47話 リオン、友達が出来る
リオンはアドリアーノとシャガール達を引き連れて三階にたどり着いていた。
リオン達以外にも招待された者達が集まっていたので、一つの集団が出来上がる。
その集団の中でも最も地位が高く最重要人物のアドリアーノは最奥にその身を隠した。
下から聞こえる絶叫や悲鳴を聞いて、気弱なアドリアーノがビクンと体を震わせる。
「大丈夫だよ。アドは私が絶対に守るから」
リオンはアドリアーノの手を握り、勇気づけていた。
「リオンは怖くないの? 殺されてしまうかも知れないんだよ?」
「本当の事を言えば私も怖いよ。でも諦めない事が一番大切だって私は知ったから」
「諦めない事?」
「うん。諦めない事が一番大切。アドにもこの先、絶対に戦わなければいけない時が来ると思うけど、その時は諦めないで欲しいな」
しばらくすると二階から大きな爆発が発生した。
三階は爆発の衝撃で大きく振動する。
「うわぁぁーーっ」
シャガールと部下はアドリアーノの周囲を固め直し、リオンはアドリアーノを抱きしめた。
爆発は直ぐに収まり、辺りには静けさが戻っていく。
「二階で何が起こっているんだ?」
「おい、誰か見て来いよ」
誰もが気になるが行動に起こす者はいない。
しかし情報を得なければ動くに動けない事も全員が解っていた。
結果、ここに集まっている者達から護衛を一名づつ出し合って様子を確認する事が決まった。
その後、選ばれた五人の護衛達が二階に下りて行く。
その後しばらくすると、走りながら戻って来た。
「襲撃者は全滅したみたいだぞ。これでもう大丈夫だ!!」
歓喜に満ちた大声で叫んでいた。
「おおぉぉぉーーー」
人々は立ち上がると互いに手をとり、生き残った事を喜び合っている。
周囲には安堵の空気が流れていた。
リオンも気が緩み、ホッと息を吐こうとした…… その瞬間。
リオンは目を見開き瞬時に抜剣すると、アドリアーノの前に立ち塞がる。
リオンの動きにいち早く反応したのはシャガールだった。
すぐに周囲を確認し、前方から身を低くしたまま近づいて来る四人の男を見つけた。
「敵が紛れ込んでいるぞ!! アドリアーノ様を守れぇぇぇ」
すぐに部下に声を掛けると自分は腰から短剣を二本抜き取り、自ら襲撃者に向かっていく。
シャガールが四人に突っ込んだ瞬間、四人組は一つの集団から三つに分かれる。
一人はシャガールの相手をしたのだが、残り三人はそれぞれ違うルートでアドリアーノに向かった。
リオンはアドリアーノのすぐ前に立っている。
振り向かずにアドリアーノに声をかけた。
「アドは絶対に離れないでね」
「分かった。でもリオンは絶対に無理はしないで! 僕はリオンが傷つくのも嫌なんだ」
「ごめん。それは約束できない」
リオンの前に別の護衛が二人立ちふさがり、それぞれが一名づつ受け止めた。
最後の一人がリオンの前に躍り出て背中に隠れるアドに剣を振るった。
「させない!!」
リオンは相手の動きを読み、襲撃者が腕を振り上げた瞬間には懐に飛び込んでいた。
そのまま剣を振り抜き、腹を斬り割いた。
「ぐぁぁぁぁ」
一人目を倒した後、止まる事もなく目の前で苦戦していた仲間の援護へ向かう。
押されていた仲間もリオンが入った事により、襲撃者をなんとか撃退した。
アドリアーノはずっとリオンに見入っていた。
強く美しく、そして心優しいリオンを見つめ頬を赤らめていた。
それは初恋であった。
シャガールも襲撃者を倒し、襲ってきた襲撃者は全て倒された。
警戒は解いていないが、これで暗殺は失敗に終わったという空気が流れる。
全員が襲撃者を退けたと一息を付いた瞬間、リオンだけは別の角度からの男が吹き矢を構えて放つ映像が見えた。
リオンは咄嗟にアドリアーノと吹き矢を放つ男の進路上に飛び出した。
最初は剣で矢を叩き落とそうかと考えたが、矢が小さすぎて何処を狙ったのか分からなかった。
仕方なくリオンは吹き矢の男に背を向け、アドリアーノを抱きしめ、身体を張って吹き矢からアドリアーノを守る。
「痛っ!!」
ドスッという音と共に小さな痛みが背中を走る。
確認しなくても分かる。
リオンは矢の攻撃を受けてしまった。
「リオンッ!?」
リオンの表情が歪んだ事でアドリアーノにも状況が伝わった。
シャガールは矢を吹いた者に駆け寄ると、その首を刎ね飛ばした。
助かったと騒いでいた周囲も王子が襲撃された事で混乱していた。
間近で起こった戦闘に危険を感じて、全員が助かりたい一心で逃げ惑っていた。
中には叫び声を上げる者もいたが、襲撃者が全滅した事により落ち着きを取り戻した。
その頃アドリアーノはリオンに抱きつかれた状態のままで泣いていた。
「リオン、死なないで!!」
自分の身代わりとなり、負傷したリオンを心配したからだ。
「私は大丈夫だから、アドが無事で良かった」
リオンもそれが解っているので、言葉を掛けながらアドリアーノの頭を撫でている。
