42話 襲撃と再会
三日目、最終日の朝。
多くの市民がこの競技場へと詰めかけて来ている。
入口前には長蛇の列が出来上がり、一人ずつ入場証の確認と身体や持ち物のチェックが行われる。
ここで安全を確認できた者しか入場が出来ない。
俺達が警備を任されているのは来賓エリアで、今は窓から外を眺めていた。
カインとスクワードのパーティーは範囲が広い一般エリアが担当だ。
「こっち側には豪華な馬車ばかりやってくるな」
ダンが窓から顔を出しながら、絶え間なく到着する馬車を見て興奮していた。
「この下に来賓専用の入り口があるからな」
「道中襲われたりしない?」
「多くの貴族や商人たちが行き来しているから襲えば目立つだろ? しかも道中は警戒するから護衛に付く兵士の数も多い。それに襲ったとしても、広い場所では乱戦の混乱に乗じてターゲットに逃げられる可能性が高いと考える筈だ」
「なるほど、言われてみればそうかも」
「もし狙うなら道中よりも馬車から降りて逃げる場所や方法がない競技場だろう」
俺は自分達が立つ足元に視線を向ける。
「うっわ~、凄い馬車が来たぞ。あれ?? 同じ馬車が三台も!?」
「あれは第七王子の馬車だ。どの馬車に王子が乗っているのか分からない様に工夫されているんだろう。見た感じだと護衛の人数は三十人を超えているようだな。全員だと邪魔になるし、式典の間傍に付くのは側近の数名だけだろう」
「流石は王子様って言った所だよな」
ダンは窓から出していた頭を室内に戻した。
「さて、おしゃべりは此処までにしよう。式典ももう直ぐ始まる、俺達も気合を入れていくぞ」
「うん」
「俺も頑張るぜ」
「いよいよね。私も二人に負けない様にしないとね」
それぞれが意気込みを見せた後、俺達は周回警備を始めた。
★ ★ ★
受付を済ませた一般参加者が次々と競技場へと入ってきた。
遠く離れた来賓側からでも人々の熱気が伝わってくる。
誰もが今から始まる冒険活劇を楽しみにしているんだろう。
「凄い…… 満席だね」
「この式典は人気だからな。入場証にはプレミアがついているみたいだぞ」
「じゃぁ、私達ってここに居るだけで凄いんだね」
「そうだな。だけど俺達がやるべき事は劇を見る事じゃないからな。残念だけど劇は別の機会に楽しもう」
「うん。約束だよ」
「あぁ、この依頼が終わったらダンと三人で行こう」
「俺もいいの? やったー」
「ギルドメンバーじゃないけど、私も…… 良いかな?」
ダンの隣でちゃっかりアリスも参加を表明していた。
結果、このメンバーで後日、劇を観に行く事が決定する。
劇が始まり、全員の視線が劇に釘付けとなる。
「こういう時が危ない。みんな周囲に注意してくれ」
「うん」
俺達は怪しい動きをする者が居ないか 更に警戒を強めた。
それから二時間が経過しても誰も動く気配は無かった。
今は三階構成の来賓スペースがある最上階、三階から全体を見下ろしている。
俺達は応援と言う立場なので、来賓スペースを警備する者は配備されている。
なので来賓の保護は彼らに任せて、俺達は高い所からの方が全体を見渡せ変化に合わせた動きを取った方が良いと考えた。
一方、劇はクライマックスを迎え最高潮に盛り上がりをみせる。
「いつ動く気だ!? それとも俺達のヤマが外れたのか?」
俺は内心イラついていた。いつ動きがあるか分からない。
集中しすぎて、精神が急激にすり減って行く。
今は結界石に区切られ、他のブロックからは来賓席側には手出し出来ない状況だ。
外からの襲撃は少ないと考え、来賓客やその護衛達に俺は注意を注ぎ続けた。
そして、そのまま劇は終演を迎えた。
演者たちは競技ブロックの舞台上で一堂に並ぶと、来賓席側に向かって大きくお辞儀を始めた。
脇役から裏方まで全ての関係者が姿をみせる。
総勢で五十人と言った所だろう。
その瞬間、観客全てが立ち上がり、スタンディングオベーションが始まる。
「ラベルさん…… 劇が終わっちゃったね」
「そうだな…… 終わったな。この後は王子による祝辞だ。それまで気を抜かずに行こう」
「うん。分かった」
スタンディングオベーションが鳴りやむ頃、来賓席側の一階の豪華な席に座っていた王子が立ち上がる。
距離があるので顔はハッキリとは確認できない。
手には拡声魔具を持っており、口に近づけ話し始めた。
「素晴らしい演技であった。今日の式典を経て、両国の絆はより一層深まった事だろう」
王子の祝辞が始まり、競技場内は静まり返っていた。
ただ響くのは王子の声だけだ。
「この声…… どこかで聞いた事があるような?」
リオンは小首を傾けた。
その時、競技スペースで一列に並んでいた演者達が劇中に使用した舞台装置を分解しはじめた。
そして解体した素材を再度組立直す。
その手慣れた動きは滑らかで、まるで演技がもう一度始まったかの様だった。
ベッドの骨組みは再度組立直され、槍に代わる。
壁に補強として組み込まれていた鉄板は刃状に分解でき、取っ手を取り付けて剣と変わった。
