46話 レミリアの敗北
俺を殺そうと放たれた襲撃者がアリスの横やりで倒された事にレミリアは発狂していた。
「何をやっているのよ! 三人もいたのにたった一人の女も殺せないなんて本当に信じられない!! それでも【黒い市場】のメンバーなの?」
「マーガレット様、申し訳ございません。次は私達が」
「次は五人で行きなさい。馬鹿正直に真正面から突っ込むような事はしないで、ちゃんと頭を使うのよ。数はこっちの方が上なんだから」
「分かりました。必ずあの二人を殺してきます。行くぞ!!」
男は別の襲撃者に声を掛けて俺達に向かって来た。
レミリアの周辺にはまだ十名程の襲撃者がレミリアを守る様に警戒している。
多分、レミリアの指示だろう。
どんな状況でも自分の身だけはしっかりと守る所がレミリアらしいと俺は思った。
今回の敵は五人、全員で掛かって来られなくてホッとしたが、状況は良いとは言えない。
アリスと言えども、一度に五人の襲撃者を相手となると流石に分が悪いからだ。
更に俺の方はと言えば、蜘蛛の糸や火炎瓶といった妨害アイテムも全て使い切っている。
最終手段として俺は即席のアイテムを作る事にした。
敵が近づいてきているので急いだ方が良い。
俺はすぐさま毒消し薬が入ったビーカーに、ポーション、少量の酒、魔法石の欠片を入れてビーカーを振る。
すると中の液体から煙が上がり始めた。
俺はビーカーを自分の前に押し出し、空いている手でリュックの外に引っ掛けていた小型の魔法石を取るとビーカーに近づけた。
すると魔法石からは風が起こり、煙を俺の前方へと流していく。
この魔法石は火を起こす時に使う魔法石で、使用すると少しだけ風を起こす事が出来る。
「お前達は煙に近づかない方が良いぜ。この煙はヤバいぞ」
「何を!? ハッタリだお前達ビビるな」
「アリスは俺の後ろにまで下がっててくれ」
「うん」
そのまま五人の襲撃者は進み続けた。
「なんだぁ? この煙は一体!? ゴホッゲェッホ」
前にいた襲撃者が煙を吸い込み、喉を抑えて暴れ始める。
「目が!! みえねぇ」
先頭の男に続き、二人目の男も大量の涙を浮かべて暴れだした。
「おい毒だ。間違いない!! 毒を発生させやがったぞ」
毒なんてそんな簡単に作れるはずがないし、仲間がいる所じゃ危ないだろ?
この煙は刺激が強いだけで身体に害がある訳でもない、目に入ると染みて一時的に見えなくなるだけだ。
しかも範囲は狭く風でまき散らしても、遠い場所まで届かない。
だが向かってくる相手の動きを阻害するには効果的だ。
「おい煙を避けて、二手から回り込むぞ」
三人の男達が煙を中心に二手に分かれ、片方を一人、もう片方を二人で両側から回り込もうとした。
その瞬間、開かれたドアの一室から矢が放たれ、一人で向かっていた襲撃者の眉間に突き刺さった。
「ダンの奴やってくれたな。ナイスなタイミングだ」
俺は姿を隠しているダンに向かって頷いて見せた。
「アリスは残る襲撃者を頼む」
「任せて! 二人程度なら余裕よ」
アリスは目を押さえて動けなくなっていた二人の襲撃者を軽々と斬り割いた。
残る襲撃者の数はレミリアを守っていた十名位しか見えない。
「はぁ? なんでこうなるのよ。おかしいじゃない? こっちの方が戦力は高い筈でしょ。何がどうなって、私達が追い込まれなきゃいけないのよ」
レミリアは頭をかきむしり、苛立ちを露わにする。
「ぐわぁーっ」
すると今度は一階からの方から絶叫する声が響いてくる。
その数秒後に階段から現れたのは仮面をかぶった巨漢の男、カインであった。
「嘘でしょ!? 来るのが早すぎるわ。一階にはまだ二十名以上いたのよ。何でこんなに早くこれるの?」
レミリア達は壁際に移動し、カインから距離を取る。
「おっ、やっと追いついたな。ラベル!! 誰も怪我をしてないか?」
体から白い湯気を発生させたカインが剣を振り上げ、俺達に話しかけてきた。
「あの姿…… カインの野郎も本気になったわけだな」
「カッ、カインですって!? この仮面の男が!? 」
「お前、いつまでその似合わねぇ仮面付けてるんだよ?」
「おっそうか。外すの忘れてたな。最近ずっと被ってたから慣れちまってよ」
カインはそう言いながら鉄仮面を外した。
仮面の下からはカインの顔が覗き、カインを見たレミリアの顔には焦りの色が伺えた。
「貴方は大けがを負って【アイスバード】で療養しているはずじゃ……?」
「よぅレミリア。まさかお前が黒幕だったとはな」
「お前達は泳がされたんだよ。この筋肉馬鹿が怪我なんてする訳がないだろ?」
