99話 襲撃者達
俺とアリスとリンドバーグの三人は音が鳴り響いた屋敷へと向かう。
走っている途中に俺はアリス達に話しかけた。
「アリスとリンドバーグは玄関から入ってくれ。俺は直接ミシェル令嬢が居る場所に向かう」
「わかった」
「了解しました! マスターもお気を付けて!」
屋敷の前にたどり着くと、アリス達は玄関の方へ向かった。
しかし俺は二人とは違う方向に走り出すとそのまま壁に足を掛けて駆け上がって行く。
すぐに二階にたどり着くと、一番西にある窓ガラスをコンコンと叩くと、室内に向けて話しかけた。
「ラベルだ。ダン、いるか? 窓を開けてくれ!」
「ラベルさんか? それじゃまずは顔を見せてくれ!」
部屋の中からダンの声が聴こえた。
俺は一瞬だけ窓から顔をのぞかせた。
外から室内を見たのだが、真っ暗で何処に誰がいるのか全く分からなかった。
俺が顔を見せた事で闇の中からダンが姿を現し、室内側から窓を開けてくれた。
「ラベルさん、お帰り。外はどうだった?」
「外で五人だけ倒したが、この屋敷内にも何人か侵入しているみたいだ。お前も気を抜かずに警戒しておいてくれ」
「なら俺達はラベルさん達が侵入者を退ける間、この部屋で待機しているよ。この部屋なら待ち伏せもしやすいし最悪窓から飛び出せば下は花壇だから逃げる事も出来ると思う」
「ダンもよく周りが見える様になって来たな。ここはダン、お前に任せておけば大丈夫だ。今アリス達が玄関から入ってこちらに向かっている。俺も今から襲撃者を追い込んで、アリス達と挟み撃ちにするつもりだ」
「リオンねーちゃんはどうしてるんだ?」
「リオンは休憩中で部屋で休んでいた筈だが、この騒ぎに気付いて起きているだろうな。きっと今頃は自己判断で動いてくれている筈だ」
俺とダンの元にミシェル令嬢がメアリーを連れて近づいてきた。
「ラベルさん、今回の襲撃の事は任せます。被害を最小限に抑えて下さい」
「はい。全力を尽くします。ミシェル様はこの場所にいてください」
俺はそう告げると、二階の廊下へ飛び出し真っ直ぐ進んで行った。
何時も解体で使っているナイフを持つと廊下を真っ直ぐに進む。
二階にはまだ襲撃者はたどり着いておらず、一階からは大声が聴こえて来た。
すると一階の階段から五~六人の人影が階段を上がってきている。
俺はナイフを構え警戒する。
階段を上がってきたのは執事長のマルセルと屋敷にいたメイド達。
「マルセルさん、大丈夫ですか!?」
「はい。ありがとうございます。実は私達はリオン様が助けてくれたお蔭で逃がされたんです」
「マルセルさん、今は少しでも情報が必要です。もし覚えているのなら敵の数は分かりますか?」
「私が見たのは五人程度だったと思いますが…… 全員が武装しておりました」
「ありがとうございます。この奥にダンとミシェル令嬢達がいるのでそこで待っていて下さい」
「はい。お気をつけて」
俺は【ゲッコー】の魔石を飲み込み階段を下りて行く。
空間の狭い場所では重力を無視して何処でも移動できる【ゲッコー】の能力はとても有用であった。
階段を下りていると怒号が聴こえてくる。
すぐ下で戦闘が行われているのだろう。
俺は壁に足を当てるとそのまま壁を走りながら一階へと降りて行く。
一階の廊下ではリオンが三人の襲撃者と戦闘を繰り広げていた。
襲撃者は剣を振り上げ、三人同時にリオンに斬りかかろうとしている。
しかしリオンは慌てた様子は見せずに、バックステップで一旦後方に下がり、壁を走っていた俺に目で合図を送った。
(流石はリオンだな、俺が来ることも織り込み済みって訳だ。ならこのまま乱戦に入らせて貰おう)
リオンは見慣れているだろうが、普通の人間が重力を無視して壁を走ったりはできない。
