65話 お願いと提案
俺とリンドバーグがギルドホームに戻って来た事に気付いた全員が座っていた椅子から立ち上がる。
俺もいずれ来るだろうとは思っていたので、驚いたりはしなかった。
そのままリオン達の方へと進む。
「ラベルさんっ!? エリーナ達が!!」
「わかっているから、後は俺が話す」
話しかけてきたリオンを静止すると俺はハンネル達へと視線を向けた。
まずはハンネル達の話を聞いてみるつもりだ。
俺は大きく息を吸い込み、第一声を発した。
「ハンネルよく来たな。そちらの人は?」
「はいっ、ご紹介します。この人はフランカ・ヴェーダ、僕達が所属する【グリーンウィング】のギルドマスターです」
ハンネルの紹介の後、フランカが頭を下げてきた。
エルフでとても美しい人だった。
その表情や仕草からも優しさがにじみ出ており、ギルドマスターと言われてもピンと来ない感じだ。
「ご挨拶が遅れてすみません。フランカ・ヴェーダと申します。ハンネルとエリーナが助けて貰ったにも関わらず、今日までお礼も言えずに申し訳ございません。遅くなりましたが、二人を助けて頂きありがとうございました」
「俺は【オラトリオ】のギルドマスターのラベル・オーランドだ。助けたと言う程でもないから気にしなくていい。それで今日ここに来た理由は、お礼を伝えるだけじゃないと思うが?」
「ハンネルからラベルさんの事は聞いています。今回はお願いがあって来ました」
「お願い? それは【デザートスコーピオン】と【グリーンウィング】の間で起こっている抗争の件で?」
「はい。実は私達は【デザートスコーピオン】から一方的な攻撃を受けています。自分達で対応しようと思っていたのですが、戦力差が大きすぎて泣き寝入り状態となっています」
「そういう状況で俺の所に来たって事は、ハンネルに提案したように俺の知人に助けを求めるという事でいいのか?」
「いえ、そこ迄ご迷惑をお掛けする訳にもいきません。今回は冒険者組合に動いて貰おうと思っています。ギルド間で発生した抗争の仲裁も冒険者組合は行っていますので、そこで処罰して貰って私達に対する攻撃を止めて貰うつもりです」
俺の予想を外し、【グリーンウィング】のメンバーは今も自分達で解決するつもりのようだ。
確かに冒険者組合はギルド間で発生した抗争を仲裁したりもする。
仲裁は抗争中のギルドのどちらかが申請書を提出し、申請の内容が認められた後となる。
両ギルドの代表と本部の担当者の三人が集まり、話し合いにより抗争を終わらせる。
どちらかが一方的に悪い場合は罰則や処罰も言い渡されることがある。
しかし申請が無くてもギルドが仲裁に入る場合もあった。
それは死人が出た時や第三者に被害が出始めた時だ。
死人が出た時や第三者に被害が出て動くのは遅いと思う人もいるだろうが、正直に言えば申請が無ければ、冒険者組合も数多く存在するギルドで抗争が行われている事に気付かないからだ。
なので仲裁申請さえ提出されれば冒険者組合はちゃんと動いてはくれる。
「それでラベルさんにお願いがございます。仲裁申請の記載事項に第三者の目撃証言というのがあります。ラベルさんにはお手数ですが目撃者として冒険者組合に報告して欲しいのです。第三者の証言がある方が組合の動きが早いと聞いていますので」
「俺に証言者になって欲しいと」
「はい。【デザートスコーピオン】の連中は用心深く、他の冒険者が居る前では露骨に攻撃を仕掛けてきません。なので証言を頼めるのはラベルさん位しかいないんです」
フランカはもう一度、頭を深々と下げて懇願してきた。
協力するのはいいのだが、もし組合に仲裁をして貰うとしても、今から行動を始めて間に合うとは俺には思えなかった。
その理由はフランカが頭部に巻いている包帯だ。
「そう言えば頭に包帯を巻いているが、それも【デザートスコーピオン】にやられた怪我なのか?」
「えぇ、先日も襲われてしまいまして、治療は済んでいますが、治療師が完全に治るまで巻いていた方が良いと言われまして」
今の俺には情報屋から手に入れた情報で【デザートスコーピオン】のメンバー達が行って来た悪行を知っている。
更に実際に俺達が襲われた時に、どんな手を使ってでも獲物を手に入れるという執念深い性格を感じ取っていた。
俺がハンネルと初めて出会った時、ハンネルに伝えた解決方法はあくまでも手っ取り早い方法だ。
