143話 ラグナロク
俺たちに向かって歩み寄るアックスが放つ殺気はかなりのもので、猛獣が獲物を見つけて近づいて来ている状態といった方が近いかもしれない。
実際、俺とアリス以外の3人はアックスの気迫に押されて、武器を手に取り身構えている。
「大丈夫だ。俺が話をするから、お前たちは絶対に手を出すなよ」
俺は仲間にそう声をかけた後、数歩前に歩くと仲間の前に躍り出る。
アックスは俺の目の前で歩みを止めた。
俺たちはお互い手を伸ばせば届く距離で視線を交し合う。
「おい、さっきから何を見てやがる!? 」
アックスは敵意むき出しで、今にも襲い掛かってきそうだった。
しかし俺はそんな脅しに動じる事なく、冷静にアックスを観察する。
今まで出会ってきた数えきれない冒険者と照らし合わせて、このアックスがどういう男なのかを分析してく。
(まぁ、わざわざ分析しなくても、たぶんアイツと同じ性格をしているんだろうけど……)
俺はアックスに一人の男の姿を重ねていた。
一応、戦闘に入る事も想定して左手には魔石を握ってはいるが、俺の予想が正しければ今回は使わなくても大丈夫だろう。
「アックス! その人達って僕たちを助けてくれる気じゃなかったのかな?」
「レオ! お前は黙っていろ」
もう一人の少年はレオという名前らしい。
レオは戦闘していたにも関わらず、俺たちにちゃんと気付いていた。
「どうせアックスも分かっていたんだろ?」
更には猛獣の様なアックスに怒鳴られても、レオは全く動じている様子がない。
きっとこんなやり取りが日常的に続いているのだろう。
「ふんっ! 馬鹿野郎」
アックスはレオに向けて悪態を付いた後、再び俺の正面に立つ。
そして今度は無言のまま、殺気を含んだ瞳で睨みつけてくる。
一触即発の緊張した空気が周囲を包む。
しばらく無言が続いた後、アックスが口を開く。
「お前は一体何者だよ?」
「マスター、危険です! 気を付けてください」
アックスの気迫に耐えかねたリンドバーグが俺を助けるために動き出した。
「リンドバーグ、俺は大丈夫だ! お前はそこを動くな」
俺はリンドバーグを制止した後、アックスに話しかけた。
「最初はグールに囲まれたお前たちを助けようと思ったんだが、途中で助ける必要がないと分かってな。それで邪魔にならない様に見ていただけだ。お前の仲間もそう言っていただろ?」
「そんな事は言われなくても分かっているんだよ!? 俺が聞きたい事は、俺に睨まれているのに、どうして平然としてられる? 多少は身構えるだろ?」
「襲われないって分かっているのに、警戒しても意味がないだろ?」
アックスは肩に担いでリズムを取っていたのだが、急にリズムを取るテンポが速くなる。
煽ったつもりはなかったが、どうやら癪に障ったようだ。
「どうして襲われないと言い切れる? 俺を相手にここまで余裕をかます奴はお前が初めてだよ。気に入らねぇな…… 馬鹿野郎が」
「お前の立ち振る舞いを見ていたら大体分かるだろ? それにもし攻撃されたとしても、その時はそれなりに対応すればいいだけだしな」
「ほぅ…… どう対応するっていうんだ?」
アックスの一言で、周囲は静まり返り気温が下がった様にも感じる。
その瞬間、俺はリュック側面のポケットに右手を伸ばし蜘蛛の糸を取り出した。
戦闘で使う頻度の高いアイテムは、いつも取り出しやすいポケットに収納している。
そのままアックスに向けて俺は蜘蛛の糸を投げつけた。
「チッ! 糞がぁぁぁ!」
アックスも俺の動きに合わせて、鉄棒を大きく振り上げた。
「お前! アックスに何をする気だよ!」
俺の動きを見て、一瞬遅れてレオが抜刀して斬りかかってくる。
しかし俺の前に立ちふさがったのはリオンだ。
先読みのスキルでレオが動き出す事を察知したリオンが、レオの攻撃を自分の剣で掬い上げ、空中に跳ね上げた。
「ラベルさんには手を出させないよ」
「嘘だろ!? 僕の攻撃が弾かれたの!?」
レオが驚愕した表情を浮かべる。
