49話 ハンスの断罪 その2
ハンスの断罪が続けられていた最中、二名の男が部屋に飛び込んできた。
彼等には見覚えがある。確かスクワードの部下だ。
彼等は数枚の書類を持っていた。
「例の件の確認がとれました!! 間違いありません」
「そうか……」
スクワードが部下から受け取った三枚の書類に目を通した後、それをカインに渡す。
カインは同じ様に書類に目を通し、うずくまるハンスの服を掴み軽々と持ち上げた。
「ハンス、お前はラベルに支払われる筈だった退職金を盗んだな?」
「ひぃぃっ。俺は知らない!!」
「ラベルはお前から金貨十枚が退職金だと言われたと言っているぞ!!」
「俺はそんな事は言ってない。それに俺がとったっていう証拠もない筈だ。もう許してくれよぉぉ」
「もしお前がラベルの退職金を奪った場合、盗んだ金額は金貨三千枚と言う事になる。そんな大金を盗んでおいて、許してくれで済まされると思っているのか!?」
カインは三枚の書類を突き付けた。
一枚は退職金の受領書。残りの二枚にはそれぞれ、ハンスと俺のサインが入った書類だ。
「それにな証拠ならここに在る」
受領書に書かれている俺の名前の筆跡はハンスの名前が書かれた筆跡と同じであった。
「退職金の受領書に書いてあるサインはお前が書いただろ? 多少は似させていたみたいだが、お前の字と同じ癖が出ているぞ。後でちゃんと鑑定にも出すから言い逃れしても無駄だ」
「ぐぅぅぅっ!!」
ハンスは歯ぎしりをしながら苦渋の表情を浮かべた。
その姿は罪を認めたと言っているに等しい。
その瞬間、リンドバーグがハンスを殴りつけた。
顔は紅潮し、涙を流している。
「あんたを信じてついてきたのに、さっきから聴いていれば、人として何一つ自慢できる事をしていないじゃないか!!」
流れる涙を拭うのも忘れて、リンドバーグはハンスを再び殴る。
「まさかあの金貨が盗んだものだなんて…… そんな汚い金の為に俺は悩んで、苦しんで来たのかよ…… ふざけるのもいい加減にしろよ!!」
リンドバーグはハンスを睨みつけていた。
「リンドバーグ…… お前……」
ハンスもまさかリンドバーグに殴られるとは思っていなかったようで、茫然として動かなくなる。
「貴方は罪を償うべきだ。それが出来なければ人として終わってる」
次にリンドバーグは俺の前に駆け寄ってきて土下座を始めた。
「ラベルさん、本当に申し訳ありません。確かにハンスは金貨三千枚を持っていました。ですがその資金の半分は既にSS級ダンジョン攻略の為の軍資金として使用しています。私も知らなかったとはいえ、ラベルさんの金で装備やアイテムの注文をいたしました。私も出来る限りの事はさせて頂きます」
「リンドバーグ、お前は知らなかったんだろ? じゃあ悪くないだろう?」
「知らなかったとはいえ、私も横領に加担していたのは事実です。出来る償いはさせて下さい」
「償いと言ってもだな……」
リンドバーグの事は俺も知っている。
真面目な男だ。リンドバーグは責任を感じているのだろう。
今回はハンスに騙されていたので、俺としては罰を与えるつもりは無かった。
「使った資金は金貨千五百枚、その半分の七百五十枚を……」
リンドバーグがそこまで言いかけた時、俺は止めた。
「待て待て、金貨七百五十枚って大金だぞ。普通にダンジョンに潜ってもすぐに稼げる金じゃない」
「解っています。ですが使ってしまった以上は!!」
リンドバーグは退職金の半分以上をSS級ダンジョンの準備に使ったと言った。
買った物は装備かアイテムと言った。それならやりようはある。
「リンドバーグ、買った物は全部分かっているよな?」
「はい…… オーダーメイドの装備とポーションなどのアイテム。後はフロアギミックに対応した装備です」
「なら俺が適正価格で全部買い取ってやる。残金に買取の値を足して足りない分の半分をお前が払うってのはどうだ?」
「えっ、そんな。それに装備は私達のオーダーメイドですよ」
「装備の方はサイズを変える依頼を出して俺達に合わせた装備に作り替えて貰う。もちろん作り直しにかかる費用はお前に見て貰うがな」
「それは当然です!!」
これで少しはリンドバーグの負担を軽く出来ると思う。
ハンスはこのまま朽ちるとしてもリンドバーグは【オールグランド】に残るのだろう。
そしてこの話は必ず公になる。
その時、ハンスに心酔していたリンドバーグは一体どうなってしまうのか?