「まさか、私が…… 嘘でしょ?」
「もう終わりだ。さぁ大人しくしてもらおうか?」
カインは大剣を突き出し、レミリアに告げた。
「アハハハ。ここまでコケにされたのは産まれて初めてだわ。許さない、許さない!絶対に許される筈がないわ!」
突然レミリアは大声を上げて笑い出した。
そして狂気に満ちた表情を浮かべて右手を自分の正面に突き出した。
「こうなったら全員道連れよ。全員仲良く死にましょう」
そして短文の詠唱を始めた瞬間、手のひらを一本の矢が貫いた。
「ぎゃぁぁぁぁーーー!!」
「何だかわからねーが、今が好機だな!! 覚悟しろおらぁぁーー」
カインは巨漢に見合わない素早い動きで、相手に斬りこんだ。
その速さはリオンよりもアリスよりも速い。
速い上に化け物染みた怪力をもっている、まさしく化け物。それがカインという男だった。
「ラベルさん、大丈夫だったか?」
矢を使い切ったダンが、短剣を持って俺の傍に駆け寄ってきた。
俺の言いつけを守り、ずっと息をひそめて狙撃のタイミングを計っていたのだろう。
「ダン。よくやったぞ。流石はガリバーさんに認められた男だな」
「えへへへ」
ダンは気恥ずかしそうに鼻を指でこすった。
「お父様が来てくれたから、もう大丈夫そうね」
アリスも剣を鞘に納めた状態で俺の傍にやってきた。
そしてカインの戦いを共に見つめる。
「あぁ、本気のカインを止める事が出来るのはたった一人だからな」
「そんな人いるの? あっ、ラベルさんとか?」
「残念外れだ。答えはマリー。お前の母さんだよ」
「あぁー、なるほど」
アリスは悟った様に遠い目をしていた。
十人いた襲撃者はほんの数十秒で皆殺しにされていた。
残されたのは片手を矢で貫かれたままのレミリアただ一人。
「どうしてぇぇぇ、なんでよぉぉぉぉ」
レミリアは既に半狂乱と化していた。
「レミリア、お前、往生際が悪いぞ」
カインは一歩近づいてみせた。
「嫌よ、嫌やぁぁぁ!! こうなったらもう一度!!」
レミリアは残る手を突き出したが、その瞬間にはカインの拳がレミリアの顔面を捉えていた。
「ぐふぁがっ」
レミリアは顔面を殴られ石積みの壁に吹っ飛ばされた後、床に倒れ込んだ。
壁に張り付いた時に見えた顔はグチャグチャに潰され、前歯は全て折れていた。
かつての美貌はもうどこにもない。
床に落ちた後、しばらくはビクビクと痙攣していたが、何とか体を引き上げ立ち上がる。
普通は立てる状況ではないのだが、レミリアも流石は【黒い市場】の幹部というだけあるだろう。
「お前には色々と吐いて貰わないと駄目だからな。命だけは助けてやるよ」
カインはそう告げた。
「覚えておきなさい。貴方達だけは許さないわ…… 【黒い市場】の顔に泥を塗った事をきっと後悔する事になるわよ」
レミリアはそれだけ言い切ると、胸のネックレスを引きちぎり地面に落としてガラス部分を踏み割る。
するとレミリアの足元から爆発が起こった。
その爆発は気化したアルコールにも引火し大爆発と変わる。
「アハハハハ―ッ」
レミリアは笑いながら爆発に巻き込まれた。
俺は無我夢中で隣にいたアリスとダンに覆い被さる。
俺達は爆発の衝撃で数メートルも吹っ飛ばされ床の上を転がった。
幸いにも耐火マフラーを装備していたので火傷はなく、吹っ飛ばされた衝撃による打ち身がある程度だ。
「アリス、ダン。怪我は無いか?」
「えぇ…… なんとか」
「俺も、何とか大丈夫」
「大丈夫なら良かった。レミリアの奴がまさか自爆するとは…… それより、カインは大丈夫なのか!? 爆発をもろに喰らっていたぞ」
焦った俺がカインを探してみると、爆風で吹っ飛ばされた俺達とは違って、カインはその場で立っていた。
衣服は燃え裸体をさらけ出し、装備は焼け焦げているが、命に別状はなくピンピンとしていた。
「まさか、自爆するとはな…… 流石にビックリしたじゃねーか」
「おい、ゴリラ!! どうしてピンピンしている? 俺はどうやったらお前を殺す事が出来るのか本気で分からなくなったぞ。お前は本当に人間で間違いないんだよな?」
カインにポーションをぶっ掛けながら俺は本音を告げる。
「この程度、鍛えればどうって事はない」
カインは豪快に笑う。
レミリアは死体となって転がっていた。
全身が焼け焦げているので本人の確認は出来ないが、あの爆発で生きている方がおかしい。普通に考えてこの死体はレミリアだろう。
「カイン、とにかくこれで終わりだな」
「そうだな。ラベル、今回は本当に助かった。感謝する」
こうして俺達の戦いは終焉を迎えようとしていた。