ほんの数分で舞台装置は綺麗さっぱり消えていた。
一人ひとり武器を手に取り、何処からともなく現れた黒髪の女性が先頭に立つ。
女性の目元は隠されており、素性が誰なのか知る事は出来ない。
誰もが何が起こったのか理解が追いついていない。
あっけにとられ、ただ黙って様子を窺っていた。
「お集まりに頂きました皆様には今から第二幕をお見せいたしましょう。ごゆるりとお楽しみ下さい」
そう言いながら深々と首を垂れた。
そして頭を起こすと同時に劇団員全員が来賓席側にむかって走り寄ってきた。
「敵襲だぁぁあぁーーー」
俺は襲撃者たちが武器を手にした瞬間から、観客席に向けて大声を張り上げ叫んでいた。
「まさか劇団員全員が【黒い市場】の襲撃者だと? 劇団は大丈夫だって言ってたんじゃねーのかよ? どうなっているんだ糞ったれがぁぁ!!」
真相が分からない分、歯がゆい気持ちから愚痴がこぼれる。
しかし舞台装置にあんな仕掛けがされていたとは誰も考えないだろう。
誰もが襲撃された事を理解し始め、次々と騒ぎ始める。
「でも、結界があるから襲撃者側からこっちには手出しは出来ないんじゃ?」
リオンが推測を口にする。
「確かにそうだが、そんな事は相手も分かっているだろう。何かある筈だ。俺達は一階に急ぐぞ」
「それが良いね」
アリスは同意すると真っ先に走りだし、その後にダンが続く。
「リオン、俺達も行くぞ」
「うん」
横目で競技ブロックを見てみると、【黒い市場】の構成員が結界に近づいた瞬間、来賓ブロックと競技ブロックの間にあった結界がスッと消えていく。
「なっ!?」
驚いて結界石に魔力を注いでいる筈の魔法使いに視線を向けると、内通者が忍び込んでいた様で、結界を維持していた背後から剣で突き殺され、その傍には魔法使いを守る護衛も倒されていた。
「チッ、来賓の護衛として、数名だけ忍び込ませていたって訳か。狡猾なっ」
そのまま【黒い市場】の襲撃者が結界を越えた後、数名が結界石に魔力を注ぎ始め、再び結界が構築される。
その示し合わされた動きを見て、仮面の女が高らかに笑っていた。
「ご丁寧に、壁を作ってくれているんだから。これを利用しないなんて馬鹿よ」
「上手く行きましたね」
「これで後は結界内にいる者達を皆殺しにすればいいって訳。うふふ、あいつ等も幾ら警備の数を増やしたって、手出しできないんじゃ意味がないって分かったんじゃない。さぁ遠慮はいらないわ、王子以外は全員殺してしまいな!!」
「おおぉぉー!!」
その様子を見て、俺は焦りをおぼえた。
「急がないとやばいな。来賓者には数名の護衛がついているが相手の方が数が多い。個別に戦っていたら一気に押しつぶされるぞ」
最短ルートで三階から二階にたどり着くと、襲撃者から逃げる来賓者の群れと遭遇する。
誰もが【黒い市場】から少しでも遠くに逃げたいと言う一心で、屋上を目指していた。
「クソ、邪魔で早く動きづらい」
「私に任せて!!」
リオンは俺の手を握り引きはじめた。
大量に押し寄せてくる人の波の隙間を縫う様に進んでくれる。
俺達は何とか一階に降りる階段の前へたどり着いた。
一階では既に戦闘が開始されている様で、叫び声が聞こえてくる。
「俺達も行くぞ」
「うん」
俺とリオンは一階へと駆け下りた。
★ ★ ★
一階では襲撃者に追いつかれた来賓者の護衛達がそこら中で戦っており、既に乱戦状態だ。
これ程の数が此処まで来ていると言う事は、当初配置されていた警備の冒険者達は真っ先に殺されているのだろう。
俺の予想通り、来賓者達が独自に連れてきた護衛達は互いに連携が取れておらず、個々に自分達の依頼人を守るばかりで防戦一方となっていた。
一方、襲撃者は一人に対して複数で襲い、優位に戦いを進めている。
俺は近くでダンが弓を放っているのに気づいた。
ダンが放つ矢は正確に襲撃者を射抜いている。
アリスも乱戦の中に飛び込むとたった一人で数名を同時に相手に取り始めた。
その様子を見て、ダンとアリスは大丈夫だと判断する。
だが戦場は広範囲に広がっており、周囲の様々な場所で戦闘が起こっている。
「リオン、あの集団を助けよう。行ってくれるか?」
「うん。任せて」
俺が指をさした一団は他の所に比べ激しい戦闘を繰り広げていた。
五人程の男達が倍以上の襲撃者に襲われていたのだ。
リオンは走り出すと剣を抜きとり、二人がかりで一人の男を斬りかかろうとしている間に割り込んで行く。
「応援にきました。態勢を立て直して!!」
護衛の男にそれだけ伝えると、剣を振りかぶっていた襲撃者二名の懐に飛び込んでそのまま切り裂いた。
「すまないっ、助かった!!」
男は立ち上がると、すぐに近くの仲間の元へと移動する。
「ここは危険です。早く二階へ!!」
リオンが一団にそう声を掛けた時、一団の中から子供の声が聞こえた。
「リオン!?」
「えっ嘘。アドッ!? どうして君がここに?」
どうやら二人は知り合いの様だった。




