43話 VS【黒い市場】
少年に気を取られたリオンは驚き動きを止めた。
「リオン? 何をしているんだ。襲撃者は目の前にいるんだぞ」
俺はリオンを叱咤し、無防備なリオンを標的に襲い掛かって来ていた襲撃者に対して、蜘蛛の糸を投げ付けた。
上手く命中した蜘蛛の糸はその場で身体に絡まり始め、襲撃者の動きを妨害する。
「貴方は先日の!? まさかこんな場所で会うなんて」
少年を守っている男がリオンに話しかけてきた。
鍛え上げられた身体を見ただけで、この男がかなりの手練れだという事を俺は理解した。
「知り合いなんだろうが、今は話している余裕はないぞ、早く安全な二階へ急ぐんだ」
俺はリオン達に声を掛ける。
「貴方の言う通りだ。今はアドリアーノ様を安全な場所に!!」
少年の傍にいた男は俺の意見に同意した。
その名前を聞いて俺は確信した。この少年は第七王子だ。
【黒い市場】の目的が王子ならば、この王子を守り切れば俺達の勝ちだという事になる。
「リオン、お前も王子様に付いてやってくれ」
「えっ王子様!? 嘘っ!!」
「多分、間違いないぞ。今は時間がない早く!!」
「でもっ、それじゃラベルさんはどうするの?」
「俺はアリスとダンのサポートに回る。お前のスキルは絶対に王子の役に立つ! 頼む!」
リオンは少年に視線を向ける。
そして俺に顔を向け直した時には答えを出していた。
「わかった、私が何としてもアドを守り抜く!!」
リオンも覚悟を決めてくれた。
「私について来て、競技場の構造なら頭に入っているから」
「先日に続き世話になる。よろしくお願いします」
護衛の男が頭を下げた後、リオンは王子達を引き連れ二階に続く階段へと向かった。
俺は妨害として火炎瓶を大量に投げつけ、襲撃者の追撃を遅らせながら少しずつ下がり、ダンとアリスに合流を果たす。
★ ★ ★
避難している王子の安全を確保する為にも、俺達は出来る限り追手の妨害に努めるのが最善だろう。
俺はダンとアリスに作戦を告げる。
「ダン、こういう乱戦ではペースを掴んだ者が勝つんだよ」
「ペースを掴む?」
「そうだ。お前には弓があるだろう? 自分の位置を悟らせない様にしながら狙撃をするんだ。敵に悟らせなければ敵は混乱して思う様に動けなくなる筈だ。俺もアイテムで敵を翻弄する。その為にも、アリスには俺達の準備が終わるまでの時間稼ぎを頼んでいいか?」
「わかった。俺やってみるよ」
「私は時間を稼げばいいのね。三分…… 三分だけなら何とかなると思うわ」
「それで十分だ。三分経過したらアリスは二階への階段まで走って戻ってくれ」
「えぇ」
「それじゃ、作戦開始だ」
お互いの役割が決まり、俺達は行動を開始した。
まずはアリスが敵陣に突撃をしかける。
アリスは敵陣に突っ込むと一人で三人の襲撃者と対峙した。
その卓越した剣術と素早い動きはB級冒険者を優に超えていると俺は感じた。
襲撃者も必死に攻撃を仕掛けているが、アリスは巧みにその攻撃を避けつつ、反撃の一撃を放つ。
アリスが隙をついて放った攻撃は相手の胸部を深く引き裂いていた。
一人倒したからと言って喜んでいる暇はない。
残り二名が左右同時に斬りかかり、アリスは一旦後方へと身を引いた。
すぐに新しい襲撃者が合流し、アリスは再び三人を相手する事となる。
その後、相手は連携を上手く使いアリスを攻め立てた。
「三分経ちました。下がります!」
アリスは約束の時間が過ぎた後、襲撃者の隙をついて前線から離脱し階段に向けて走りだす。
