゃないかな?」
頬に人差し指を当てほほ笑む彼女はリテラ。そのすらっとした肢体からは当然クラフトのような力強さはないが、魔法の知識量はパーティー随一。普通の人よりも多い魔力量も俺には劣るが扱いが段違いに上手いため、魔法だけで戦えば確実に俺が負けるだろう。てかしれっと言ってる事きついなこの子。ちょっと傷ついた。絶対わざとだ。
「そ、そんなことは無いぞリテラ! そうだろアスト? お前は出会った頃からジョークのセンスが壊滅的だったもんな⁉」
「いやいやそんな事ないぞ。確かあれは六歳の時か、近所の友達を集めて法螺話をしたら一週間の間その話で持ちきりだった事もある。あの時から俺はセンスに満ち溢れてたんだ。フィリアも覚えてるだろ?」
傍らで杖を抱える少女へと話を振る。
「え? えっと、今はどの話してたんだっけ。あははー……」
ふと顔を上げ、どこかぎこちない笑み浮かべるのは俺の幼馴染。主に治癒やサポート系の魔法を扱う。クラフトやリテラのような目立って秀でた能力は無いが、魔法を使うタイミングなどが絶妙に上手い。これまで幾度もそのサポートに助けられてきた。みんなの大事なパートナーと言っても差し支えないだろう。
「俺が幼少期いかに人気者だったかという話だ」
「あーその話か~なるほど確かにね」
肯定はしてくれたがなんとなく上の空って感じだな……。。こりゃ相当緊張してるみたいだ。
「やっぱり怖いか?」
尋ねると、瑠璃色の髪が力なく肩を枝垂れ落ちる。
「う、うんまぁ、そうだね……。だってこれから戦うのはあの魔王だもん。今まで誰も倒した事が無い」
フィリアの言う事はもっともだ。俺は十二代目勇者であるため、少なくともこれまで十一人もの勇者が魔王の前に果てている。ここで俺が死ねば新たに才覚を秘めた十三代目勇者が選出されるだろうが、俺はこの代で勇者という職業に終止符を打つつもりだ。確かに緊張はしているが負けるつもりも毛頭ない。
「まぁそりゃ怖く無いってのが無理だよな。でも安心しろよ。当然俺はこんなところで朽ちるつもりはない。俺が魔王の野郎をぶっ飛ばしてお前を必ず守って見せる。勇者はこの代で終わりだ」
「アスト……」
こちらを見上げるフィリアの瞳が僅かに揺れる。不覚にも胸の辺りが波を打つと、ふらりとクラフトとリテラが俺達の間に入って来た。
「お取込み中悪いが俺らの事も忘れるんじゃねーぞ色男?」
「私たちだって仲間なんだから、アスト君にはしっかり守ってもらわないとね?」
「だな! ガハハ」
「ったくお前らは寄生する気満々かよ……でも生憎俺はお前らを守るつもりはない」
はっきり言ってやると、次々非難の声が飛んでくる。
「な、なんだとー⁉」
「あ、それヒーキっていうんだよ?」
「……馬鹿勘違いするなよ。頼りにしてるって言ってるんだ」
よし決まったと思ったのも束の間、てっきり感動してくれるかと思ったが、向けられたのは訝し気な眼差しだった。
「えーほんとかなー? うそくさーい」
「アストが言う事だからな。信用はできん」
「何気に傷つく反応だな⁉」
俺そんなお前らから信用を失う様な事したっけ⁉
「だがまぁ、確かに力持ちはパーティーに必要不可欠だったな!」
「まー、知識って言うのも大事な要素ではあるよねー?」
どうやら俺の言葉は二人に届いたらしい。
しかし感銘を受けたのも束の間。
「ま、アストだけじゃ頼りないって事だな! ガハハ」
「あー、それはちょっと分かるかな」
「……後半のは余計だけどまぁそういう事だ」
さて緊張をほぐすためとは言え少し喋り過ぎた。そろそろ気を引き締めるべきだろう。
「それじゃ、そろそろ行きますか」
言うと、仲間たちの表情も真剣なものになる。それを確認し、俺は門の方へと向き直った。
――開けるぞ。
そう言おうとした矢先、厳かで重々しい音を立てながら門が勝手に開く。
「え、開いた……? こんなの……」
フィリアが困惑の声を上げると、フリクトが厭味ったらしい笑みを向けてくる。
「おいアスト、もしかして魔王と友達なのか? だったら今すぐ悪さをやめるよう頼んでくれよ?」
「生憎俺はまの付く友達はいない。当然家族にもな。ちなみにママは俺が物心ついた時には亡くなっていたからノーカンだ」
ついでに言うと父親も誰か知らない。俺を育ててくれたのは師匠だ。剣も魔法もその人に鍛えてもらった。
「罠とかそういう可能性もあるし、引き返すのもありだったりしないかなーとか……」
「大丈夫大丈夫。フィリアは心配性だな! ガハハ」
フィリアが不安そうにするのをクラフトが笑い飛ばす。
「ま、もし仮に罠だとしてもここ以外入れそうなところないしね~」
確かにリテラの言う通りだ。ここは進むしかないだろう。フィリアも乗り気ではなさそうだが、腹をくくったようだ。
「念のため俺が先頭を歩くからしっかりついてきてくれ」
「おっ、流石勇者様、言う事が違うなぁ。さ、俺も負けてられん。しんがりは引き受けよう!」
こうして俺を最前列に、クラフトを最後尾にして薄暗い魔王城の中を進むと、意外にも何事も無く玉座の間へ続きそうな大扉の前にやってきた。
「……拍子抜けだな」
