64話 降りかかる火の粉
情報屋に依頼して五日が経過していた。
今、俺達は二回目となるB級ダンジョンへのアタックを終え、ダンジョンから帰還している最中だ。
帰還途中に小休憩を取っていると俺の傍にリオンが近づいてきた。
「ラベルさん、今回はもう帰るの? 前回はもっと長く潜っていたのに…… どうして?」
リオンは俺の横に近づいてくと疑問を投げかけた。
リンドバーグには話していたが、リオンとダンには説明し忘れていたかも知れない。
「それはな、二十階層にあるフロアギミックが判明したんだ。丁度アタックの出発前だったから耐性を持つ装備を注文しているんだけど、装備が完成するまでは攻略を進める事が出来ない。だから装備が出来るまでの間は捜索に重点を置くつもりだ」
「そうなんだね」
「それに【グリーンウィング】の件も気になるからな。余り長くダンジョンにも潜っていたら、ギルドホームにハンネル達が来たとして誰かがホームにいないと対応できないだろ? だから今回は短期間だけ潜り、素材集めに徹したって訳だな」
「ラベルさん、私が無理を言ったばかりに…… 何も考えて無くて本当にごめんなさい。このままじゃ、誰か別のギルドの人たちがダンジョンを攻略しちゃうかもしれないね」
リオンはそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「気にするな、あの二人を助けた時から巻き込まれるのは覚悟していたさ。それと誰かが攻略してしまうって話だけど、まだ余裕はありそうだぞ」
「えっ!? 本当?」
「実は情報によれば、二十階層にある二つ目のフロアギミックが中々に手強いらしい。最前線の攻略組も一旦攻略を諦め、準備を整える為に街に戻って来ているから条件は同じだ」
リオンの固かった表情も少しは和らぎはじめた。
「リオンは覚えていないか? 俺達がダンジョンに入る前にダンジョンの中から六人組の集団が出てきただろ? あのパーティーが攻略組の中で一番粘っていたパーティーの筈だ。偶然だけど地上に出た所で固まっていたから、近くに寄ってみたらメンバーの一人が二十階層から引き返した事を愚痴っていたからな」
「良かったー。でも一体どんなギミックなんだろう」
「情報によると二十階層のギミックは雪だ。二十階層には一面の銀世界に包まれた極寒のステージが広がっているらしい。雪に足を取られて動き辛い上に魔物が雪の中に潜んでいるみたいで、かなり苦労するみたいだぞ」
「十階層は暑かったのに二十階層だと寒いって本当にダンジョンって変だよね」
「まぁな、でもこれがダンジョンってやつだな。規則性なんてありゃしない。今回のアタックで集めた素材を売れば、ギミック装備の補填にもなるし、短期間だけど良いアタックが出来たと思うぞ」
「うん、それなら良かった。私も頑張るね」
休憩が終わると俺達は地上に帰る為、再び最短ルートを進み始めた。
★ ★ ★
その後、俺達が二階層の森のステージを抜けていた時、背後から付けてくる気配を感じた。
気配を感じ始めて少し進んでも気配は消えないので、俺は仲間に伝える事を決める。
「皆、誰かにつけられているみたいだ。警戒はしといてくれ。リオンも分かり次第声をかけて知らせてくれ」
「わかりました」
「うん、了解した。襲ってくるのが解ったら知らせるから」
「襲ってきたら返り討ちにしてやろうぜ」
三人らしい返事を受けて俺も気合を入れ直す。
ダンジョンで冒険者に後を追われて良い事だった事は一度としてない。
襲撃や強奪と行った悪逆非道な行為が殆どだ。
本音を言えば鬱陶しいのでこちらから仕掛けたいが、そうした場合最初に手を出したのは俺達となる。
後で、問題になった場合はややこしくなってしまう。
今できる事は、素早く移動して追撃者を撒くか、相手が動くのを警戒しながら待つしかなかった。
しかしその時はすぐに訪れる事となる。
「ラベルさん、周囲に冒険者が!!」
リオンの声を引き金に俺達は密集し構えを取る。
現れたのは剣士や魔法使い、弓使い斥候職といった感じの十名を超える冒険者だった。
俺達から五メートル程離れた所で立ち止まると周囲を囲んだ。
今の状態から逃げ出すにはそれなりの覚悟が必要となる。
一人の冒険者が俺の側に近づいてきた。
その冒険者は剣士で剣を抜いているが、今の所襲うつもりは無さそうに感じた。
その風貌には見覚えがあり、ハンネルとエリーナを追いかけまわしていた冒険者で間違いない。
「おい、久しぶりだな。俺達の事は覚えているか?」
「覚えているが、取り囲んでどうするつもりなんだ?」
「もしかして俺達を見てビビっちまったのか? 情けねぇな、おいっ!!」
取り囲んでいる冒険者達は余裕の表情を浮かべながらヘラヘラと笑っていた。
「俺はどうするつもりなんだと聞いている? 襲ってくる気なら受けて立つぞ」
俺も剣を抜いて相手に向けた。
残りの手にはゲッコーの魔石を握り締め、何時でも飲み込める体制を取る。
「そうビビるなって、俺達は忠告しに来てやったんだ。【グリーンウィング】の奴等にはもう二度と関わるな!!」
「なんだと? 何故お前に指示されなきゃならないんだ?」
「俺は忠告だって言ったんだ。俺の忠告を無視して【グリーンウィング】と付き合いたければ付き合えばいい。だけどなそうなった場合は俺達の敵になるって事だ。俺達はA級ダンジョンを攻略していた攻略組だ。そんな俺達と抗争になればどうなるかは想像できるだろ?」
男は勝ち誇った表情を浮かべ、脅しをかけてくる。
