22話 ラベル達の実力
暗い森の中を四つの人影が、高速で移動している。
夜空に浮かぶ星々の光が、多少の視界を確保してくれていた。
先頭を走っていた者が手をあげると、息を合わせたかの様にピタリと停止する。
指を一本立て、指した先には地盤が大きく隆起しており、大きな穴が開いていた。
誰が見てもダンジョンの入り口だとわかる。
ダンジョンの側壁は無数の光水晶が埋まっており、二十四時間発光している。
目的地に到着した四人は誰が指示を出さなくとも、自然と整列を完了させていた。
「全員、今からこのC級ダンジョンにアタックを掛ける。C級ダンジョンだと思って油断をするな。本気で挑め!!いいな」
「はっ!!」
四人組の正体は、仮面の冒険者シャルマン率いるS級冒険者パーティーだった。
今回シャルマンは急遽メンバーを招集し、このC級ダンジョンに来ている。
シャルマンのパーティーはシャルマンを含めて全員で六名いる。
今回はその内三名を招集していた。
三名とも戦闘に秀でた者達だ。
「このC級ダンジョンに何か問題でも? しかも緊急招集をかけて…… 一体何が?」
一人の冒険者が不思議そうに声をかけた。
緊急招集と言う事もあり、何かのイレギュラーが発生したのだろうと予想する。
しかし隊長のシャルマンからは特に焦った様子も感じられない。
「今回はお前達の実力を確認する為に招集した。今からダンジョンにアタックを仕掛けるぞ。C級ダンジョンだと侮り、もし手を抜く奴がいたなら、私が直々に鍛え直してやるから覚悟しろ!!」
「こんな夜中にアタックをしかけるのですか?」
別の冒険者が発言する。
「ダンジョンの中では昼でも夜でもあまり変わらん! それよりも貴様は私のやる事に異議を唱えるつもりなのだな? やりたくない者がいるなら今ここで一歩前に出ろ!! ダンジョンに潜るよりも厳しい罰を与えてやる」
シャルマンの声色が変わり、声のトーンが一段階さがる。
整列していた冒険者達の背筋に冷や汗が流れた。
「やっやります!!」
その言葉でパーティーメンバー全員の気合が注入された。
「私も同行し援護はしてやる。お前達が陣形を決めC級ダンジョンの最下層を目指せ!!」
「はっ!!」
シャルマンのパーティーメンバー達は軽く打ち合わせを行う。
普段は隊長のシャルマンが先頭として陣形を組むのだが、今回は後方からの支援をするとの事だ。
即席の陣形を決めた後、C級ダンジョンの攻略が開始された。
当然シャルマンのパーティーメンバーは全員がS級冒険者だ。
ハッキリ言ってC級ダンジョンに現れる魔物程度で苦戦する事もない。
現れた魔物達は全て軽々と一撃で仕留められて行く。
その様子をシャルマンは後方から当然だと言う感じで見つめていた。
「その先は二股に分かれているぞ。左に進め!!」
「了解!!」
シャルマンは知っているルートを教えてメンバー達もそのルートに従う。
怒涛の快進撃は最下層まで止まる事はなかった。
「よし此処までだ」
「隊長。ダンジョンマスターは倒さなくていいのでしょうか?」
「うむ。必要はない、ここで終了とする」
シャルマンは事前に用意していた時計に目を向ける。
その瞬間、衝撃が体中を走り抜けた。
「五時間三分…… まさかS級冒険者より早いとはな……」
シャルマンは今日の昼、共にダンジョンに潜ったラベル達の事を思い返す。
★ ★ ★
シャルマンには二つの顔があった。
一つは母方の姓を名乗り、仮面を着け自分にも周りにも厳しいS級冒険者アリス・シャルマン。
もう一つは仮面を取り、年相応の自分をさらけ出せるアリス・ルノワール。こちらは本名だ。
シャルマンはこの二つの自分を上手く使い分けながら、S級冒険者として毎日を過ごしてきた。
厳しいシャルマンだけでは心が参ってしまう為、休日になると仮面を外し、本当の自分で過ごす事でストレスを解消し心のバランスを取っていたのだった。
アリスとラベルが市場で会ったのは本当に偶然だった。
気晴らしに市場に出向き、本当にお買い得品を見つけて手を伸ばしただけだった。
だからラベルと会った時は本当に驚いた。
それはスクワードから話を聞いてから、ラベルをずっと探してきたが見つからなかったからだ。
ラベルと偶然出会ったアリスは、咄嗟にB級冒険者を演じ、無理やり接点を作ったのだ。
