97話 訪問者
俺達が伯爵家の警護を担当しはじめて、四日目。
この位になってくると、昼夜連続の警護に体も慣れてくる。
最初はシフトに慣れずに、みんなも大変そうだったが今は動きにも余裕が感じられる。
俺とリオンの組とリンドバークとアリスの組の二組を交代させながら夜の警護をしていた。
屋敷の周辺を知っている者と屋敷の中を知っている者を組み合わせる事で、どちらのトラブルにも対応できる様に考えている。
ダンはミシェル令嬢の専属護衛なので、夜は部屋のドア前で眠る様にしている。
夜の警護も手伝うと言って来たが、もしもの事があるので、ミシェル令嬢の護衛に全力を注ぐように言っていた。
そして五日目の昼、一台の馬車が屋敷に入ってくる。
門番は停めた後、軽くやり取りをしただけで馬車を屋敷の内へと通した。
その様子を中庭から見ていた俺は、近くで庭の手入れをしている男性に声をかけてみた。
「すまないが、あの馬車が何者かわかったりしないか?」
俺の言葉を受けて使用人の男が馬車に視線を向けた。
「あぁ、あの馬車は旦那様の弟様のブロッケン様の馬車です」
「なるほど、ギルバート伯爵の弟って訳か、それなら門番が素直に通すのもおかしくはないか……」
「今は旦那さまから鉱山の管理を任されている筈です」
「手を止めて悪かった。助かったよ」
「はい」
訪問者の素性がわかったが、俺は何故ギルバート伯爵の弟がこのタイミングに屋敷へやって来た理由が気になった。
何故なら、ギルバート伯爵は今、訪問してきた弟が任されている鉱山に向かっているからだ。
当然、伯爵の身に何か起こっている可能性は高い。
俺は警護を一時的にリオンに任せ、ミシェル令嬢の元へと急いだ。
◇ ◇ ◇
俺が令嬢の部屋に急いでいると、廊下を歩くミシェル令嬢とダン達の姿が見えた。
「ミシェル様、今からブロッケン様との会談でしょうか? もしそうなら私も同行しても良いでしょうか?」
「えぇ、おじ様が尋ねて来たって事はお父様に何か在ったという可能性があります。執事長のマルセルも呼んでいますので、ラベルさんも来てください」
ミシェル令嬢も不安げな表情を浮かべていたが、冷静さを失っている訳ではないようだ。
執事長のマルセルさんも呼んでいる理由は、話の内容によって信用できる大人の意見も聞くつもりでいるのだろう。
俺はダンの横に並び、前を歩くミシェル令嬢の後について行く。
「ダン、ミシェル令嬢はお前が守れよ」
「ラベルさん、わかってるって! 俺に任せてくれ」
客室に到着すると既にブロッケン様がソファーに座っていた。
そしてミシェル令嬢の姿を見かけると、手を広げ声を発する。
「ミシェル久しぶりだな。元気だったか?」
「ブロッケンおじ様、お久しぶりです」
「ミシェルも突然、私が来たからビックリしたとは思うが、実は大変な事になった」
ブロッケン様が神妙な表情を浮かべながら、ミシェル令嬢に告げた。
「おじ様、お父様は!?」
俺の予想どおり、何か問題が発生している様子だ。
ミシェル令嬢もやはり子供といった所で、気丈に振る舞っていても、ギルバート伯爵の一大事と聞けば、気付かない内に身を乗り出していた。
「実は…… 会談中に暴動が起きたんだ。今回は賃金を上げろと鉱夫達が騒いだ事が原因で、兄は私と共に鉱夫達の代表と話し合う事となった。その話が決裂し、鉱夫達が暴れだしたんだ。結果としては私と兄は離れ離れとなってしまったが、その時にミシェルの事を頼むと兄から告げられた。だから私と一緒に来て欲しい。お前の身は私が守ろう」
悲痛な表情でブロッケン様がそう言っている。
「それでお父様は?」
「はぐれた後の事は正確にはわからない。しかし兄には多くの冒険者達が護衛についている。だから大丈夫な筈だ。それに今は鉱山の中に逃げ込んでいるという情報も入って来ている。私もお前を連れて屋敷に戻った後、すぐに救出部隊を組織し、兄を助け出すつもりだ」
「わかりました。おじ様がそういうなら間違いないでしょう」
ミシェル令嬢がそう言うと、早速メイドのメアリーに指示を出していた。
