33話 リンドバーグの決断
リンドバーグは街中に飛び出し、わざわざ宿屋を借りてその夜は過ごした。
あの女なら、時間などお構いなく自宅にまで押し寄せてくるかもしれないと考えたからだ。
宿で一夜を過ごしたリンドバーグは、日が昇ると共に移動を始めた。
向かう先は【アドバンス工房】である。
街道には夜明けと共に多くの人たちが現れ、街は活気に満ち溢れ賑わっていた。
人ごみに紛れ、リンドバーグは【アドバンス工房】の近くまで移動する。
時間的に言えばもうすぐ店が開く時間だった。
リンドバーグが様子を見ようと店の入り口付近を見た瞬間。
心臓が掴まれた様な衝撃を受けた。
「レッ レミリア!?」
なんとレミリアが入り口の付近で歩いていたのだ、誰かを探している様子で周囲に首を振っていた。
「ヤバい、完全に行動を読まれている!!」
リンドバーグは大きく動揺する。
「もし店が開いて飛び込んだとしても、レミリアなら必ず邪魔をしてくるに違いない」
こうなれば、何としてもレミリアをこの場所から引き離す必要があった。
リンドバーグは策を練る。
すると目の前を定期運送用の馬車が走っていく。
この馬車は首都の中を決まったルートで走り回っており、人々はお金を払い目的地に連れて貰う馬車だ。
リンドバーグはこの馬車に飛び乗ると、一番後ろへ移動する。
そして目立つように立って周囲に視線をむけた。
すると店の前を通り過ぎる最中に、レミリアと目が合った。
リンドバーグは何気ない様子で頭を下げると、座席へ座る。
レミリアは何やら悔しそうな顔をしていた様にも見えた。
そして少し離れた場所で料金を投げ渡し、馬車から飛び降りた。
「あの人なら、まだいるかもしれない」
周囲に注意しながら、店の傍まで来てみたらレミリアの姿はない。
壁面の窓から店内の様子を窺ってもレミリアの姿は確認できなかった。
「チャンスだ。今しかない!!」
リンドバーグは店に飛び込むと、店長を呼び寄せた。
幸いにも店長は店におり、すぐに会ってくれた。
「すみません。ハンス様の指示で装備の注文をお願いに!!」
「あぁ、だいぶん前に聞いたやつだな。もう来ないと思っていたが…… これが依頼書だな。ちょっと見せてみろ」
店長はドワーフ族である。
この世界の八割は人間だが、残り二割が様々な種族の者達だ。
ハンスのパーティーにもシャーロットと言うエルフがいる。
街で生活する他種族の者達は自分達の特性にあった分野で活躍していた。
「前金は持ってきているんだよな? 金貨千枚だぞ」
依頼書を確認した店長の言葉に従い、金貨千枚を渡した。
店員が金貨の枚数を確認し、千枚ある事が認められる。
「よし。後は任せろ。完成に三カ月必要だと伝えてくれ。それに完成後に金貨もう千枚が必要だ」
「解りましたお伝えします」
店長から依頼の受領書を受け取った。
「やった!! 俺はやったんだ」
リンドバーグは歓喜に震えた。
これでやっとレミリアに怯える日々から解放されると。
「リンドバーグ。ここで何をやっているのかしら?」
店を出た瞬間。突然声を掛けられた。
振り返るとそこにはレミリアが立っていたのだ。
心臓が止まるかと言うほど驚いた。
「レッ レミリア様」
「丁度良かったわ。私欲しい物を見つけておいたの。買って頂戴」
レミリアは当然とばかりに言って来た。
「失礼ですが、これ以上、私はハンス様を裏切れません。装飾品が欲しいのであるならハンス様に直接ねだって下さい」
「ハンスって意外にケチなのよねぇ」
「それは私には関係のない事です。それでは失礼します」
相手のペースに合わせる必要はない。
リンドバーグはその場から立ち去ろうとした。
「いいの? ハンスにあの事を言うわよ?」
お得意の脅迫が始まる。
レミリアは既に勝ち誇った表情を浮かべていた。
しかしレミリアは予想していたとは違うリンドバーグの表情に気が付いた。
「いいですよ。言いたければ言ってください。では失礼します」
リンドバーグは凛とした態度を見せつけ、自分の気持ちをハッキリと伝えると、その場から走り去っていた。
「時間はない。今からが勝負だ」
リンドバーグは残る金貨二百枚を握り締め、商店街に向けて走って行く。
★ ★ ★
翌日、リンドバーグはハンスに呼び出された。
リンドバーグは昨日から一睡もしていない。
こうなる事は予想済みで、待ち構えていた。
リンドバーグは覚悟を決めて、ハンスの執務室に向かった。
執務室に入ると、重い雰囲気が流れていた。
怒りに満ちたハンスとその横で口角を吊り上げているレミリアを見れば理由を想像するのは容易い。
「リンドバーグ、俺は失望したぞ。まさかお前が、俺が渡した金を横領した上に、レミリアにまで手を出していたとはな」
「一体なんの事でしょうか?」
そう言う外ない。
「とぼけても無駄だ。俺はレミリアから全て聞いているんだぞ。お前は装備の前金から高いネックレスを買って、レミリアに無理やり受け取らせ、身体の関係を迫ったみたいじゃないか?」
「何を馬鹿な事を、私がそんな事する筈ないでしょう」
「なら装備はちゃんと注文できているんだな?」
「勿論でございます。昨日は進捗の確認で【アドバンス工房】に行ってきました。納期は三カ月で後払いで追加で金貨千枚が必要との事です」
「ふん。俺が昨日渡した、アイテムの金で補填して買ったんだろ? それくらいは解っているんだぞ」
「滅相もございません。ならこれをご覧ください。アイテムの購入確約書でございます。昨日の内に予定のアイテムの購入は済ませています」
「うっ嘘でしょ。リンドバーグ、アイテムを買うお金はどうしたのよ?」
レミリアは驚いていた。
リンドバーグは確約書をハンスに手渡した。
その中にはもちろん【アドバンス工房】から預かった受領書も付けている。
「ふむ。確かに装備も、アイテムも本当に買えているようだな。ではレミリアに手をだした事は?」
「それは私を信じて貰うしか…… 私の事はハンス様が一番理解してくれている筈です」
これは賭けだった、ハンスと今日まで築き上げてきた絆をリンドバーグは信じた。
ハンスは無言でしばらく考え込んだ。
「もういい、これで話は終わりだ。今後は紛らわしい行動を取るなよ」
リンドバーグはついにレミリアに勝つ事ができた。
「わかりました。以後注意します。では私はこれで」
リンドバーグがレミリアに視線を向けると、レミリアは苦渋の表情で悔しそうにリンドバーグを睨みつけている。
その表情を見ただけで、リンドバーグの胸はスッと晴れ渡り、ずっと痛み続けていた胃の痛みも消え去っていた。
(これで解放された)
実はリンドバーグは装備の契約を済ませた後、自分の貯金と借りれるだけの金貨を借金した上、何店舗の商店を渡り歩き、持ち金だけで何とかアイテムを買い揃える事に成功したのであった。
今回の事でリンドバーグは貯金も無くなり、借金を作る事にもなったが、レミリアという悪女の手から逃れられた事は僥倖であった。
レミリアから大金を奪われ、どうしたらいいかと苦悩した日々は、要望通りの装備やアイテムを用意する事が出来た事で終わりを告げる。
これからは怯える事なく、ハンスの為に頑張っていける。
リンドバーグはそう思っていた。
しかし事態はおかしな事になって行く。
それから数日後、突然レミリアの姿を見かけなくなったのだ。




