41話 競技場
俺達は今、式典で使用される競技場の調査をしていた。
スクワードが伯爵家や【オールグランド】の代わりに警護の任務を依頼されているギルドとのパイプを作り、【黒い市場】の情報を提供した関係から俺達も警護に参加できるようになっていた。
スクワードは相手に信用して貰う為、仮面を取り自分の正体を明かしているので、この場に於いては俺達も【オールグランド】の一員として認識されている。
「広いなぁー、この競技場でどんな事をしているんだろ?」
ダンは興味深そうに周囲を見渡し感心しきりだった。
「ダン、今は遊びじゃないんだからね。ちゃんとこの競技場の構造を頭に叩き込まないと駄目なんだよ」
「分かってるって!!」
「この競技場は武術大会や式典で使われたりするんだよ。一万人位は収容できる広い競技場だ」
「一万人ってどの位か分かんないけど、すげーよな」
ダンは大げさに驚いている。
「式典の最終日にこの競技場に【グランシール】の王子がやって来る。俺達はここで行われる式典が怪しいと睨んでいるんだけどな」
「ラベルさん、それで式典ってどんな事をするの?」
石灰を固めて積み上げられた石面の壁を人差し指程度の鉄の棒でトントンと叩いていた俺にリオンが尋ねる。
俺は打音を聴いて、石の中に空洞がないかを調べていた。
打音さえ聞けば、見た目をごまかしていても内部が空洞になっているか位は判断できる。
幾ら警備を厳重にしても、警備の始まる前に何か仕掛けられていたらどうしようもないので事前に調べていた。
リオンの質問に答える為に、俺は一度作業をやめた。
「そうだな、基本的には劇をやるみたいだ。劇が終わった後に第七王子が祝辞を述べて終了って感じだろうな」
「へぇー、劇をやるんだ」
「あぁ、内容は【サイフォン】の街に港を建設してグランシールに出航するまでの苦悩を演じるって聞いたな」
「へぇー、それで劇って誰がやるの?」
「【サイフォン】で活動している劇場の劇団員だよ。俺も怪しいと思って確認を取ったが、数年前からこの街で活動している信用できる劇団みたいだな」
「そうなんだ」
「後この競技場は大きいから一般の人達も参加する。敵が紛れ込むには最適な場所だろうな」
「なら、注意するのは一般の観客の人?」
「基本的にはそうだと思っている」
「でも数千人が動いたら抑えきれなくなりそう」
「それは結界石を使うから、何とかなるだろう」
「結界石?」
リオンとダンは結界石を知らないらしい。
丁度いい機会だと判断し、俺は結界石の説明を始めた。
「結界石って言うのはな、加工した魔法石に魔力を流す事により近くにある結界石へと透明な魔力幕を発生させる魔法石の事だ。この魔力幕は流し込む魔力によって強度が変わるから、強固な結界を作りたい場合は複数人の魔法使いで大量の魔力を注ぎ込めばいいって訳だ」
「凄く便利そう。ダンジョンでは使えないの?」
「ダンジョンで使うには魔力の消費が激しすぎて難しいだろうな」
「そうなんだ」
「その結界石を一般参加者のスペースと中央の競技スペース、そして来賓のスペース、三つに分かれる様に発動させる。範囲をブロックで仕切る感じだな。どこで問題が起こったとしても、その範囲内を警護する者が素早く駆けつける。他のブロックには影響が出ない様にする予定だ」
「うん。分かった」
「俺も分かったよ」
俺達は一日中、競技場の中を歩き回り、壁や床に細工がされていないかを調べた。
特に怪しい箇所は見つからなかったので、事前に何か仕掛けられている可能性は少ない。
式典は明日からなので、今日の夜からこの競技場で寝泊まりする予定だ。
★ ★ ★
まぶしい太陽の光で目が覚める。
昨日の夜の警備は正式に依頼を受けているギルドの冒険者達が行ってくれていた。
俺達は空いている部屋を借りて、三人で休んだ。
俺の隣ではリオンやダンが今も眠っている。
俺は二人を起こすと朝食の準備を始めた。
「顔を洗って飯を食ったら、警護が始まる時間だぞ」
「おはよう。いよいよ今日からだね」
「うっひゃー。俺も緊張してきたー」
「リオンもダンも気負うのは最終日だけでいいと思うぞ。この競技場は最終日に使用するんだからな。【黒い市場】も誰もいないのに攻めてくる様な馬鹿じゃないだろ?」
「うん。そうよね」
「おっけー、それにしてもいい天気だ。なんか街に飛び出したくなってくるよな」
ダンは窓を開けて、大きく背伸びをした。
