35話 対人戦闘
俺達の旅も二日目に入った。
地形は一日目の草原を抜け、今は荒廃した山岳地帯を抜けている最中だ。
山岳地帯の地形は起伏が激しく地質も硬い岩盤ばかりが目に付く。
岩盤だけに木々が生い茂る訳でもなく、生命力の強い雑草がまばらに生えている程度だった。
逆に大きな転石がまばらに転がっており、身を隠すには持ってこいの場所となっている。
「いかにもって場所だな」
「はい。この山岳地帯には盗賊の輩が多く出没しています。なのでここがこの街道で一番の難所だと言えます」
馬車を操作する御者の男と情報を交換した俺はその場で立ち上がると、後方のダンとアリスに身振りで気を引き締める様に伝えた。
事前の打ち合わせで、もし盗賊に襲われた時、戦えない者は荷物の隙間に隠れる様に伝えている。
その理由は人質に取られたりしたら、戦い辛いからだ。
「リオンも気を引き締めてくれ。お前のスキルはハッキリ言って万能だ。何者かが襲って来た時は渡した笛を大きく吹き鳴らしてくれ」
「うん。わかってる」
俺はリオンに笛を渡していた。
笛の音が聞こえたら敵が現れた合図だと後ろの二人には伝えている。
勿論、後方を守るダンにも笛は持たせていた。
俺は旅が始まる前に馬の前で笛を吹いて馬の様子を確かめている。
幸いにもこの馬達は音が鳴っても暴れださないでいてくれた。
暫く進んでいるとリオンが笛を吹き、周辺に大きな音が鳴り響く。
その数秒後、御者の男を狙って放たれた矢をリオンが空中で切り落としていた。
「盗賊が現れたぞ!!」
俺の叫び声を皮切りに、事前の打ち合わせ通り、御者や商人達は全員が荷物の隙間に身を隠した。
「へっへっへ。奇襲に気づくとはやるな」
すると前方の岩陰から十人の男達が現れた。
「こっちにもいるぜ。引き返そうなんて思うなよ」
背後からも五人の男達が現れ、前後合わせて十五人の盗賊が姿を見せた。
「お前達、俺達をどうするつもりだ?」
「そんな事解っているだろ? 命が欲しけりゃ荷物も全部置いてきな」
交渉として一歩前にでた巨漢の男は俺達に剣を突きつけ、高圧的な態度を取っている。
そして俺の隣に立つリオンに視線を向けると、嫌らしい笑みを浮かべた。
「おっと、さっきのは言い間違いだ。荷物全部と女も置いて行け!! ふぇへへへ。若い上に上玉じゃねーかよ」
「お頭、こっちの女もすげーいい女ですぜぇ」
「こりゃ、当たりを引いたみたいだな。おい野郎共、今日の夜は最高の夜になりそうだぜ」
「おぉぉぉーー」
盗賊たちはお祭り騒ぎの様に騒ぎ始めた。
「ラベルさん、どうすればいい?」
リオンは冷静に俺に指示を求めた。
「戦えそうか?」
リオンは経験済みで大丈夫だとは言っていたが、人間同士の戦いは一瞬でも躊躇したら幾ら実力差があったとしても倒される事もある。
俺は不安に駆られ再度確認していた。
「うん。大丈夫、ちゃんと覚悟はしてきたから」
「それなら安心だ。俺もこの程度の奴らにお前が負ける事はないと思うが。まぁ心配するな俺がお前を人殺しなんかにさせねぇから。リオンは普段通りに戦ってくれ」
「そんな事出来るの?」
「出来ると言えば出来る。とにかくお前は俺を信じて剣を振りぬくんだ」
「うん。了解した」
「ダンも遠慮しないでいいぞ。但し一撃で死ぬ所には矢を放つな!!」
「うん。解った!! クイックショット!!」
馬車の上に飛び乗ったダンが早速スキルを発動させ、俺達から先制攻撃をしかけた。
ダンが三本の矢を同時に放つと、後方に現れた盗賊の内、半数の手足に矢が突き刺さった。
ダンは狙いを手足に絞っているみたいだ。
「ダンくん。ナイス!! 後は任せて!!」
その混乱に乗じてアリスが突っ込み、一瞬で残りの盗賊を戦闘不能に追い込んでいた。
「ラベルさん、前に六本打つよ」
「おう!!」
支援する時は必ず。簡単でもいい、声を掛ける事を徹底させていた。
幾ら連携が取れていようとも、つまらない勘違いで命を落とすなんてしたくないからだ。
宣言後、ダンの弓から三本同時発射の矢が二連続で放たれた。
矢はそれぞれが盗賊達に向かって飛んでいく。
手練れの盗賊はダンの矢を叩き落す事には成功したが、矢を落とすだけで手一杯で前線は既に崩れていた。
正面の盗賊達は防戦一方と化した。
