98話 真夜中の襲撃者
五日目の夜。
今日の夜間警護はアリスとリンドバーグが担当だ。
交代制なので俺とリオンは休息中なのだが、昼の出来事が気になり俺は夜になっても起きていた。
もちろんリオンには休んで貰いたいので俺が起きている事は黙っている。
休息する者には俺が特別調合したお香を手渡していた。
このお香には睡眠の効果を高め、三時間程度の短い睡眠時間でも八時間眠った時と同等の疲労回復効果がある特別なお香だ。
便利な道具なのだが製作するのに色々な材料を使用するので、任務やダンジョンアタック中以外は使えない特別な品でもある。
リオンも今はこのお香を使って眠っている筈だ。
「何もなければいいんだがな」
自室で椅子に座り腕を組んだ状態の俺が見つめる先には【スパイダー】で作りだした糸がある。
糸はピンと張られており、一方は壁にしっかりと貼り付けられており、反対側は開いた窓から外に伸びていた。
糸には何個かの鈴が付けられており、今は微動だにしていない。
時刻は深夜十二時を過ぎ、周囲からは物音一つ聞こえてこない。
たまにアリスとリンドバーグの話し声が聞こえる程度だ。
「気にし過ぎだったな。俺もそろそろ休むとするか……」
俺は椅子に座ったまま、目を閉じようとした。
チリン、チリン、チリン
糸が大きく振動し、鈴の音が一斉に鳴り響いた。
俺は素早く糸を手に取ると思いっきり引っ張ってみる。
手にはズシリとした重みを感じた。
糸から伝わる振動と重みは鳥や動物ではなく、紛れもなく人間だ。
実は夜になる度に俺は塀から屋敷の屋根に向けて【スパイダー】の糸を使って蜘蛛の糸を空中に張り巡らしていた。
簡単に言えば屋敷を囲う程の広範囲な蜘蛛の巣である。
昼間なら見えたりもするが、夜になると闇に紛れて殆ど分からなくなる俺しか設置できないトラップ。
更に蜘蛛の巣には粘着性を高めているので、市販の【蜘蛛の糸】と同様に一度絡めば身動きが取れなくなる様に調整していた。
今回はそのトラップに侵入者が引っかかったのだ。
「侵入者だぁぁぁ。塀を越えてきた侵入者がいるぞ!」
俺は窓から大声で叫ぶと道具が詰め込まれた愛用のリュックを背負い、真っ先にミシェル令嬢が休む部屋へと向かう。
ドアの前にはダンが立っており、ドアを開けようとしていた。
俺はそのままダンの傍に駆け寄る。
「ラベルさん、今の叫び声は!?」
「ダン、侵入者だ! ミシェル令嬢の部屋に入るぞ。令嬢を守れ」
「やっぱりそうか!! だけど安心してくれ、こっちには物音一つしてないからまだ襲われる前の筈だ」
俺達は瞬時に情報を交換した後、ミシェル令嬢に声をかけながらドアを開き室内へと入った。
「ミシェル様、突然失礼します。どうやら侵入者が現れた模様です。ここは危険ですのですぐに移動を!」
ドアが開かれた音でベッドで眠っていたミシェル令嬢は目を覚まし、上半身だけを起こす。
「侵入者ですって!?」
すぐに状況を把握したミシェル令嬢は周囲を見渡している。
「私は大丈夫です。ダンは今すぐメアリーを呼んできてください。移動するにもこの服装のままで動けません」
「お嬢様!! 今、物音が!!」
その瞬間、メイドのメアリーが部屋に飛び込んできた。
服装は寝間着姿だが、手には剣が握られている。
メイドのメアリーさんもダンと同様に俺の声やドアを開ける音に気付き、ミシェル令嬢の元に駆け付けたようだ。
「ほぅ…… あの動き、メアリーさんは冒険者だったのか」
「やっぱりわかる? 俺も初めて知った時は驚いたよ。それにメッチャ強いんだぜ」
「そうだろうな。動きを見ればわかる」
その後、俺が現状を説明するとメアリーさんも理解してくれた。
「わかりました。お嬢様、お着替えは私の部屋で行いましょう。この部屋では危険過ぎます」
「えぇ、メアリーに任せるわ」
メアリーさんはミシェル令嬢を隣の部屋に移動させると、短時間で着替えを終わらせてくれた。
「ラベルさんはアリスねーちゃん達の応援に行ってくれ。ミシェル様は俺とメアリーさんがいれば大丈夫だ」