人数差は倍で戦闘になれば絶対に勝てると思っているんだろう。
普通の冒険者ならビビるかもしれないが、今までSS級冒険者達の中で過ごしてきた俺は何も感じなかった。
逆に俺は情報を一つでも引き出す事を考える。
「その件だが、お前達は【グリーンウィング】をどうしたいんだ?」
「なぁに、俺達と【グリーンウィング】は以前から共同でダンジョンアタックをしていたんだ。今後も仲良く一緒にダンジョンに潜りたいだけさ」
「俺にはていの良い奴隷にしたいって言ってる様にしか聞こえないがな」
「へっへっへ、お前達は攻略組だろ? 俺達も不要な戦いはしたくないんでな。たった四人とはいえ【グリーンウィング】の連中に、お前達が手を貸したりして調子ついて反抗されても邪魔くさいって訳だ」
男は口角を吊り上げながら笑っていた。
「なるほど、攻略組の俺達が【グリーンウィング】に味方して戦力を増強されるのが嫌だから手を引けと言っているんだな」
「頭は悪くないようだな。今回は忠告だけだが、お前達が【グリーンウィング】の奴等と共に行動するなら覚悟しろよ。もう一度言うが俺達【デザートスコーピオン】のメンバーは全員がA級ダンジョン経験者だ。命が大事ならよく考える事だな」
そう吐き捨てると抜いていた剣を仕舞い、仲間の冒険者に撤退する様に指示を出した。
【デザートスコーピオン】の冒険者は先頭の男の後を追い姿を消した。
「腹が立つ奴等だなー。ラベルさん、やっちまっても良かったんじゃねーの?」
ダンが面白くなさそうに愚痴をこぼす。
「ダン君、今の状況は私達の方が不利でしたよ。人数差も大きいし、周囲を囲まれてもいました。もしあの状態で戦っても誰かが大けがをしている可能性は高い。だからマスターは抑えていたんですよ」
「そうかもしれなけどよー。あいつ等そんなに強そうに見えなかったし」
ダンも文句は言っているがちゃんと状況は理解している。
その証拠として、本当に何も考えていないのだったら、さっきのやり取りの間ダンはどこかで口を出してきている筈だ。
「ラベルさん、エリーナちゃん達どうなるのかな?」
リオンは不安げな表情を浮かべた。
「大分追い詰められているかもしれないな。【グリーンウィング】の方からまだ連絡は入っていない。自分達で今回の騒動を収めたいんだろうが、相手は一度喰いついた獲物は絶対に逃がさないって感じだ。動くなら早い方がいいだろうな」
「エリーナちゃん、怪我してなければいいんだけど」
リオンの表情は曇る一方だった。
俺達はそのままダンジョンを脱出し街に帰還すると最初にギルドホームに向かう。
ギルドホームは出発時と変わりはなく、手紙一枚も届いてはいなかった。
「俺達がダンジョンに潜っている間は誰も来ていないみたいだ」
「マスター、情報屋もまだのようです。進捗を確認する為にもう一度店の方へ行ってみますか?」
「いや。急かせても良い情報は得られないだろうし、待つしかない。今日から少しの間は誰かがギルドホームにいる様にしよう」
各自の分担を決めた後、俺達は解散した。
次のダンジョンアタックはフロアギミック対応の装備が出来てからにするつもりだ。
それまでは各自準備期間と決めた。
俺達がダンジョンから戻って来て二日後、情報屋から報告書がまとまったという連絡が入る。
情報屋のレクサスがギルドホームにまで伝えに来てくれたみたいだ。
俺はリンドバーグと共に【ブルースター】のギルドホームに向かう。
タイミングよくギルドホームにはレクサスとプルートの姿も見えた。
俺の姿を確認した二人が報告書を持って近づいて来る。
「待ってたぜ。ここじゃなんだから別の部屋で報告書を説明させてくれ」
案内されたのは二階にある三つの部屋の一番奥の部屋だ。
室内は応接間となっており、豪華なテーブルとソファーが並べられている。
俺達は勧められたソファーに腰を下ろした。
テーブルを挟んだ向かいにはレクサスとプルートが座り、まずは報告書を手渡してきた。
渡された報告書の中には【デザートスコーピオン】のギルドメンバーの情報や性格、前のギルドを去った理由なども書かれている。
ページを捲っていくと、【グリーンウィング】のメンバーの情報も記載されていた。
そして今回の争いが【デザートスコーピオン】側が仕掛けた事が書かれている。
「やっぱり、予想通りだったな」
「調査の結果、【デザートスコーピオン】が一方的に【グリーンウィング】へ攻撃をしかけている!! 【グリーンウィング】は被害者だ」
「それにしても【デザートスコーピオン】のメンバーはクズばかりだな。屑が集まって何をやるかと思えば、弱者をいたぶってタダで働かせようなんて下らない事やりやがって!」
俺は怒りを覚え、この屑野郎共の思い通りにはさせないと誓う。
「これで俺達の仕事は終わりだ」
「そうだな、とてもよく出来た資料だった。これは料金の残りだが受け取ってくれ」
依頼の終了を告げてきたプルートに俺は残金を渡した。
「悪いな。これからも頼むぜ。あんたの所の依頼は最優先でこなさせて貰うからよ」
レクサスは調子のいい感じで俺にアピールしてきた。
「こちらこそ頼む。場合によってだが、意外とすぐに頼むかもしれないぞ」
レクサスに向けて俺はそう言い返すとソファーから立ち上がり、俺達は報告書を持ってギルドホームに帰った。
ギルドホームに到着してみると、留守番をしているリオンとダンが誰かと話していた。
話している人物は【グリーンウィング】のハンネルとエリーナ、そして初めて見るエルフの女性だ。
女性の頭部には包帯が巻かれていた。