襲撃者はアリスを追撃しようと追いかけ始めたが、何処からともなく放たれた矢が先頭の襲撃者の胸を貫いた。
「おい!? どこかから狙撃されているぞ!」
後続の襲撃者は二の足を踏んでしまい、そのままアリスを逃がしてしまう。
矢は再び襲撃者を襲い、一人、また一人と射抜いて行く。
「ちくしょー、集団でいたら狙い撃ちされるぞ。全員、バラけろ!」
ダンのおかげで集団はバラけてくれた。
俺達にとっては好都合である。
ダンは備え付けのテーブルを倒し、その裏に身を隠したまま、見えない敵に対して声などの音で距離と方向を決め、あたりを付けて矢を放っていた。
今回は襲撃者が集団だったので運よく当たってくれた感じだ。
「ラベルさん、矢が切れたから俺も引くよ」
「ダン、よくやった。俺も後二、三人、減らしてから二階に向かう」
俺は相手が気づき辛い膝位の高さで、蜘蛛の糸を張り巡らしていた。
アリスとダンが階段に向かった後、階段周りにもトラップを仕掛けて、階段を数段だけ上がる。
その途中でダンが放っていた矢が二本だけ落ちていたので、ついでに拾っておいた。
「なんだこれは? 気付かない内に、糸が纏わりついているじゃねーか?」
蜘蛛の糸に気付かない襲撃者が、足に絡まった糸を剣で切ろうとしていた。
「簡単に切らす筈がないだろ? 蜘蛛の糸にはこういう使い方が出来るんだよ」
俺は手元の糸に火を付けた。
火は蜘蛛の糸を燃やしながら襲撃者に向かって勢いよく進んで行き、衣服を燃やし始める。
「ぐわぁぁ、火が、火がぁぁ」
俺の目の前には蜘蛛の糸に絡めとられ上に、火を放たれ火だるまとなった数名の襲撃者が踊り狂っていた。
「良く燃えるだろう? 言っておくが適当に転がっていると、更に糸を体に纏わりつかせるぞ」
それだけ言うと、俺は二階へと上がろうとした。
「全く鬱陶しいねぇ、どきな!!」
奥から声が聞こえた瞬間、階段に向かって火炎球が放たれた。
火炎球は俺のトラップを焼き尽くしながら階段に直撃する。
「火属性の魔法か!? 火炎球の大きさが普通じゃない? 相当の手練れだな」
俺は階段を数段上がる事により、火炎球の攻撃を避ける事に成功する。
そして魔法を放った人物と目が合う。
「チッ」
相手は俺の姿を見て舌打ちをした。
何故舌打ちしたのか分からないが、一人で相手をしようなんて思っていない。
すぐに相手から視線を逸らすと、二階へと駆け上がる。
一階での戦闘で、俺達三人で十名近い襲撃者を行動不能に追い込む事ができた。
残りは四十名前後となる。
俺も二人に続き、二階へと戦場を移す。
★ ★ ★
二階に上がってまずはアリス達と合流を果たした。
矢が切れたダンは短剣を抜いている。
階段を上がった所は廊下となっており、一定間隔で部屋が並んでいる。
この部屋には木製のドアが設置されており、今は閉まっている為、廊下側から見ただけでは中を確認する事が出来ない。
「来賓の護衛達も反撃に移るみたい、いくつかの部屋に隠れて背後から奇襲をかけるって言っていたわ。私は分散するのは良くないから戦力は集まった方が良いって言ったんだけど、聞いてくれなくて」
アリスはそう言いながら幾つかの部屋を指さした。
その部屋に隠れているのだろう。
「確かにアリスの言う通りだ。しかしなってしまった事は仕方ない。とにかく俺達も身を隠そう。潜んでいる者達と上手く連携を取れれば、まだ対応は可能だ」
俺達も空いている部屋に身を隠した瞬間、一階から二階の階段目掛けて大きな火炎球が放たれた。
火炎球は二階の天井にぶつかり、火花を周囲に散らした。