武力で攻めてくる相手に対して武力の力で抑え込む、【デザートスコーピオン】の様なチンピラ共には有効な手段だと思ったからだ。
一般的な解決方法としてなら、フランカが言うように冒険者組合に仲裁をして貰うのは正解だろう。
行為が認められれば、相手ギルドに対して活動禁止や罰金などの処罰を与える事ができる。
ただ時間がかかるのが難点だった。
「俺としては証言するのは全然構わない。いつでも冒険者組合に赴き証言させてもらう」
「本当ですか!? これでギルドが助かります。本当に……ありがとうございます」
フランカの顔には安堵の表情が浮かび上がり、流れる涙を拭う。
俺はフランカに幾つか質問をしてみる事にした。
「ちょっと話を聞いてくれないか。実は先日【デザートスコーピオン】の連中に俺達は襲われたんだが」
「えっ!? それはどういう事ですかっ!?」
「【グリーンウィング】との問題に手を出すなっていう脅しだけだったから誰も怪我もしてない。だから貴方が気を病む必要もない」
「ご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ございません」
「それはいい、だが既に怪我人まで出ている上に俺達にまで粉をかけてくるそんな状況下で、悠長に冒険者組合に申請を出していて、本当に大丈夫なのかとは思う。ギルドはすぐに動いてくれるとも限らないんだぞ。その間にまた襲われる可能性の方が高い」
フランカはグッと歯をかみしめた。
自分の甘さを痛感してくれたのかもしれない。
「なら冒険者組合が仲裁してくれるまでの間、活動をC級ダンジョンに移すのはどうでしょう。B級ダンジョンから離れれば【デザートスコーピオン】も追っては来ない筈です」
「俺の見解では、C級ダンジョンに移動したとしてもアイツ達が見逃してくれる気はないと思うぞ。わざわざ関係の薄い俺達に正体を明かし脅しをかけてくる位だ。【デザートスコーピオン】は何としても【グリーンウィング】を配下に治める腹づもりだろう」
「そんな…… ではどうすれば」
フランカはどうすればいいかわからず、困惑した表情を浮かべた。
最初は冒険者組合に仲裁を頼めば抗争が終わると思っていたのだろう。
その思惑が外れた事で、不安を覚え指先は震えかなり動揺している。
次に俺は新しい提案を行う。
俺としても【グリーンウィング】の事を助けたいと思っている。
なので助ける方法は既に考えていた。
「そんな状況で、提案できるのは三つの方法だ。その中で一つを選んで欲しい。どれも選べないなら【デザートスコーピオン】の軍門に下るしかないだろう」
「教えてください。その方法を!!」
フランカは俺の言葉に身を乗り出す程反応していた。
「一つ目の方法は、この国で最大のギルド【オールグランド】に仲裁に入って貰う事だ。俺がハンネルに提案したから聞いているとは思うが? 【デザートスコーピオン】といえども【オールグランド】が介入して来たとなれば暫くは大人しくなるだろう」
俺はここで一つ目の方法に対する問題点を提示する。
「だけど確実に禍根は残す事にはなる。もし【グリーンウィング】が今後はC級ダンジョンのみで活動するというなら、B級ダンジョンで活動する【デザートスコーピオン】とは出会う事もないからそのまま終われる可能性が高い。しかしB級ダンジョンに潜り続けるなら、再び抗争が起こる可能性がある。もちろん冒険者組合に仲裁に入って貰うのも同様に禍根は残るだろうから、結果は同じだ。冒険者組合の方が動きが遅い分【グリーンウィング】の被害が大きくなる。それだけ今回の相手は質が悪いって事だ!!」
俺が告げた方法をフランカは目を閉じて頭の中でイメージしながら聞いていた。
「わかりました。おっしゃる事は理解できます。ですが私達は力を合わせてC級ダンジョンをクリアし今はB級ダンジョンに挑んでいます。確かにまだ力不足ですが、ギルドメンバー全員が努力を続け、やっと捜索組としてB級ダンジョンでやっていける目途がついた所なのです。私達はB級ダンジョンでの活動を望んでいます」
フランカの強い言葉にハンネルとエリーナも頷いていた。
俺は次の方法を話し出した。
「二つ目の方法は、ギルドを解散させる方法だ」
「えっ、ギルドを解散させる!? 一体どういう事なんですか?」
ギルドを解散させろと言われ、フランカだけではなくハンネルとエリーナも驚いている。