異次元の壁から天井に走る俺の姿は襲撃者の度肝を抜いていた。
「なっ何者だ!! なんだよそれは」
「教える訳が無いだろ」
俺は天井を走りながら手に持っていたナイフを俺を見上げていた男の首筋に投げる。
俺が投げたナイフは見事、男の首に刺さった。
俺のナイフには紐が取り付けられており、紐を引っ張るとナイフは綺麗に抜けた。
「ぎゃぁぁぁーっ」
断末魔を上げて一人が首を抑えながら倒れ込んだ。
「よくもやりやがったな!!」
残りの二人が俺に対して斬りかかろうとしていた。
しかしその隙をリオンが見逃す筈がない。
自分に対する注意がそれた事を理解すると、攻撃を仕掛けている襲撃者の隙をついて、ほんの一瞬で剣が届く範囲まで近づいていた。
「なっいつの間に!? ぐあぁっ!!」
気付くのが遅く、対応に遅れた襲撃者はリオンの一撃によって胸を斬り抜かれていた。
残りの一人は分が悪いと悟ると、俺達の前から逃げ出そうとその身をひるがえし、背を向けて走りだした。
「逃がす訳が無いだろ!?」
俺は【スパイダー】の魔石を飲み込むと、指先から糸を飛ばして男の足に絡みつかせた。
足が絡めとられた男は顔から床にダイブする。
俺はそのまま素早く男に近づくと、リュックの中から、深緑の色をしたポーションを取り出すと、栓を開けて倒れた男の頭から液体をぶっ掛けた。
すると男の目は虚ろとなり、そのまま眠りに落ちて行った。
「ラベルさん、今のは?」
「眠り薬だよ。モンスターにも効くように、俺が改良して成分効果を高めているやつだ。こうなったら丸一日は眠り続けるだろう。自殺されたら何も聞けなくなるから。なにがあるか分からないからこの男は拘束して早くアリス達と合流しよう」
「そうだね」
俺達は眠っている襲撃者の武器をはぎ取り、手足を蜘蛛の糸で縛り動けない様にした。
「これで一先ずは安心だ。アリスが玄関からこっちに向かっている。早く合流して情報を交換しよう」
俺はそう言いながら玄関の方向に向かって動き始める。
「止まってラベルさん!」
しかし俺はリオンの言葉によって動きを止められる。
「どうした!? 敵が現れたのか?」
「ううん。違う」
俺達の前に現れたのは汗だくの状態となっていたブロッケン様であった。
相手も俺達に気付いた様で、こっちに近づいてきた。
「何をしている。早く助けんか!! お前達の仕事は敵から我々を守る事だろう!!」
いきなり啖呵をきってきた。
(俺達の主は伯爵であり、その娘のミシェル令嬢だよ。決してお前ではない!)
その言葉が喉から出そうになってしまったが、無理やり飲み込んだ。
「ご無事で何よりです。襲撃者はまだいるのですか?」
「あぁ、私の部屋にも入って来たんだが、この剣で何とか撃退する事が出来てな。それよりミシェルはどうしている? 大丈夫なんだろうな?」
「勿論です。今は二階の奥で事態が収まるのを待ってます」
「襲撃者はもう居ない。ミシェルの所に案内しろ」
物凄い剣幕で俺達が反論する余地を与えない様にまくし立てていた。
そんな状況下に俺はリオンに耳打ちをする。
「リオン、悪いが二階の最奥の部屋にダンとミシェル令嬢やマルセルさん達が隠れている」
「そうなんだ」
「だからお前は今からブロッケン様を連れて合流するんだ」
「あの人を連れて行くの?」
「あぁ、頼む。だけどあの伯爵の弟には裏がありそうだ。よく観察しておいてくれ」
「わかった」
俺はリオンに注意事項を告げた。
そしてブロッケン様はリオンに先導された状態で二階へと連れて行かれた。
「俺の予想が外れていればいいんだけどな」
去って行く二人を見送りながら、俺は一抹の不安を感じていた。