「階段を上がった所でトラップを仕掛けられているかもしれないから、悪いけど仕掛けは全部焼かせて貰うわね」
仮面の女性と共に数名の襲撃者達が階段を上がってくる姿が見えた。
残る襲撃者達も彼女の後を追って順次上がって来ている。
そして仮面の女は、我先に動き出そうとする襲撃者の動きを止める。
「迂闊に動いては駄目よ。相手のポーターは厄介だからね。何を仕掛けられているか分からないわよ」
どうやら仮面の女は俺のトラップを警戒している様子だ。
一階での惨事を見たのだろうが、今は警戒してくれている方が時間が稼げていい。
「それじゃ、どうすれば?」
「こうすればいいのよ」
そう言うと仮面の女は短い詠唱を唱え、近くの部屋のドアに向かって火炎球を放った。
その部屋はアリスが指をさした部屋の一つだった。
火炎球はドアを突き破り、部屋の壁にぶち当たり部屋中を炎で包む。
「ぐわぁぁぁ~っ!! 火がぁぁ」
三名の冒険者が火だるまになって部屋から飛び出してきた。
「ほらね。隠れていたでしょ? 私の魔法の前ではどんな小細工も通用しないわ」
「マーガレット様、流石です」
相手は多勢で、こちらは少数。
無策で突っ込んで行っても勝機は無く、先ほどの行動を見て俺も気づいた事があったが、それでこの絶体絶命の状況を打開できる訳でもない。
「とにかく、お前達はこの布を首に巻いてくれ。火のダメージを抑える効果がある」
リュックの中から三枚のマフラーを取り出し、二人に渡した。
これは安物の耐火の効果があるマフラーである。
パーティー用としてリュックの底にしまっておいた物だ。
安物だけに効果は低いが、無いよりかはましだ。
そのまま俺が打開策を考えていると、一階から何やら叫び声が聞こえてきた。
「なによ!? 何がおこっているのよ?」
仮面の女も驚いており、声を荒げていた。
すると一階から一人の襲撃者が走ってきた。
「マーガレット様、結界が突破されました!! 冒険者達がなだれ込んできています。特に大男が化け物で、暴れ回って手が付けられません。兵隊は回しましたが、すぐに追いつかれるかもしれません」
「クソ、一階で手間を取りすぎたってわけね。時間が無いのは分かったわ」
どうやらカイン達が来てくれているみたいだ。
そうと分かれば方法はある。
「二人共、どうやら応援が来てくれているみたいだ。ここで時間を稼げれば、挟み撃ちに出来るかもしれない」
「そうみたいね。でもこの三人だけじゃ。特にあの強力な魔法に対応する方法が無いわ」
剣士のアリスは接近戦では強いが、魔法が相手では分が悪い。
「あの魔法は俺が止める。アリスは接近戦で対応してくれ。ダンにはこれを渡しておく」
「矢? 二本?」
「あぁ、さっき回収出来たのはこれだけだ。タイミングはダンに任せる。この二本を有効に使ってくれ」
「ラベルさん、任せてくれ」
「私の方は敵が多いから、足を止めて斬り合うのは難しいわ。翻弄する感じでいい?」
「それで十分だ。行動を開始する」
「でもラベルさん、どうやってあの強力な魔法を止めるの?」
「あの仮面の女。どうしてここに居るのかは分からないが、アイツは俺の知っている奴だ。知っている相手ならやりようは幾らでもあるさ」
俺は隠れる事もなく姿を見せる。
「ふん、観念したの? 潔い事ね。時間が無いからさっさと殺してあげるわ」
「何を言ってるんだ? 俺は諦めだけは悪い男だ。その事はお前も知っているじゃないか、なぁレミリア!!」
俺は仮面の女の正体に気付いていた。
目の前に立つ仮面の女はレミリアで間違いない。




