96話 リンドバーグとリオンの苦悩
リンドバーグとリオンは、執事長のマルセルに屋敷の中や敷地の中に建てられている建物などを案内して貰っていた。
「流石は伯爵様のお屋敷。部屋数が多くて覚えるだけでも大変ですね」
「もし迷われたら近くにいる者に声を掛けて頂ければいつでもご案内いたしますので」
「マルセルさん、ありがとうございます。ですが全部の間取りを覚えておかなければ、いざという時の対応が出来ませんから。何度か聞き直すと思いますが、付き合って貰えれば助かります」
「リンドバーグ様、お気になさらないで下さい。私達は何度でも説明させて頂きますので」
リンドバーグはマルセルとコミュニケーションを上手く取り合いながら、良い関係を築いている。
流石は年長者という所で、リンドバーグの隣を黙って歩くリオンでは、ここまで上手くコミュニケーションは取れないだろう。
ダンジョンではA級冒険者にも引けを取らない活躍をするリオンが珍しく弱音を吐いていた。
「こんなに大変だとわかっていたなら、ダンに仕事を替わってあげるなんて言わなかったのに……」
リオンは元気なく後悔を吐露していた。
身体を動かす事には慣れているリオンも、物事を短時間で覚える事には慣れていない。
各階の全部屋の間取りや室内の様子も覚える様に言われている。
伯爵の本邸には数十の部屋がある上に、敷地内には別宅や武道場などもあり、その全部の部屋や間取りを頭に叩き込むのは至難の業だと言う他ない。
一日で覚える量を軽く超えているので、簡単に覚えろと言う方が酷いだろう。
しかし侵入者が屋敷に忍び込むと仮定するなら、高確率で窓から入って来る事が多い。
なのでどの部屋が忍び込みやすいのか? 事前にある程度のあたりを付けておく事が重要だと、二人はラベルから教えられている。
だからリオンも必死に間取りを覚えようと努力しようとしていた。
ハッキリ言って、こういう頭を使う仕事はラベルを除けばリンドバーグ以外には出来ないだろう。
残りの三名は言い方は悪いがハッキリ言えば脳筋である。
自身の有り余る才能と実力でダンジョンを攻略出来るつわもの達は考える前に身体が動いてしまう。
リンドバーグ以外の三人はどう見ても脳筋で間違いなかった。
その事はリンドバーグ自身も分かっているので、部屋の間取りを覚えて全員に周知する役目は自分で行うつもりでいた。
それはダンが最初に希望した通りなのだが、真面目な性格を持つリオンは自分も部屋を覚えなければいけないと思い込み、無理をし過ぎて頭がパンクしかけている状況だ。
そんなリオンを心配してリンドバーグは声を掛けてみる。
「リオンさん、少々疲れましたね。少し休憩しますか?」
リンドバーグの言葉に助けられ、リオンはその場にへたり込んだ。
そんなリオンに屋敷内を案内していたマルセルはリオンに近づき声を掛けた。
「慣れない作業でお疲れの様子ですね。それなら私がとっておきのお茶とお菓子を用意いたしましょう。頭を使った時は糖分を取ればいいと聞きますので」
「マルセルさん、すみません。助かります」
「いえいえ。それでは一つ復習も兼ねて、私がお茶を用意しましたら一番小さな客間に持っていきますのでその部屋でお待ちください」
マルセルは冗談っぽくそう言ってのけるとそのまま姿を消した。
リンドバーグはすぐにどの部屋なのか分かっていたが、リオンの為に黙っていた。
「えっと、確か客間は三つあって…… 一つが一階で後の二つは二階だったよね?」
「そうですね」
「えっと一番小さい部屋ってどの部屋だっけ? 一階の? うーん。部屋の大きさなんて覚えてないよぉ」
リオンは頭を抱えて悩み始める。
リンドバーグは助け船を出す事にした。
「リオンさん、部屋の大きさは分からなくても今まで見てきた部屋のベッドの数とか壁紙の柄とかは覚えてませんか?」
「ベッドの数? えっと…… 二階の客間は確かベッドが二つあったから…… あっそうか」
「そうです。たくさんの部屋をみて色々と混乱していると思いますが、別の物と抱き合わせて記憶させたりしたら覚えやすいと思います。それが物でも壁紙の色でも何でもいいのです」
「リンドバーグさん、ありがとう。それじゃ一階の客間に行けばいいんだよね」
「そういう事になりますね。では早速向かいましょう。もしかしたらマルセルの方が待ってくれているかも知れませんから」
「うん」
リオンとリンドバーグは急ぎ、一階の客間へと向かう。
ドアを開けてみると、マルセルさんが丁度お茶の支度を終えた所であった。
「タイミングがよろしい様で、丁度用意が出来た所です」
淀みない仕草で紅茶を入れるマルセルさんにリオンが釘付けとなっていた。
お茶を入れるとリオンの前にそっと差し出す。
「ミルクと砂糖はこちらですので、お好みの量をお足し下さい」
リオンは何も足さずにそのまま紅茶に口を付けた。
「美味しい。こんな美味しい紅茶飲んだ事ない」
「左様でございますか、それは入れた甲斐がありました。お菓子もどうぞお召し上がりください」
「マルセルさん、ありがとうございます」
リオンはお礼を告げると、進められるままお菓子に手を伸ばした。
美味しそうにお菓子を食べるリオンを見つめ、リンドバーグがこれで少しは気力も戻った事だろうと胸をなで下ろしていた。
休憩を終えた二人は再び残りの部屋を回る。
リオンは各部屋に特徴的な物を探して、印象付ける努力をしていた。
夕方になる頃に全ての部屋を回り終えていたが、二人は手製の間取り図を作る作業を始める。
覚えた事を紙に書き記した方が覚えた事が頭に定着しやすいとラベルに教えて貰っていたからだ。
教え通りに手製の間取り図を作る事で、書きながら覚える様に工夫する。
二人が作った間取り図は簡易ながら要点がまとめられており、後でラベルに褒められる事となる。
ラベルに褒められたリオンはダンジョンアタック中でも自分なりの地図を作ろうと決心した。
そしてこの先もっと経験を積んで、いつかラベルやリンドバーグの負担が少しでも減らせればいいなとリオンは考えていた。
この日より数日後、リオンとリンドバークの努力がさっそく実る事となる。




