17話 それぞれの準備(ラベル編)
俺とリオンはダンの訓練が終わるまでの間、C級ダンジョンにアタックをし続けていた。
リオンの装備も一新され、攻撃力が上がった事により殲滅速度が上がっていた。
結果、一日に倒せる魔物の数も増えたので、収入も良い感じである。
俺の装備はポーターの基本装備と呼ばれるものだ。
身体に負担の掛からない軽装に大きなリュックを背負い、手足に革製のガントレットとレッグアーマーも着けている。
さらに頭と顔を守る革製のフェイスガードをつけていた。
このフェイスガードは鼻から顎までの顔下半分を隠してくれる。
実はこの装備は俺がダンジョンに入っていることを隠す為につけているのであった。
顔の半分が隠れるので、誰も俺の事には気付いていない。
余り目立つ訳にはいかない俺にとって目から下の部分が隠れるフェイスガードは、身バレを防ぐのに丁度良い装備だ。
「リオン、俺から離れすぎるなよ。支援が追い付かなくなる」
「了解」
「奥から新しい魔物が現れているぞ! 数は三体、俺が少しの間抑え込む。その間に今の対峙している魔物を殲滅しといてくれ」
俺は新しく現れた魔物達に走って近づくと、リュックから火炎瓶を取り出し魔物の手前に炎の壁を作り上げた。
火に怯えた魔物は二の足を踏んで近付いて来ない。
時間を作った俺が振り返ると、既にリオンは魔物を殲滅し終え、俺の方に走って来ていた。
「任せたぞ」
「うん。任された!!」
リオンは炎の壁を飛び越えると、そのまま魔物の群れの中へと飛び込んでいった。
その後、俺達は全ての魔物を倒し切り、一度小休憩を取る事にした。
俺はリュックから親指くらいの丸い玉を取り出した。
玉には導火線がついており、火をつけると火花が導火線を走っていき、玉から煙を発生させた。
これは魔物除けの煙玉と呼ばれ、煙が発生している間は魔物が寄ってこない。
ダンジョンアタックの必需品で、何日もかけてアタックを掛ける時は、一度で数時間もつ改良を加えた煙玉を使ったりもする。
小休憩の時は魔物が嫌う臭いを発生させるのが一般的だった。
この煙玉を使う事で安全に休憩をとる事が出来る。
ならばこの煙を使って最下層まで行けば良いと考える者もいるかもしれない。
けれどそんな都合の良い商品がある訳がない。
この商品は魔物が嫌う臭いで近づかせさせない為だけの商品だ。
冒険者達の姿が目の前にあれば臭いが在ろうが、魔物は襲ってくる。
なので周囲の魔物を殲滅し、居ない事を確認した後、自分達を囲う様に幾つか設置する事で初めて効果を発揮する商品であった。
「ぐぬぬぬー 臭いです。この臭いはやっぱり苦手」
「そうは言っても、慣れて貰わないと困る。これから先も使い続ける事になるんだからな。休憩出来る時に休憩できなくて、高難度のダンジョンを攻略する事は出来ないからな。ほら水を飲んで水分補給だ」
「……頑張ってみ……る」
「悪いな。こればっかりはサポートしきれねぇかも」
「ううん。ラベルさんがヤバい人だって、パーティーを組んで私はわかった」
「ヤバい人? 俺が? 戦う事も出来ないポーターなのに?」
「うん。ラベルさんはどんなに強い冒険者よりもヤバい人」
「どんなに強い冒険者よりってなんだよそれ。言っている意味が全然分からねぇよ」
「一度でもラベルさんのサポートを受けた冒険者はもう二度と普通のポーターでは満足できないから…… 実際に私がそうである様に…… だからラベルさんはとてもヤバい人なの」
「俺は超便利な魔法石とかじゃねーっよ!! よし休憩を終えてまた一丁暴れてやるか」
「うん。了解した。倒して、倒して、稼ぎまくる」
俺とリオンはその後も数カ月間、C級ダンジョンのみを潜り続けた。
一カ月間に一つ、多い時で二つ程度C級ダンジョンは生まれる。
C級ダンジョンをメインに攻めるのは冒険者に成りたてのルーキーと野良冒険者達だ。
野良冒険者達はB級以上のダンジョンを攻略したりしない。
それは規則で攻略を禁止されている訳ではない。
B級ダンジョンになれば寒冷階層や灼熱階層など階層全体にも試練が仕掛けられる。
寒さや暑さなどの対策が必要となり、自然現象に耐性を持つアイテムは高価な装備品だった。
耐性を持つ装備を持っていないと、絶対にその階層を攻略する事は出来ない。
しかし野良冒険者にはそれら高価なアイテムを買い続けるだけの余裕がないのだ。
装備も傷みもするし、損傷がひどい場合はその効果を失うので、メンテナンスが欠かせない。
一方ギルドは高価なアイテムをギルドの資金で購入し、ダンジョンにアタックするギルドメンバーに貸し与える事ができる。
冒険者がギルドに入る理由の一つは所属するギルドの力を借りて、ダンジョン攻略に挑む為だった。
★ ★ ★
俺達はその後、二つのダンジョンを攻略する事ができた。
攻略で手に入れたダンジョンコアは全て俺が買い取らせて貰っている。
本来、ダンジョンコアは冒険者組合か支部でしか売れない規約となっている。
もし直接商人に売った事がバレれば冒険者や商人それに付属する全ての関係者たちが処罰対象となってしまう。
冒険者組合は魔石とボス専用の魔石の利権を独占していたのだ。
その分、命を懸ける冒険者達には最大限のサービスと保障を行っている。