「なぁリンドバーグ。お前はどうやって金を稼ぐつもりなんだ?」
「それはダンジョンに潜ってです」
「ギルドを滅茶苦茶にしたハンスの右腕だった男と組んでくれる冒険者が【オールグランド】にいるとは思えないがな」
「ぐっ、そっそれは……」
リンドバーグも馬鹿ではない。
すぐに俺の言った事を理解し、自分の辛い立場を想像し始める。
「ならリンドバーグ、お前は【オラトリオ】に来い。お前が逃げない様に俺が見張っていてやる。俺達と共にダンジョンに潜り、その時の分配金から俺に金を返せばいい。だけど言っておくが楽が出来るとは思うな」
「でも、それじゃ罪滅ぼしにならないんじゃ」
「怖じ気付いたなら無理強いはしない。償うべき相手の傍にいるって事は楽じゃない」
「どんなに辛くても私から逃げだす事は絶対にありえない」
「なら決まりだ。お前の借金が無くなるまでリンドバーグ、お前は【オラトリオ】の一員だ」
俺はそう言いながら手を差し伸べた。
リンドバーグはその手を握った。
「カイン、そういう事になった。構わないか?」
「仕方ない。お前には借りもあるからな。好きにしろ」
こうしてリンドバーグが俺達のギルドの一員となった。
その間ハンスは茫然と一連の流れを見続けていた。
「なんだよそれは…… どうしてこうなるんだ?」
ハンスがポツリと呟く。
「どうして、おっさんが俺の全てを奪っていくんだよ?」
今度は先ほどよりも大きな声だ。
「なんでだぁぁぁ!お前は俺から地位も名誉も仲間も全部奪っていくつもりか? おかしいだろ? 絶対におかしいだろっ!!」
ハンスは絶叫していたが、スクワードの部下に身柄を取り押さえられた。
「奪っていったじゃねーだろ? 全部お前が捨てたんだよ。お前が誠心誠意頑張っていれば、その全てが手に入っていたんだよ!!」
カインはハンスの胸倉を掴み持ち上げると、互いの顔が触れ合う距離で鼓膜が破れる程の大声で叫んだ。
「お前はこの後憲兵に突き出され、その後契約魔法に縛られたまま強制収容所で働き続ける日々を過ごす事になる。当然、私財は全て没収され全てが支払いに回されるから一文無しだ。残った金を返せば元の生活に戻れるが、多分死ぬまで働いても返せないだろう」
そしてカインはハンスを解放し、最後の言葉を掛けた。
「そこで自分の罪を見つめ直せ!!」
カインはそう言うとハンスを連れて行く様に指示を出す。
「ゆるさんぞ。ゆるさん。俺はお前だけはゆるさねぇぇぇからな!!」
納得がいかないハンスは捨て台詞吐きながら部屋から連れて行かれていく。
ハンスが睨みつける視線には憎悪が満ちており、その目を見た俺は気付かない内に全身に鳥肌が立っていた。
しかしハンスはこの後、一旦は隔離され強制的に契約魔法で縛られる事になるのでもう逃げる事は出来ない。
「一応終わったな……。ラベル、全ての金を清算して足りない分は俺が負担するから正直に言え」
「馬鹿を言え。お前が俺の代わりに怒ってくれたからもう十分スッキリしたぞ。俺は満足だ」
「それなら良かった。後は俺自身の身の振り方だけだな……」
カインはそう言うと大ホールに向けて歩き始める。
この後開かれる集会でカインはギルドメンバーの前で自らの罪を償う気でいた。