まさか自分の攻撃が防がれると思っていなかったのだろう。
アリスも動き出そうとしていたが、自分よりリオンの方が早く動いたので今回は任せたようだ。
一方、俺が投げた蜘蛛の糸はアックスの横をすり抜け、そのまま背後に飛んでいく。
そしてアックスのすぐ後ろに迫っていたグールに絡みついた。
アックスが最後に二匹同時に倒したグールの一匹がまだ死んでいなかったのだ。
アックスも持ち上げた鉄棒を後方へと振り回し、グールを完全に破壊する。
「余計なお世話だったかもしれないが、お前たちは攻略組だろ? ダンジョンを攻略するのなら、怪我は少ない方がいいと思ってな」
「ふんっ 本当に余計なお世話だよ。馬鹿野郎!」
アックスもグールに気付いた様だが、俺の方が一瞬速かった。
「お前たちーーーーーっ!! 何をやっているだよぉぉぉ!!」
その時、大声が聞こえた。
声が聞こえた方角に視線を向けると、複数見える通路の出入口の一つで、三人組の冒険者が立っている姿が見える。
その姿には見覚えがあり、一階層でアックスを追いかけていたパーティーメンバー達で間違いない。
「だぁぁぁー 止めてくれよぉぉぉ~ だからダンジョンで問題を起こすなって! いつも言っているだろ!!」
一人の男性冒険者が俺とアックスの間に割って入る。
「すみません。すみません。まだ死んでませんよね?」
心配そうに俺に声を掛けてくる。
「大丈夫だ。今の所は誰も怪我をしていない」
「おっお前!! レオっ!! 何で剣を抜いているんだよ??? それに女性に攻撃って!? この愚弟がぁぁぁ すぐに剣を収めろ!」
「兄ちゃん! これは違うって、アックスが襲われたと思ったからさ…… つい?」
「つい? っじゃねぇぇぇんだよ!! お前とアックスのせいで俺がどれだけの苦労をしていると……」
どうやら仲裁に入った冒険者の男はレオの兄みたいだ。
兄に怒られてから、リオンと睨み合っていたレオもおとなしくなっている。
さっきまで警戒していたリオンもレオに併せて剣を収めていた。
「おい、お前たちはもう先行するな。放っておいた俺が馬鹿だったよ」
レオの兄は頭を抱えた後、俺に近づいてきた。
「俺の名前はアラン・スクール。ラグナロクっていう名前のギルドマスターをしている。そして…… 今回あんた達に迷惑を掛けたのはラグナロクのメンバーだ。本当にすまなかった」
スクールは俺に頭を深く下げてきた。
「俺たちはオラトリオ。俺はギルドマスターのラベル・オーランドだ。こっちには怪我人も出ていないし、このまま手を引いてくれるなら問題にはしない」
「そいつは助かる。今回の借りはまた別の時に返させて貰うよ」
スクールは俺にそう告げると、アックスの腕を掴んだ。
「おい! アックス、レオ。さっさと行くぞ。二度と俺達から離れるなよ」
そのまま引っ張られるアックスが足を止めると俺に話しかけてきた。
「おい、一つ確認したい事がある」
「なんだ?」
「その馬鹿でかいリュック…… お前はポーターか? それとも冒険者なのか?」
「いや冒険者だよ。だけどポーターでもあるけどな。それに何か問題でもあるのか?」
俺はアックスの目を真っすぐに見つめて言い切った。
俺は元ポーターという事を何一つ恥じてはいない。
ポーターの時の経験が今の自分を作り上げている事に誇りすら感じている。
なので、もしアックスがポーターを馬鹿にするような奴なら、次からは容赦しない。
「へっそうかよ。お前たちも攻略組なんだろ? また何処かで会うかもしれないしな。その時に今日の続きをやろうぜ!」
「それじゃ、僕も! 君の名前を教えてもらっていい?」
レオがリオンに話しかけた。
「リオン……」
「リオンね。次あった時に今日の借りは絶対に返すから! 」
「いいよ、私もラベルさんに斬りかかった事を許していないから」
リオンが珍しく怒っていた。
俺の為に怒ってくれているから、注意し辛いが揉め事は起こさないで欲しい。
俺は去っていくアックス達を見つめながら、また何処かで会うだろうと予想をしていた。