するとシャガールが走って戻って来た。
シャガールは部下に指示を出し、再度の襲撃が有るかもしれないとアドリアーノの周囲を囲わせた。
「リオン殿、すぐに解毒します。傷口を!!」
リオンはシャガールの問いかけを受けて初めて、自分が危険な状態なのだと理解した。
暗殺用の矢には当然、毒が塗られている。
その矢を受けてしまったのだ、自分は毒でいつ死んでも可笑しくはない……
しかし
「何ともないんだけど…… 少し痛かったけどそれだけ。もしかして矢に毒が塗ってなかったとか?」
シャガールは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出す。
そして背中に刺さっていた矢を引きぬいた。
抜き取った矢先を確認してみると黒く変色しており、何かが塗られた形跡が残っている。
「リオン殿、それは多分、アドリアーノ様が貴方に差し上げたミサンガの効果です」
リオンの胸に顔を埋めていたアドリアーノが顔を上げる。
「アドが私にくれたこのミサンガ?」
リオンは右手首に付けたミサンガに視線を向けた。
その瞬間ミサンガが自然とちぎれていく。
その様子を見ていたアドリアーノがミサンガの説明をはじめる。
「うん。このミサンガは僕の身を守る為につけていた装備だったから…… ミサンガは装備者への攻撃を一度だけ代わりに受けてくれるんだよ」
「そうだったんだ」
「簡単に言えば、ミサンガを付けている限り、どんな攻撃でも一度だけ全てが無効となるんだ。王族は暗殺される危険が多いから…」
「それってもの凄い高価な装備じゃ? 私、そんな高価な物を!! どうしよう弁償できないよ」
「ううん。僕があげたいって思ってあげた物だし、それにさっそく役に立ったからとても嬉しいよ」
「でも……」
「それに国に帰れば同じ効果を持つ別のアイテムもあるから気にしないで」
「そこまで言うなら…… アド…… ううん。アドリアーノ様、ありがとうございます」
リオンは一度アドと距離を取ると、深々と頭を下げてお礼を述べる。
再会を果たして間もなかった為、出会った時のまま、アドとして対応をしてしまっていたが、アドリアーノが王子と言う事をリオンも今更思い出したのだ。
「僕の事はアドでいいよ。って言っても難しいか。でも僕は継承順位が低いから、誰も気にしないと思うし」
「ううん。それじゃシャガールさんが可哀そう。アドリアーノ様の事を一番に考えて、応援してくれてる」
「それは分かっている。僕の味方はシャガール位だからね。だけど……」
アドリアーノは姿勢を正すとリオンの前に赴き手を差し伸べた。
「リオン、僕と一緒に僕の国に来てくれないか? 勿論、大切にするし、僕の国に来て寂しい思いはさせないと誓うよ」
精一杯背伸びをして、子供らしくない言い回しを使っている。
アドリアーノはリオンに一緒に国に来て欲しいと告げた。
一方、リオンはアドリアーノが何を言って来たのか理解出来なかった。
しかし頭の中で何度もアドの言葉をリピートする事で、やっとアドの言いたい事が分かった気がした。
「どうかな?」
アドリアーノの目は真剣だった。
ならリオンも真剣に答えを返さないと駄目だと思った。
「私はアドリアーノ様と一緒には行けません。一人の冒険者として、私を救ってくれた人に恩を返したい。【オラトリオ】の為に頑張りたいのです。申し出は嬉しいですが、諦めて下さい」
嘘偽りの無い言葉である。
アドリアーノもリオンの真剣な目をみて頷いてくれた。
リオンは分かってくれたと思った。
「じゃあ、僕は待つよ。リオンが恩人に恩を返すまで、それまでは友人になってくれないか?」
「友人なら喜んで!!」
リオンは即答した。
この時、アドリアーノ以外の者は誰もアドリアーノの変化に気付かないままだった。
今まで、気弱で引っ込み思案の性格をしていたアドリアーノはリオンと出会い強くなりたいと願う様になっていた。
「僕はリオンと同じ位強くなるよ。だから僕を見ていて欲しい」
「うん。わかった」
「三年後に行われるこの式典でまた会おう。その時は正式に護衛の依頼を出すよ」
「うん。待ってる」
「じゃあ、友人としてこれを受け取って貰えないかな?」
アドリアーノは右手首に三つ付けていた腕輪の一つをリオンに差し出す。
「高価な物は受け取れないよ?」
「大丈夫、これは本当に何でも無いただの飾りだから」
「本当?」
判断に困ったリオンはシャガールに視線を向けた。
シャガールは強く頷いていたので、貰っていい物だと判断する。
「アドリアーノ様、ありがとう」
その後、リオンはラベル達が三階に来るまでの間、アドリアーノと楽しく話をする。
ラベルと出会ってから体験した冒険の話にアドリアーノは目を輝かせながら聞き入っていた。
それから十年後、アドリアーノが海運国家【グランシール】の次期国王に選ばれる事となるとは誰も想像出来なかった。