36話 お前の魔石は何処にある?
護衛を始めて四日が経過した。目的地の商業都市【サイフォン】は目の前だ。
盗賊の襲撃は一度だけで、以降は平和な旅が続いている。
「リオン、もうすぐ【サイフォン】に着くぞ。着いたら一息吐けるから、まずは体を休めよう」
「うん。最近は昼夜連続の護衛のせいでちょっと寝不足気味」
「もう少し護衛の人数がいたら疲労具合も違っていたと思うが、こればっかりは仕方ないさ」
「うん、そうだね。ついた時にはお祭り始まっているんだっけ?」
「それじゃ、依頼主である商会の人が露店を出せないだろ。お祭りの開始は到着してから三日後だ。その後、祭りが三日間続くから、帰るのは一週間後位じゃないか?」
「それじゃ時間もいっぱいあるね」
「そうだな。俺も休暇中の事までは口出ししないから、好きに露店を回ったり祭りを楽しめばいい。だけど怪我だけはしたら駄目だからな。帰りの護衛が出来なくなっては困る」
「うん、解ってる。でももし怪我をしても、ラベルさんが治してくれる気がするけど?」
「俺にはポーションを振りかける位しか出来ないぞ。余り期待はしないでくれ」
他愛もない話をしていると、リオンの顔が険しくなり笛を吹き鳴らした。
「襲撃か!? まさかこんな街の近くで!!」
すると木陰からともなく、七名の盗賊が現れた。
全員が仮面を着け顔は見えないが、上等な装備に身を包んでいる。
しかも身体から発せられる雰囲気が凄かった。
俺はこいつらが只者ではない事を理解する。
「リオン、気を付けろ。こいつらは普通じゃない!! スキルを使うぞ!!」
俺はリオンとダンに聞こえる様に叫んだ。
二人と出会って、今日まで俺達の信頼関係は深まっている。
今まではスキルの事は俺が信頼している者にしか話していなかった。
しかし今は俺がギルドマスターである。
今日まで俺に付いてきてくれた二人にはスキルの事を話すと決めていた。
二人には繁殖期の間に俺のスキルの効果と危険性など、そして俺が普段は使用しない理由も合わせて話した。
リオンは成り行きで話して効果位は既に知ってはいたが、その時に俺の考えは伝えていなかったのだ。
実際どんな反応を示すか少し不安も覚えたが、俺の説明を聞いて二人は納得してくれた。
俺のスキルは本当に危険な時しか発動させるつもりはなかった。
それはスキルの効果在りでダンジョンに潜る事が危険過ぎるからだ。
もし俺が戦線離脱した時、スキルの力に頼りっぱなしだと全滅以外の道はない。
なのでスキルの無い状態で戦える事が大前提だと考えている
俺のスキルは絶望的な逆境を跳ね返す切り札だ。
今その切り札を俺は躊躇なく使う。
ただアリスだけは俺のスキルを知らない為、多少は戸惑うかもしれないだろう。
普通なら惚けても良いが、リオン達とも仲が良く、俺も悪い奴には見えないから教えても良いとは思っていた。
「迂闊に突っ込むなよ。敵の力が未知数だ。援護しきれなくなるかもしれないからな」
「うん。了解した」
リオンが馬車から飛び降り、馬車の前に躍り出る。
ダンは荷馬車の一番高い場所に上り、高い地点から弓を構え狙いを定めた。
アリスも俺達の傍までやってくると俺に視線を向ける。
「リオン、まだ動くな」
すると集団の真ん中に立っていた大男が無言で剣の切っ先を俺達に向ける。
「どうやら逃がしてはくれなさそうだな。ダンと俺でリオンの援護をするから、アリスは商人達を守ってくれないか? 俺達三人の方が日頃から一緒にダンジョンに潜っている分、動きやすい!」
「任せて」
「リオンねーちゃん。援護でドンドン打つからな」
「そう言う事なら仕方ないわ。確かに私とは連携の練習不足だもんね。任せて商人は私が守るよ」
俺達は瞬時に互いの役目を決めて、それに合わせた動きをとり始めた。
まず最初にリオンが突っ込み、大男の間合いに入って行く。
男は剣を肩に担ぎ、余裕を見せている。
「他の盗賊は動く気配がないのか!?」
どうやら盗賊たちは全員が俺達を舐めているようだ。
相手にとっては俺達は取るに足らない獲物に違いない。
「ふん、それならそれでいい。リオン油断していた事を後悔させてやれ!!」
「大丈夫、一撃で仕留める!」
大男は肩に担いでいる巨大な剣をリオンに向けて、真っすぐ縦に振り下ろしてきた。
周囲の空気を巻き込み叩きつけられる攻撃は、一撃必殺の威力を持っている。
リオンは体を回転させながら避けると、回転した力を利用したまま剣を横になぎ払う。
一方、大男は剣を地面に喰い込ませて、その破壊力を周囲に知らしめていた。
だが攻撃は避けられた為、大男にはリオンの返し技を受け止める手段はない。
「このタイミング、取った!!」
ガチン!!