俺はそのまま話を進めていく。
「ギルドを解散させれば【デザートスコーピオン】と言えども手は出せなくなる。その後ほとぼりが冷めた後にギルドを再結成させる。それが三カ月後になるのか一年後になるのかは実際にやってみないとわからないが一つの手ではある」
「ギルドの解散は幾らなんでもやりすぎでは? ギルドの活動を停止させるのでは駄目なのでしょうか?」
フランカはギルドの解散の代案としてギルドの活動停止を提示してくる。
実は俺もそう言われると予想していた。
ただ普通に考えてみても、ギルドの活動を停止させながらギルドを維持する事はとても難しい事だ。
「それでもいいが、ギルドが活動停止中の生活費は誰が保証してくれるんだ? メンバーはダンジョンに潜れず、全員が無職になるんだぞ? 無職が一年続いても生きていけるのか?」
フランカは目を見開いて一瞬だけハッとしていたが、すぐに俺の言う事を理解してくれていた。
「なるほど…… おっしゃる通りですね。やっと意味が理解出来ました。なら二つ目の方法は難しいです。私達は全員を家族と考えています。ギルドの解散は出来る限りやりたくありません。メンバーの内数名は玉砕覚悟で戦おうと言っています。彼等は【グリーンウィング】の為に命を掛けると言ってくれているのです。そんな家族を私は裏切れません」
二つ目も拒否された。
元々俺もこの方法には乗り気ではない。
俺が勧めたいのは最後の方法であった。
「最後の方法だが。この方法が無理なら【グリーンウィング】は一つ目の方法を実行し、今後はC級ダンジョンのみを潜る道を選んだ方が良いだろう」
「分かりました。教えてください。その最後の方法を」
「簡単な事だ。三つ目の方法は【グリーンウィング】の方が【デザートスコーピオン】をぶっ潰すんだよ!! 力の差を教えてやれば相手だって二度と手出しできないからな!!」
俺はこれしか無いと言った感じで語尾を強める。
「何を言っているんですか? それが出来るならこんな状況になっていません。戦力も倍で向こうはA級ダンジョン経験者ばかりなのですよ!! C級ダンジョンの攻略がやっとだった私達に勝てる筈がないではないですか!!」
「どうしてそう言い切れる? 本当に勝てないと思っているのか? どうして【グリーンウィング】が戦闘で負けたと思う。ただ単純に戦力の差のせいか?」
「ラベルさん、あなたは何を言っているのですか? 戦闘力で差がある以外に何が違うというんですか?」
フランカは困惑した様子だ。
元々戦闘系ではない為、戦いや連携といった事が得意ではないのかもしれない。
C級ダンジョンをやっと攻略したと言っていたが、個々の能力で押し切った感じだろう。
「【グリーンウィング】が負けた理由は戦闘力の差じゃない。戦い方が間違っていたんだよ。【グリーンウィング】が【デザートスコーピオン】に負けた最大の理由は敵の土俵で真正面から戦った事だ。ただでさえ人数差があるのに敵のタイミングで戦ってどうする? 人数差があるなら工夫すればいいじゃないか」
「ラベルさんは工夫すれば勝てるというのですか?」
「これを見てくれ」
俺はテーブルの上に情報屋がまとめた報告書を置いた。
フランカは報告書を手に取り中を確認する。
「これは【デザートスコーピオン】の情報…… 私達の分まである。どうしてラベルさんがこんな報告書を持っているのですか?」
「首を突っ込んだ時から、最悪の事態を想定していただけだよ。情報は武器になるからな。この情報を元に作戦を立て相手の動きを誘導すれば【グリーンウィング】が勝てると俺は確信している。さぁ三つ目の方法で行くのか? 一つ目の方法で行くのか? ギルドマスター、貴方が決めるんだ」
「……」
フランカは目を閉じて考えていたが、次に目を開いた時、真っ先にハンネルとエリーナに視線を向けた。
フランカの決意を秘めた視線に気づいた二人も頷いて答えを返していた。
「私達は三つ目の方法を選びます。ラベルさん、もう一度お願いします。私達に力を貸してください」
フランカは三度目の頭を下げた。
フランカに並ぶようにハンネルとエリーナも頭を下げている。
「乗り掛かった舟だ、最後まで面倒は見るつもりだよ。さぁ作戦は既に考えている。さっそくメンバーを集めて作戦会議を始めよう」
俺も提案したからには絶対に勝つつもりだ。
相手が卑怯な手でくるならこちらも容赦はしない。