ダンの頼もしい言葉を聞いて俺はミシェル令嬢をダンに任せて、侵入者の確保に動き出す。
「それじゃ行ってくる。お前なら大丈夫だ」
そう告げると【ゲッコー】の魔石を飲み込み、ミシェル令嬢の部屋の窓から飛び出した。
そのまま重力を無視しながら外壁を駆け上がると屋根に上り敷地全体を見渡す。
しかし時刻は深夜で夜目でも効かなければ暗闇で思う様に動く事も出来ない。
俺はリュックから一粒の魔法石を取り出すと魔力を流し込み起動させる。
この魔法石は魔力を通すと発光する魔法石で、一般的な魔法石の一つだ。
街中の外灯やダンジョンでもライトとして使用されたりもする。
俺が投げた魔法石の移動する周囲が光で照らされ視界が広がっていく。
すると一か所で俺が張った糸で動けなくなっている二人の人影が見えた。
「あそこだな! 拘束して情報を吐き出させる」
俺はナイフを取り出すと【スパイダー】の魔石を飲み込み屋根から飛び降りた。
そして落下している最中に指先から糸を出し、空中に設置していた罠の蜘蛛の巣に絡ませる。
そしてそのまま振り子の様に一気に前方へと移動をはじめた。
「ラベルさん!!」
すると地上からアリスの声が聴こえた。
俺がアリスの声がする方に視線を向けると、アリスが手を振っている。
その足元には三人の人影が転がっていた。
その転がっている人をリンドバーグがロープで拘束している。
「もう終わったのか。流石アリスだな。S級冒険者相手に三人じゃ力不足だったという訳だな」
アリス達が大丈夫だと分かったので俺も心置きなく動く事が出来る。
俺はそのまま一気に糸に絡まった襲撃者の元に移動すると、ナイフで糸を切断する。
身動きが取れない襲撃者達は数メートルの高さからそのままの状態で地面に落下した。
もちろん蜘蛛の糸で拘束されているので受け身は取れていない。
「グハァッ!」
「ガハッ!!」
各々が悲鳴を上げながらそのまま地面に激突し口からは大量の血を吐き出した。
しかし死ぬような怪我でもないので、俺はまず敵の正体を突き止める事を優先する。
「お前達は何者だ? どうして伯爵家を襲う? 仲間は何人いるんだ? 答えろ!」
「へっ! 言うと思ってるのかよ」
俺に襟を捕まれた男は突然思いっきり歯を食いしばると、急に顔色を変えて口から泡を吹きだして死亡する。
「おい!!」
俺はもう一人の男に今度はポーションを飲ませようとしたが、俺が駆け寄った時には先ほどの男と同じ様に絶命していた。
「一体どうなってやがる? 自殺だと?」
その時アリスとリンドバーグが駆け寄って来た。
「ラベルさん」
「アリス、そっちはどうなっている? 他に侵入者はいなかったのか?」
「私が見えた不審者は全員倒したけど、他にいるのかはわからない。ラベルさんの方は拘束してるんじゃ?」
「拘束して敵の情報を聞きだそうとしたら、自殺しやがった」
「自殺?」
アリスは死亡した侵入者の元に近づいた。
「以前にも同じような事があったの」
そしてゆっくりとした口調で話し出した。
「以前にも同じって何が同じなんだ?」
「捕まった襲撃者が全員自殺する事件」
「そうなのか。それでそれはどういう奴等なんだ」
「ラベルさんも知っている奴等だよ。【黒い市場】」
「【黒い市場】だと!! あの商業都市【サイフォン】で同盟国の皇太子を襲った…… レミリアがいた組織……」
「うん。【黒い市場】がギルド会議を襲った時、捕まった襲撃者達は全員が自害したの。まだそうだとは言えないけど、もしかしたら……」
「もしそうなら一大事です」
黙って聞いていたリンドバーグが生唾を飲み込みながらそう告げた。
「あぁ、これは大事になりそうだな……」
俺もリンドバーグの意見に頷いて同意を示した。
その時、屋敷の窓ガラスが割れる音が鳴り響く。
「襲撃者はまだいるぞ!! 屋敷の中へ急げ!! ミシェル令嬢に危害が及ぶ前に捕らえる!!」
俺達は気持ちを切り替え、屋敷に向かって走って行った。