「リオン今だ。俺も援護するから遠慮なく行け」
「うん。任せて」
乱戦になったリオンは軽々と盗賊の攻撃を避け、相手を切り伏せ戦闘不能にしていった。
俺はリオンに切り伏せられた盗賊にポーションを投げつけた。
十人いた盗賊達はほんの数分で壊滅していた。
俺は十五人の盗賊達を縄で括る。
「ラベルさん、盗賊にポーションを投げつけていたよな? 助けてやるの?」
ダンは俺の行動を見ていたようで、不思議そうに問いかけてきた。
「まぁーな。一応お前達を人殺しにする訳もいかないだろう。この先の冒険者生活で今回の様な悪人と戦う事もあると思うからいずれは経験するだろうが…… 今じゃなくてもいいだろ」
今回も俺が居なければ盗賊の内、数名は命を落としていたかも知れない。
「悪い奴なのに治してやるのかよ? そいつらがまた弱い人を襲ったらどうするんだよー」
ダンが不満そうに言った。
「確かにダンの言う通りだな。実際こんな奴は死んでも当然だ。治して別人を襲ったら、俺が恨まれてもおかしくない。だからなこうするんだよ」
「えっ?」
俺は縛り上げた、盗賊達の姿を全員に見せた。
動けなくなった盗賊達は痛みで苦しみながらもがいており、ポーションをかけたのに傷は生々しく残っている。
しかし血だけは完全に止まっていた。
「ポーションを使えば、体力が回復するだけでなく品質の範囲内で怪我が治癒されていく事は知っているよな?」
俺の問いにリオンとダンが頷いて答える。
「実はなポーションに一手間加えるだけで、効果を変える事が出来たりするんだ。例えば薄めるとこの様に怪我は治さないけど出血だけを止める事が可能だ。今の状態だと死にはしないが、怪我は治っていないから自力では動けない。保険の為に武器も装備も取り上げてるしな、運が悪けりゃ肉食動物の餌だ。運が良かったとしても巡回の憲兵に捕まるだろうさ」
「へぇー」
いまいち理解していないダンは生返事を返す。
「ポーションを薄める!? ラベルさんはそんな事ができるの?」
しかし事情を知っているアリスと商人達は目を丸くした。
その理由はポーションを作れるのは薬の知識を手に入れた者達だけで、その薬の知識も各薬師ギルドが情報を秘匿しているので、中々表には出ないからだ。
たかがポーターが薬の知識を知っている事自体が普通あり得ない。
「薄めるって言ったって、普通の水を足したらいいって事じゃないぞ、そうしたらポーションの効果自体がなくなってしまうからな。ちゃんと製造工法どおりの手順でだな、水を魔石で加熱し蒸留水を作ってだな……」
「ラベルさんって、薬の知識もあるの? 普通はギルドに入らないと教えて貰えないんだけど……」
アリスが驚いた様子で確かめてくる。
「そうみたいだな。俺の場合はいつも買いに行っている商店に派遣されている薬師と仲良くなってだな。ちょっとずつ教えて貰った事を実践して覚えていった感じかな?」
「それじゃ…… ほぼ独学?」
「いやいや。教えて貰ったって言っただろ」
「普通、ポーションなんて買えば良いだけなのに、実験しようって考える人がいるなんて……ねぇ?」
アリスに変人を見る目で見られてれている気がした。
「何を言っているんだ。普通は自分が使うアイテムの事を勉強するのは当たり前だろ。もちろん薬の知識を知っていると言っても難しい薬は弄れないからな。簡単な薬を再調合して別の効果をだす程度位は出来るが……」
もはや誰もリアクションを返してくれない。
「おい。なんか言えよ。薬の知識があれば、ダンジョンに潜る時に持っていく薬の量を減らせるんだぞ」
「いやはや…… まさかそこまでやる人だったとは、ちょっとビックリしちゃって」
アリスと商人はドン引きしていた。
「ラベルさん、ありがとう。私はもう大丈夫だから次からは、変な気を使わないで」
「俺も大丈夫だ。覚悟は出来てるから」
俺の気遣いを知り、リオンとダンが俺を見つめ話しかけてきた。
その瞳を見れば言っている事が本気だと言うのが分かる。
「そうか。それならよかった。じゃあ、先へ急ごう」
リオンもダンも、この一戦で対人戦が戦える事が立証できた。
対人戦も出来れば冒険者として多くの世界で活躍できるだろう。
俺達は目的地【サイフォン】を目指した。




