50話 カイン・ルノワールという男
【オールグランド】の大ホールには多くのギルドメンバー達が集まっていた。
見た感じで言えば、総数の八割程度は居るだろう。
残り二割はダンジョンを攻略中や首都から離れているメンバーだ。
定刻となり、壇上にカインが姿を現した。
俺達も壇上脇のカーテン越しに姿を潜め様子を伺っていた。
カインは新しい装備に着替えており、それなりに気を使っているのだろうと予想する。
カインの元気そうな姿を見たギルドメンバー達が歓喜の声を上げた。
「やっと帰って来たのかよー!!」
「マスター待ってたぞ!!」
指笛も鳴り響き、大ホールは一瞬にしてお祭り騒ぎと化していた。
「お前ら、待たせたな」
拡声魔具越しにカインが語りだした。
カインの声色も普段より弾んでいるので、本人も戻って来れた事が嬉しいのだろう。
カインの一言によって会場はさらに盛り上がり、いよいよ収拾がつかなくなり始めていた。
「お前達一旦黙れ!! 騒がしすぎてマスターが話せないじゃないか!!! マスターから大事な報告があるんだ。お前達が喜ぶ気持ちも理解できるが、今は黙って聞いてやれ」
見かねたスクワードが別のマイクを使ってギルドメンバー達を黙らせた。
怪我で療養中だと聞かされていたギルドメンバー達はカインが怪我から復帰したと思っていた。
しかし何やら裏があると知り、興味を持った者達から順番に口を閉ざしていく。
そして三分後、会場は沈黙を取り戻していた。
その状況になってやっとカインが話し始める。
「まずギルド会議を襲撃されたのは事実だ。俺はその時……」
カインは順を追いながら真相を語って行く。
【黒い市場】に襲われた事や敵の裏をかく為にわざと身を隠した事、先日起こったサイフォンでの襲撃の現場にいた事。
更には自分が居ない間にギルドマスター代理を任せていたハンスが無茶な事を行い、ギルドの名声を地に落とした事を知りながらも今日まで動けなかった事。
全部を話した後、素直に謝罪した。
補足だがレミリアが【黒い市場】のメンバーだった事は【オールグランド】の存続にも関係する為、俺達は黙っておく事にしている。
「まぁ…、そういう事だ。お前達が浴びせられてきた誹謗中傷の原因はハンスを任命した俺にある。本当にすまなかった。責任を取る為に俺はギルドマスターを辞任する!! 今後の事はスクワードに任せている。お前達もスクワードと共にギルドを守ってやって欲しい」
カインは謝罪をしギルドメンバー達に深々と頭をさげる。
大ホールは沈黙に包まれていた。
俺の近くにはスクワードが無言で様子を見ていたが、不思議と笑っている様にも見えた。
「スクワード、こんな時に何を笑っているんだ?」
「いやぁ、あのゴリラが頭を下げる所なんて、一生に一度見れるかどうかだろ? 可笑しくってな」
「お前は次のギルマスだろ? もっと真剣にだな」
「馬鹿野郎。ダンジョン以外に興味がないお前は解ってないみたいだな。どうしてこの【オールグランド】が国一番のギルドに成長したと思っているんだ? 黙って見ていろよ。すぐに面白い事が起こるから」
「面白い事!?」
スクワードが嬉しそうに壇上へと指をさしていた。
俺も壇上に視線を向けると静寂の中から少しづつ声が聞こえ始める。
「逃げるな!! 辞めたら終わりじゃねーだろ」
「マスターが居ない【オールグランド】なんて価値が無いじゃないか!!」
「俺はマスターに憧れてこのギルドに入ったんだぞ。その責任を取れ!」
「俺は認めないぞ。責任の為に辞めるというなら、ギルドの為に働け!!」
「そうだ!!」
そこらじゅうから辞任に反対する罵声が起こり始めた。
「お前ら……」
カインの目には涙が浮かび上がっている様にも見えた。
「やめんじゃーねーぞ!!」
「俺達を引っ張って行けるのはお前しかいない」
「どこにも行くんじゃねーぞ」
カインは最初は黙っていたが、次第に体が震え始める。
そして下げていた頭を上げた時にはいつものカインに戻っていた。
「そんなに言うなら。仕方ねーな。俺はギルドマスターを辞任する事をやめる!!」
「おおおぉぉぉーーっ!!」
会場は大きな歓声に包まれた。
カインは調子に乗って更に言葉を重ねた。
「よぉーし決めたぞ。俺は地に落ちた【オールグランド】の名声を取り戻す為に、SS級ダンジョンの攻略をここに誓う。もちろん俺自身もダンジョンに潜り陣頭指揮取る。そして必ず攻略してやるから、お前達は黙って俺についてこいぃぃぃぃ!!」
「おぉぉぉぉーーーっ!」