「まぁ楽に行けたんだしよしとしようじゃないか! ガハハ」
俺もクラフトみたいに楽観的になれれば良かったんだが、不安はやっぱり残るな。とは言え行く以外道が無いのも事実。
「行くぞ、お前ら。帰るまでが遠足だからな。途中で疲れて寝たりするんじゃねーぞ?」
「当然、俺が眠る事はまずない。遠足は一人でも最後まで騒ぐタイプだからな!」
「だね。絶対に生きて帰るよ」
クラフトがヘラっというと、リテラは少し慎重な面持ちで呟く。
「そうだね。みんな……うん、帰ろう」
フィリアについては緊張が上回っているようだが、瞳には確かに強い意志が宿っている。
俺は一つ頷き、大扉を開く。
軋んだ音が辺りに響くと、玉座に鎮座する人影があった。
「勇者ね? 待ちわびたわ」
「まったく嬉しくない待ち人だな。しかし話には聞いてたがまさか本当に女だったとはな」
「あなたくらいの盛んな年頃なら嬉しい事実じゃなぁい?」
「冗談じゃない。生憎俺の射程範囲は狭いんだ」
魔王は白髪の割に顔は若々しい。腰まである髪の毛は当分薄毛の心配は無いだろうが、実際はもう何十年も生き晒しているはずだ。
「連れないわねぇ。こっちは待ちきれなくてつい入口を開いてしまったと言うのに」
「ああ。おかげで入りやすかったよ。そのついでと言っては何だが、このまま俺の刃も入れさせてくれよ!」
即座に聖剣を手に取る。先手必勝。体裁などどうでもいい。大事なのは魔王を倒す事だけ。
「行くぞ、クラフト、リテラ! 打ち合わせ通りに……!」
俺が踏み込もうとした刹那、背中を縦上の熱が走る。想定外の感触に踏みとどまると、激痛が背筋を走った。誰かに背後から斬られた⁉
「は?」
後方を見れば、大剣を振り上げたフリクトの姿。本来魔王を倒すための刃は、確実に俺を捉えているようだった。俺は即座に反転。天上から襲い掛かる斬撃を聖剣で受け止める。
手首がしびれた。どう考えても本気の一撃。背筋にドクドクと生ぬるい液体が流れるのを感じる。
「おいおいフリクト……」
「【パラライズ】!」
問いかけようとするが、別の声に遮られる。瞬間、手のしびれが全身を駆け巡り始めた。
声の方を見てみれば、リテラが魔法書片手にこちらに手のひらを向けている。
この痺れはリテラのマヒ魔法か!
本来ならばこれだけの傷を受ければフィリアの治癒魔法が入るはずだが、当のフィリアは黙って見ているのみで魔法を使う様子もない。どうやらこちらでどうにかしないといけないらしい。フィリアには劣るが、一応傷や状態異常を治す魔法は覚えている。
俺はすぐさま治癒魔法【ハーフヒールⅡ】を行使。状態異常、および傷の五割を治癒する魔法のはずだが、何故か背中の傷は浅くするだけで痺れまでは取ってくれない。
「なッ……!」
困惑していると、横っ腹に重い衝撃。図太いを足から放たれた蹴撃だった。痺れも相まって受け身をとれず、身体はふっ飛ばされ壁にぶち当たる。口内には不快な、鉄の味。
確かに俺は【ハーフヒールⅡ】を使ったはず。証拠に背中の傷は浅くなった。それでも痺れが取れないの何故か。
「そう言う事か……」
揺れる視界の中、リテラが魔法書片手にこちらに手を向けていた。そこから稲妻が俺へと地続きになっている。どうやら状態異常のマヒを雷魔法で再現したらしい。道理で【ハーフヒールⅡ】が効かないわけだ。雷のマヒと状態異常のマヒでは性質が違う。【ハーフヒールⅡ】で治せるのは状態異常のマヒのみ。流石俺より魔法の扱いが巧いだけある。
だが、俺は腐っても勇者だ。マヒくらい慣れてしまえば問題ない。
聖剣を握り直すと、何かを察知したかリテラが叫ぶ。
「フィリア! 早く【スリプル】を唱えて!」
痺れの次は眠らせる気らしい。だが……。
「駄目! まだ効く状態じゃない!」
流石フィリア。よくタイミングを理解している。魔法は一度受けると厄介だが、受ける前なら強引に魔力を放出して無効化できたりする。今の俺は既にその準備が整っていた。
「とりあえずフリクト、お前からだ! きっちり説明してもらうぞ!」
「っ……!」
すかさず間合いを詰める。勢いのまま横っ腹を聖剣で、殴打。不意を突かれたフリクトは後方へと吹き飛んだ。
そのまま追撃するため踏み込むも、背中に走った凄まじい衝撃に阻まれる。いや背中なんて生ぬるい、これは心臓に何かをぶつけられた?
胃からこみあげる不快な熱。なんとか後方を確認すると、魔王の掌には黒いオーラを纏っていた。魔王の攻撃だったらしい。
視界が明滅する。倒れそうな身体をなんとか足で踏ん張ろうとするが――
「【スリプル】!」
耳に届く詠唱の声。足に力が入らず、支えを失った身体は当然の如く崩れた。
地面に突っ伏し、揺れる視界の先ではフィリアが杖をこちらに向けている。ああまったく、つくづく絶妙なタイミングだな。敵に回すとここまで厄介なのか。
意識がだんだんと沈みゆく。
本当に何もかもわからない……。何故、俺は仲間であるはずの奴らに攻撃されたんだ? お前らは何故魔王と共闘する?
どうして……。
失意と絶望で景色が暗転していく中、視界の端に何かの雫が映ったような気がする。しかしその行く当てを確認する前に意識は途絶えた。