「おっ、やるな。俺の攻撃を軽々と避けた上に反撃してくるとは、これは予想以上だ」
大男が少し驚いていた。
大男は腕に装備しているガントレットで剣を受け止めると力任せにリオンを振り払った。
吹っ飛ばされるリオンの背後から三本の矢が襲って来た。
それは完全なる死角からの一撃で、初見なら避ける事は不可能だ。
「こりゃ、やっべーな。ヒャッとしたぞ」
大男は叩きつけていた剣を片手で無理やり引き上げ、ダンの矢を叩き落した。
俺は援護をする為、注意深く一連のやり取りを観察していた。
「体重の移動…… 間の取り方。あの動きは間違いない!!!」
俺は一つの答えにたどり着くと、不思議と怒りが湧き上がり始めた。
「リオン、もういいぞ。一度下がれ!! ダンは弓で大男の後ろにいる奴達を近づけさせるな!! こいつの相手は俺がする」
「えっ!? でも? ラベルさんが戦うの?」
「いいから任せておけ。人の仕事中に何しにきやがった!!! 邪魔をするつもりなら徹底的にやってやるからな」
俺が怒っている事に気づいた大男の後ろに立っている鉄仮面軍団の中の一人が、顔に手を当て天を仰いでいた。
「ほぉー、今度はお前が相手か…… ポーターの癖に戦えるのか?」
目の前の大男はノリノリで挑発していた。
「お前、馬鹿か? 声まで出して俺が気付かないとでも思っていたのか? まぁいい、相手がお前なら遠慮は無用だ」
俺はこの大男の正体に気付いていた。
こいつは間違いなくカインだ。
どうして怪我で療養中のカインが俺の前に現れたのかは分からない。
しかも、かなり手加減しているみたいだが、そんな事は関係ない。
カインは俺の仲間であるリオンに剣を振りぬきやがった。
俺はブチ切れていた。
本気のカインなら手も足も出ないが、余裕をかまして舐め切っている今のカインなら俺でも対応は可能だ。
俺は無言で火を付けた煙玉を投げつけた。
「ダンジョンで使う煙玉?」
カインは薙ぎ払い煙玉をたたき切った。
煙玉は真っ二つになりつつも白い煙を発し続けていた。
「煙で目隠しをしたつもりか!?」
俺は休む事なく次は蜘蛛の糸を真正面から投げつけた。
「馬鹿か、そんな単純な攻撃を喰らう訳がないだろ? 煙玉は蜘蛛の糸を見え辛くする為に投げたっていう訳か。そのアイテムの事は知っているんだよ。絡みつくから剣でも斬るつもりはない、避ければいいだけだ」
カインが軽く上半身をずらして蜘蛛の糸を避けた。
(ほらな、やはりカインは遊んでいやがる。今のは避けながら俺に斬りかかっていれば、俺は確実にやられていた)
「じゃあ、後悔させてやるよ」
しかし同時に真上から違う蜘蛛の糸がカインを目掛けて落ちて来ていた。
「うぉっと!! あっぶねーな、同時に上空にも投げてやがったのか? 本当に油断できねぇな」
けれどその蜘蛛の糸もカインは上手くかわした。
「じゃあ、次はこっちの番だぞ。容赦しねーからな。殺しはしねーがぶっ飛ばしてやる」
カインは剣を構えた。
「何を、それはこっちのセリフだ糞ゴリラ!!」
カインの言葉に俺が返す。
そしてカインが一歩を踏み出そうとした瞬間、何かに足を取られ転んでいた。
転んだ男の足には蜘蛛の糸が絡みついている。
そのカインの足に絡みついている蜘蛛の糸には別の糸が結び付けられており、その糸は俺の手元まで伸びていた。
俺は最初に投げた蜘蛛の糸をカインが避けた後に糸を引っ張り、背後からくっ付けてやったのだ。
俺が煙玉を最初に投げたのは手から伸びる細い糸を見え辛くさせる為で、後の一連の流れは全て注意を逸らす為のフェイク。
「どういう事だ!? いつの間に!?」
「うるさい黙れ、くそゴリラ!!」
一瞬のスキを作り出した俺は更に追加で蜘蛛の糸を三つ叩きつけた。
カインは蜘蛛の糸に絡めとられ、身動きが出来なくなっていた。
「合計四つか…… まだ足らんな。相手は筋肉ゴリラだ。魔物を束縛するこの糸も引きちぎるかもしれん。ここはもう二つ位追加しとくか?」
「なっ!?」
更に二つ追加され、既にカインの身体は蜘蛛の糸で簀巻き状態と化している。
俺は戦う事が出来ないが、ダンジョンで使えるアイテムは数えきれない程使い続けてきた。
ポーションを弄る事もそうだが、一つのアイテムであっても使い方は何十通りもある。
相手は癖を知り尽くした元パーティーメンバーで、しかも本気もだしておらず、舐め切っている状態。
手玉に取る程度なら簡単だ。
カインが動けない事を確認した俺は地面で簀巻きとなったカインの傍に近づいた。
「お前、今【オールグランド】がどうなっているか知っているのか? なのに何を遊んでいやがる?」
仮面で隠されて表情は見えないが、カインは何も言わない。
「何も言わないか…… まぁいい。俺もどうやら勘違いしていたみたいだからな。この男は俺が知っているカインという男ではなく。新種のゴリラという魔物だという訳だな?」
俺は腰から愛用のナイフを取り出し、睨みを利かせた!!
いつも魔石を取り出すときに使っているので、手入れは完璧だ。
「今からお前の魔石を取り出してやる。心配するな魔物から魔石を取り出す作業は数えきれない位にこなしてきたんだ。綺麗に三枚に卸してやんよ。お前の魔石はどこにあるんだぁぁーーー!!」
「待て、待て、待て、待てーーーーー!!」
俺がナイフを刺そうと行動を開始した瞬間、カインが大声で叫んでいた。