謝罪の集会でスタートした筈なのに、いつの間にか決起集会へと変わっていた。
スクワードは勝ち誇った顔で俺に話しかけてきた。
「だから言っただろ? あんな見た目だがアイツには人望があるんだよ。【オールグランド】に入ってくる冒険者の多くはカインに憧れているんだ。辞めたいと言っても簡単には離してくれないだろうとは思っていたさ」
「まさか、あの筋肉ゴリラにあれ程人気があったとは驚いた。ギルドのメンバー達はここを【見世物小屋】か何かと勘違いしているんじゃないか?」
とにかく良かった。
これで全てが上手く収まる。
俺はその時そう感じていた。
★ ★ ★
その後、集会を終えた俺はカインから約束の【エリクサー】を受け取った。
「ほらよ。これがエリクサーだ」
ギルドの隠し金庫から出され、放り投げられた【エリクサー】を俺は焦りながら空中でキャッチする。
「馬鹿野郎。取り損なって落としたらどうするつもりなんだよ!! シャレじゃすまないんだぞ」
「ガハハハ。お前が壇上の俺を見て笑っていたからな、そのお返しだ馬鹿野郎!!」
カインは軽快に笑う。その笑顔には悪意の欠片も見当たらない。
「エリクサーは確かに受け取った」
半透明で高級装飾を施された小瓶に入ったエリクサーは光り輝いていた。
「さっきの話は聞いたよな? 俺は本気でSS級ダンジョンの攻略に挑むつもりだ。まぁ現役を引退して少し間が空いたから、リハビリを兼ねて幾つかのダンジョンを攻略した後になるがな」
「聞いたさ。お前ならSS級ダンジョンだって攻略出来るだろう」
「いや、俺だけじゃ無理だ。ラベル、その時はお前にも参加してもらう」
「何を馬鹿な事を言っているんだ? 俺達は違うギルドなんだぞ? 攻略した時に【オールグランド】の単独攻略って言えなくなるだろ」
「そんな称号はいらねぇんだよ。SS級ダンジョンがそんな生易しい所じゃない事はお前が一番わかっている筈だろ?」
確かにSS級ダンジョンを攻略したければあらゆる最善を尽くして行かなければ駄目だろう。
「……まぁ、考えておく」
「お前の仲間もその時までに力を付けていたら、一緒に参加して貰いたいと考えている。その判断はラベル、お前に任せる。一緒にSS級ダンジョンをぶっ潰そうぜ」
カインの言葉には人を惹きつける力があった。
その力に魅了され、ギルドメンバー達もカインについて行っているのだろう。
「その時が来たら考えるさ。俺達はまだC級ダンジョンしか攻略していないからな、SS級ダンジョンに挑むのは無理だ」
「なら一日でも早くS級ダンジョンを攻略しろ。お前には出来る筈だ」
「煩い、クソゴリラ。俺を買いかぶりすぎだ」
「とにかくギルド運営を軌道に戻した後は資金の調達、俺のリハビリを考えると一年か二年位は先になると思う。それまでにお前達はS級ダンジョン攻略を目指せ」
「約束は出来ないからな!!」
そう言いながら俺達は別れ、俺はリオンやダン、そしてリンドバーグを引き連れギルドホームに戻って行った。
ギルドホームに戻った俺は、リンドバーグには席を外して貰い、
リオンとダンだけにエリクサーの隠し場所を教えた。
「私達に教えていいの?」
「当然だろ? お前達は俺が信頼している仲間だ。お前達もエリクサーの隠し場所を覚えてくれ。エリクサーの効果は聞いているだろう? もし誰かを助けたいと本気で願う時があれば一刻を争う。気兼ねなくエリクサーを使っていいからな」
「でもエリクサーはお金には代えられない貴重なアイテムだって!!」
「確かにそうだが、人の命もお金には代えられないだろ? なら一緒だ」
「リオンねーちゃん、考えすぎだなぁ」
ダンが笑っていた。
「もぅ、ダンはいつも能天気な事ばっかり言って!!」
リオンも拗ねていたがすぐに笑いだす。
「さて、俺達もこれでひと段落ついた。今日はリンドバーグが加入してくれた記念の日でもあるし、全員で飯でも食べに行こう。お前達もコミュニケーションを取って、リンドバーグの人となりを掴んでおいてくれ。俺が知る限りでは悪い奴じゃない」
「やった飯だ。俺、肉が良い」
「ダンったら。でもたまにはいいよね」
俺達は外で待つリンドバーグと合流し、飲食店が多く立ち並ぶ街道を目指した。
★ ★ ★
その同時刻、スクワードの元に【ハンスが逃げ出した】という緊急の連絡が入っていた。
当然、ハンスが逃げ出した事を俺は知るはずもない。
その時の俺は、ハンスとの別れ際に感じた悪寒がこんなに早く現実になろうとは想像すらできなかった。