「毎年、この時期は天気が続くからな、風も止まっているし式典中もたぶん、こんな天気だろう」
俺が用意した朝食を食べ、俺達はカイン達の元へと向かう。
カイン達は相変わらず似合いもしない鉄仮面を被っていた。
「おい。ゴリラが目立ちすぎているぞ。それじゃ警護というより威嚇だな」
「おっ、ラベルか!? いよいよだな」
カインが元気よく答えた。
「ラベル、そうなんだよ。こいつはとにかく目立つんだよ。んでだ目立つ癖に、表に出たがるだろ? 俺もいつも苦労してるのよ」
苦労人のスクワードが嘆いていた。
その様子をアリスが見て笑っていた。
今回、俺達は三つのパーティーに分かれる事となった。
一つは俺達三人とアリスを加えた四人組。
次にスクワードとスクワードの部下達で五人組。
最後にカインとカインが連れてきた冒険者で合計七人組。
俺達は志願し、競技場の警備の手伝いを認められている。
「ねぇ、ラベルさん競技場を守るのに十六人だと少なくないか?」
ダンが思っていた事を口にした。
昨日説明してやったのに、こいつは聞き逃していたみたいだ。
「坊主、俺達は応援だからな。俺達以外にも多くの冒険者が警備に付いてるから安心しろ!! もちろん俺達も各フロアに分かれるが、その持ち場で自由に動いて何かあれば手助けをする感じでいい」
スクワードが説明してくれた。
「そうか。それなら大丈夫か」
その後、軽く打ち合わせを行った後、俺達は警護の任務を開始した。
「それじゃ、今から俺達は臨時のパーティーだ。アリスも頼めるか?」
「任せて!!」
「アリスさん、お願いします」
「アリスねーちゃん、一緒に頑張ろーぜ」
俺達は互いに軽い挨拶を行う。
カインがアリスに声を掛ける。
「お前にとっては良い勉強にもなるだろう。気張って行けよ」
「えぇ、分かっているわ」
軽い別れの挨拶をしただけで、俺達は各自の持ち場へと移動を始めた。
俺達の持ち場は来賓スペース側である。
来賓達は自分専用の護衛を連れてきているので、少人数の俺達でも大丈夫だという判断からだ。
今日は式典が行われないので、周囲の警備を行うだけだ。
「ダンは屋上から見張っていてくれ。リオンはアリスと共に警戒を頼む」
俺も三人の死角になる場所をメインに警戒を行った。
「この競技場の構造は頭の中に入っているだろうな? 何か起こった時に場所が分からないじゃ済まされないぞ」
「うん。大丈夫」
「俺も覚えたぜ」
二人共俺の指示で競技場の構造を覚えてくれている様で良かった。
式典が始まって一日目は何事も無く終了する。
俺達はこのまま競技場で寝泊りする予定だ。
夜になり、スクワードが食料を調達してきて俺達に配り始めた。
「街の様子はどうだった?」
俺はスクワードに声を掛けた。
「三年に一度の祭りだからな。流石に盛り上がっているぜ。しかし酒を飲んだ男たちが色んな店で喧嘩を始めるせいで、憲兵の手が足らないって言う話を聞いた」
「そりゃ大変だな」
街を上げての祭りの為、多くの者達が街の警備に参加してる。
警備をする者は腕に目立つプレートを着けているので、誰が見ても警備の者と分かる様に工夫されていた。
街の事は憲兵に任せるとして、俺達は狙いを付けたこの場所を守る事に専念したい。
★ ★ ★
二日目の朝、夜間警備の者との引継ぎを行う。
昨日は特に人影を見なかったとの事だったが、
周囲からは時折、人の気配は感じたとも言っていた。
「カインどう思う?」
「わかんねーな。どの程度の警備か探りを入れて来たのか? 兎に角、俺達はここが怪しいと睨んだんだ。最終日までここを守るぞ」
「そうだな」
二日目も何事も起こらなかったが、スクワードが持ち帰った情報によれば街の混乱は拡大していた。
各地で喧嘩が起こり、収容所も限界に近いらしい。
憲兵だけでは足りずに、応援の冒険者も駆り出されているとの事。
「これは確実に誰かが手を回しているだろうな」
スクワードは自分の見解を述べる。
「こちらの戦力を割く為か?」
「まぁ、そんな所だろう」
「王族の顔を直接見れる場所と言えば此処だけだからな。【黒い市場】の狙いが王族だとしたら確実に動いて来るだろうぜ」
「俺も少し前から嫌な感じだ。何事もなく終わるって事だけはないだろうな」
当たって欲しくもない予感を抱いたまま、ついに最終日の朝を迎えた。
最後まで予感が外れる事を願っていたが、その願いは叶わなかったのだとすぐに証明される事となる。