メアリーは準備の為に部屋から退出していく。
しかし俺は違和感を覚えたので、一つだけ質問を投げかける事にした。
「ブロッケン様、私はミシェル令嬢の護衛を任されているラベルと申します。一つ聞きたい事があるのですが」
「ミシェルの護衛の者か…… なんだ言ってみろ」
「鉱山からこの屋敷に付くまで何日必要なのですか?」
「そうだな馬車で一日半位で到着できる。それが何だ?」
「いえ…… ブロッケン様はギルバード伯爵様と別れて、最初にこの屋敷にミシェル様を迎えに来たと言う訳ですね」
「そうだ。兄から頼まれたからな。その責務を果たしただけだ」
「わかりました。私からは以上です」
俺との話が終わった後、ミシェル令嬢が準備の為に立ち上がった。
「おじ様、少しお待ち下さい。準備が整い次第に私も出発いたします」
「わかった。なら私もここで待たせて貰おう」
「マルセル! では私の準備が終わるまでおじ様の事は貴方に任せます」
「かしこまりました」
ミシェル令嬢は客間を退出した後、そのまま自室へと向かう。
俺とダンもミシェル令嬢の後を追った。
◇ ◇ ◇
ミシェル令嬢が自室に着いた時、室内ではメアリーと数名のメイド達がテキパキと準備をしていた。
「メアリー、準備はどの位かかりそう?」
「ミシェル様、一時間後位なら出発出来るかと思います」
「そう。お父様が心配だから急いで頂戴」
「かしこまりました」
ミシェル令嬢も父親の事が心配なのだろう。
いつもより落ち着きがない感じを受ける。
「ミシェル様、一つよろしいでしょうか?」
「何?」
俺はミシェル令嬢に声をかけた。
「実は一つ気になる事がございます」
「気になる事?」
「はい。ブロッケン様はギルバード伯爵様と別れた後、伯爵様の言いつけに従ってミシェル様を迎えに来たと言いました」
「そう言っていたわね」
「ですが普通で考えるなら、少し疑問を覚えます」
「疑問? その疑問ってなに?」
「はい。ギルバード伯爵様の言いつけを守るのは分かるのですが、救出部隊を帰ってから組織するって遅くないでしょうか? 普通ならブロッケン様が現地に残り、救出部隊を組織している間に、使いの者が手紙などを持って説明する筈です」
「……」
俺の言葉を受けて、ミシェル令嬢も納得したか、考え始めた。
「メアリー貴方はどう思う?」
作業中のメアリーを呼び寄せて、ミシェル令嬢は俺の話を伝えてみる。
「私もラベル様の意見に同意します。私でもラベル様と同じ行動を取ると思います。なので片方だけ優先したってのは気にはなります」
「そう…… ラベル、それで私はどうすればいいと思う?」
「そうですね。ブロッケン様が言っている事が本当かどうが、私達には判断がつきません。ですが辻褄が合わない以上、ギルバード伯爵様が窮地だと言う事も疑ってかかるべきかもしれません。判断はミシェル様にお任せいたしますが、様子をみてブロッケン様がどういった行動を取るのかを確認しては如何でしょう?」
「それで、もしもお父様が本当に窮地に陥ってしまったら?」
「ミシェル様の言う事も分かります。なので、どんな判断を決定されても【オラトリオ】は全力でミシェル様をサポートさせて頂きます」
「メアリーはどう思う?」
「私も、ラベル様の意見と同じです。少し様子を見るのは如何でしょう?」
「…… わかりました。今日の出発は辞めてみましょう。おじ様には私がさっきの話を聞いて体調を崩して寝込んでいると伝えて頂戴。もしもお父様が本当に窮地なら、おじ様だけでも引き返して救出部隊を結成してくれるでしょう。もしそうでなければ…… それで如何でしょうか? 」
ミシェル様はちゃんと冷静に物事を考えられる様だ。
「問題ないと思います」
俺はそう告げると頭を下げた。
「では私は早速、ブロッケン様に伝えてきます」
メアリーがブロッケン様が待つ客室に赴き、作戦通りに体調を崩した事を伝えた。
その後ブロッケン様が取った行動は、ギルバード伯爵を救う為の指示を書いた手紙を何処かに出した後、自分はミシェル令嬢の体調が戻るのを待つと言う何ともおかしな行動だった。