その後の話の流れで共にダンジョンに潜る事になった。
その時フェイスガードを装備して顔を隠しているラベルを見て、ラベルを見つけられなかった理由を知った。
そして噂のラベルとアタックが始まる。
当然、アリスはS級冒険者という事を隠す為に本気は出さなかった。
ラベル達のメンバー構成はC級の冒険者が二人にポーターが一人。
少年の方は冒険者になってまだ日が浅いとも聞いた。
アリスを加えて、やっと四人組となる。
それに合わせた形で、今回のメンバーは攻撃メインのメンバーが三人に自分が一人。
人数的には同数だが、戦える人数的にはラベルの方が少ない。
「彼等は同じダンジョンを潜り続けていると言っていた。だから私達よりもこのダンジョンの事を知っているのは当然だ。しかし彼らはC級冒険者なんだぞ。いくら情報を多く持っていると言っても基本的なポテンシャルが全く違うというのに…… 全く末恐ろしいな」
シャルマンは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
「このダンジョン以外のダンジョンで攻略タイムを競い合うのなら、全て我々が勝つ筈だ。けれどこのダンジョンでは負けた」
シャルマンはその場に立ち尽くし、自分達と何が違うのかを比べてみた。
「一つ言える事は、途轍もなく攻略速度が速い。敵を発見してから攻撃に移るまでの初動が段違いに早い」
目を瞑って昼間のアタックを思い返す。
「それにだ。無駄な動きが全く無かった気がする。どうすれば、あのように無駄の無い動きと連携が出来るのだろうか?」
シャルマンは後方から見ていた仲間の戦闘を思い出した。
「こっちは個々の力が強く、全員が一撃で倒してしまうので、攻撃するまでに間が空いたり、動きにも多少の油断があったかもしれん」
全く無駄のない戦闘。
全てのお膳立てが済んだ最高の状態で、さぁ魔物を倒してくださいと差し出してくる感覚。
「魔物が出現した瞬間に位置情報が伝達され、戦場は常時整理整頓しており魔物が死んだほんの数秒後には魔石に変えられていた。ポーションの補給も阿吽の呼吸で欲しい時に渡してくれた」
その瞬間、シャルマンが何かに気付いた。
「アタックをしている間…… 私は忘れていた。S級冒険者の私がC級の冒険者と一緒にアタックしているという事を……」
それは驚愕の事実だった。
S級の冒険者に合わせる事が出来るC級冒険者達がいるなんて。
「はっはっは。S級で固めたパーティーよりも早く攻略するC級冒険者がいる。この事実…… 信じられるか? いや信じられん。これも全てあのラベルさんが!? これが元SS級ポーターの力というのなら……」
スクワードに聞かされていたラベルというポーター。
元SS級パーティーのポーターをしていたと聞いたのだが、それでも戦えないポーターだろうと心の何処かで侮っていた。
でも実際に一緒に潜ってみると、自分の考えが馬鹿だったと言わざるを得ない。
シャルマンはハッキリと自分の愚かさを認め反省した。
「うむ私は決めた!! 私は何としてもラベルさんに私のパーティーに入って貰うと。そうすれば私のパーティーは完璧となるだろう。それにあの二人も捨てがたいぞ……」
たった一度のアタックでシャルマンはラベルの力を認め、そしてその力にほれ込んでしまった。
「あっそうだった。スクワードのおじさまに教えてあげないとダメよね。【ラベルさんはギルドを追放されていたけど、毎日ダンジョンに潜り続けていた。もちろん元気で私の助けは必要ないみたい】ってね」
更に仮面をつけているにも関わらず、シャルマンは興奮し過ぎて素のアリスに戻っていた。
シャルマンはその事に気付いていない。
もし今の状況を部下に気付かれていたら全員がビックリして、腰を抜かしてぶっ倒れていただろう。
その後も、シャルマンはB級冒険者アリスとしてラベルの元を訪れる事となる。
交流を深めながらラベルの人となりを知り、不思議と顔を出す回数が増えていく。
それがラベルを欲しての事か、別の目的の為なのか?
アリス自身も次第に分からなくなるのであった。
シャルマンとラベルの出会いの後、一年でもっとも過酷な一カ月間、モンスターがダンジョンから這い出てくる繁殖期を迎えようとしていた。