冒険者組合とギルド、そして冒険者は共存共栄の関係なのだ。
その規約があるにも関わらず、C級ダンジョンを攻略して手に入れている筈のダンジョンコアを売りに来る冒険者がいない。
俺は気にもしなかったのだが、俺がダンジョンコアを取り込んでいる事で冒険者組合を少々困惑させる事態となっていた様だ。
冒険者組合の職員達は、ランクの高い冒険者が攻略して邪魔くさくて報告しないのだろうと、結論付けた。
そして俺が新しいギルドを作ってから五ヵ月が経過した。
★ ★ ★
俺はガリバーさんから、ダンの訓練が一段落付いたと連絡を貰う。
訓練中に俺達は一度もダンの様子を見ていない。
一体どう変わっているのかが楽しみである。
俺とリオンはお互いの予想を口にしながらガリバーさんの牧場に足を運んだ。
牧場に到着した俺達の元に真っ黒に日焼けしたダンが俺達を見つけて駆け寄ってきた。
「ラベルさん、お久しぶりです。ダンです。俺もやっとダンジョンに潜る許可を貰えました。訓練で戦闘スキルも幾つか覚えています」
「それは凄いじゃないか。ガリバーさんの訓練は大変だったか?」
「本当にヤバかった。何度か死にかけたよ」
ダンが思い出し泣きそうな顔になっていた。
(ガリバーさん、相手は子供なのにどんな訓練やったんだよ)
しかしやはりダンには才能があったようだ。
たった五カ月でスキルを覚えられた事を少しだけ羨ましく思ったが、他人は他人で俺は俺だ。
他人と比べても仕方ない。
それにスキルを持つダンがパーティーに加わってくれれば、単純に戦力がアップしパーティーに安定感も出てくる。
今後B級ダンジョンにもアタックを仕掛けるつもりなので、素直にうれしい誤算だった。
「結構、背が伸びたな。たった五カ月間で何センチ伸びたんだ? これが成長期ってやつか?」
「ぐぬぬぬ。ダンは年下の癖に生意気」
ダンは随分と成長しており、初めて会った時はリオンと同じ位の身長だったのに五センチメートル程抜いていた。
成長期なので身長が伸びるのは普通の事なのだろうが、リオンがとても悔しそうにしている。
「おう、ラベル、来たんだな」
「ガリバーさん、ありがとうございます。これは訓練をして貰ったお礼です」
俺は事前に用意していた金貨が入った袋を手渡そうと差し出した。
中には金貨を十枚いれてある。
しかしガリバーさんは首を横にふる。
「俺はもうこの年だ、今更、金を貰っても使いきれるかわからん。俺に渡す気があるならその金でダンの装備を新調してやれ」
「いいんですか?」
「おう、俺も楽しませて貰ったからな。ラベル、お前いい人材を見つけたな。こいつは伸びるぞ」
「えへへ」
褒められたダンは嬉しそうに鼻をかいていた。
「ダン凄いじゃないか? ガリバーさんに褒められるって凄い事なんだぞ」
「解ってるって、ガリバーさんに教えて貰った事は絶対に守るよ」
俺達はガリバーさんにお礼を告げた後、商店街に足を向ける。
勿論、ダンの装備を揃える為だった。
「親方~いるか?」
店の扉を開けながら俺はカウンターに声をかけた。
「おう。ラベルか? 久しぶりだな。おっお嬢ちゃんも元気そうだな。買ってくれた剣の調子はどうだ? 魔法石の砥石ばかりで手入れせずにたまには俺の所にも持って来いよ。微妙な調整は魔法石では出来ないんだからな」
「うん。ありがとうございます。じゃあ今日、見てもらおうかな」
リオンはそう言うと、腰に下げた剣を手渡した。
「すぐに終わるから待っていろよ」
親方はそう言うと店の奥に姿を消した。
「あっダンの装備を買いに来たのに…… ごめん」
「俺は全然大丈夫です。うっわ、すっげーー! 店の中が装備だらけだ」
ダンは年相応の子供に戻り、目をキラキラさせながら壁に飾られている武具達を見渡していく。
「そう言えば、ダンの適正職業はわかっているか? ガリバーさんから何か聞いていないか?」
俺も肝心な事を聞き忘れていた。
職業が解らなければ装備を揃える事は出来ない。
「俺には弓の才能があるんだって。でも弓だけ使えても駄目だって言われて、剣術も教わってる。後、手先も器用だって言っておけって言われてるよ」
「そうなると職業的にはアーチャーや斥候って所か…… なら軽装に弓とちょっと短剣を買っておく方がいいか…… 長剣だと弓の取り回し時に邪魔になるからな」
「俺としてはラベルさんが言う装備でいいです。ガリバーさんも言っていました。アイツが言う事に間違いがないから、指示が出た時は余計な事は考えずに従えって」
隣で聞いていたリオンがウンウンと何度も頷く動作をしていた。
その後、リオンの剣の整備を終わらせた親方が舞い戻り、親方の見立てでダンの装備一式を買いそろえた。
装備のお金を気にしていたダンであったが、俺はダンの頭の上に手を載せた。
「お前の装備はギルドの資金から買う予定だ。これからお前が頑張ってくれたらギルドが潤うんだ。期待してるぞ」
「ありがとう。俺頑張るよ」
これで俺達は三人パーティーとなった。
今後はダンの動きや連携を合わせる為にC級ダンジョンを何度か攻略した後、B級ダンジョンに挑んでみようと思っている。
★ ★ ★
ラベルの知らない所でハンスも既に再び動き始めていた。
それは勿論、SS級ダンジョンの再挑戦だ。
しかしハンスの悪夢はまだ終わってはいなかった。