137話 リンドバーグの休日
突然休日となってもリンドバーグの日常は変わらない。
いつもと同じ時間に起きる事から始まる。
着替えを済ませ朝食を食べている間に、普段ならギルドホームに向かう時間を迎えた。
「そう言えば、今日から休暇でしたね。マスターはA級ダンジョンに挑む為に英気を養えと言っていましたが…… さて、どう過ごすか?」
今回の休暇はA級ダンジョンの封印作業が終わるまで続く。
何もせずに過ごしていた場合、身体が鈍ってダンジョンアタックで迷惑を掛ける可能性も考えられる。
「みんなに迷惑を掛ける訳にもいかないので、軽く汗を流した方がいいでしょう」
リンドバーグは訓練用の剣と盾を用意し、家から出ていく。
向かった先は、昔から訓練に使っていた街外れの広場。
何度も通っている場所であり、簡単ではあるが自作の打ち込み台も作っていた。
周囲に人が少なく、この場所なら剣を振り回して誰かに迷惑を掛ける事もない。
リンドバーグは打ち込み台を仮想の魔物と見立て、剣を振っていく。
「ふぅ~、この位か…… 昔に比べ魔物の動きがイメージしやすくなった気がしますね」
全力で剣を振り続けて二時間、汗だくとなっていたリンドバーグがそんな感想と共に訓練を終える。
以前は打ち込み台に向かって、型通りの打ち込みを続けるだけだった。
しかし今は仲間が居る事を想定して、回り込んで打ち込んだり、攻撃の合間にスキルを使ってタイミングを確認したりもしている。
それは連携を前提にした訓練だった。
リンドバーグはオラトリオの中で一番才能が劣っているのは自分だと自覚している。
「私が足を引っ張る訳にもいかないですので……」
リオンやダンより年上であり経験も上という事で、若い二人のお目付け役を任されているが、戦闘力という一点だけで見た場合、確実にリンドバーグは二人に劣っていた。
上司が部下よりも実力が劣っている場合、小さなミスで大げさに怒ったりする事がある。
それは妬みと恐怖から来る防衛本能。
自分より実力がある者に追い越される事が怖くて、無能者が有能な新人を蹴落とす為に足掻いているだけに過ぎない。
リンドバーグも同じ立場だと言えるのだが、今日まで一度も二人の事を妬んだり、大声を上げた事はなかった。
リンドバーグの心が腐らないのには、ちゃんとした理由があったからだ。
「私もいつか、マスターと同じように」
リンドバーグはラベルに対して、ハンスの暴走に巻き込まれ、訳も分からず窮地に追い込まれた自分を救い出してくれた恩義がある。
ギルドに加入した理由はその恩義を返す為だった。
しかしそれが、将来有望な若い二人を目のあたりにしても嫉妬をしない理由にはならない。
その理由とはオールグランドに所属している時に、何度かラベルとダンジョンに潜っていたからだ。
ハンスの口からラベルの名前を聞いた時、すぐにそのラベルがポーターの人だと気付いた。
それには理由があり、オールグランドの新人の殆どがラベルと一度はダンジョンに潜っているからだ。
その頃のラベルは毎日ダンジョンに潜っており、自分が休みの日は所属ギルドの別パーティーに応援のポーターとして参加していた。
オールグランド内ではラベルが有能なポーターとして、名前が通っていたので拒むものは居ない。
リンドバーグが新人だった時、ラベルは今と全く変わらず自分がやるべき事を手を抜かずにやっていた。
それに自分達が間違っている所はちゃんと口に出して教えてくれた。
リンドバーグは新人冒険者であり、相手は冒険者でもないポーターなのはわかっていたが、それとは別にギルドの先輩だ。
ラベルの意見は素直に受け入れ、流石は国一番のオールグランド。
在籍しているポーターの質も高いと感激したのだが、今考えるとそれが間違いだった。
最大手のオールグランドという場所にラベルが身を置いていたせいで、ラベルの高い実力が気付かれなかったという訳だ。
その事に気付いたのは、ラベルのギルドに加入してからである。
「私もマスターを見習って、一歩づつ精進していくしかない」
リンドバーグはただのポーターの時から、ラベルが地道に努力している事を知っている。
自分を助けてくれた恩人であり、自分より低い場所から遥か高みへと這い上がった尊敬できる人物。
リンドバーグはラベルを目指して、日々研鑽に明け暮れる。
その努力は少しずつ実を結び始めていた。
ラベル達とダンジョンに潜り続ける事で、リンドバーグの戦い方から無駄な動きが減って来ていたのだ。
ラベルも口に出して言っていないが、リンドバーグの実力はA級ダンジョンでも十分通用するレベルに達していた。
「リンドバーグ、久しぶりだな。元気だったか?」
その時、リンドバーグに声を掛ける集団が現れた。
「ヒーリス! それにみんなまで!?」
「よう、さっき一人で訓練している所を見つけてな。訓練が終わるまで待っていたんだよ」
「声を掛けてくれてもよかったのに…… 私は元気ですよ。色々と心配をお掛けしました」
「気にするなって、お前は俺達の仲間じゃないか! パーティーから抜けたとは言え、お前の事はずっと気になっていたからな。元気でやっているならそれでいいさ」
ヒーリスと呼ばれた男とその仲間達は、リンドバーグの元パーティーメンバー達である。
ハンスに引き抜かれてからは疎遠となっていたのだが、同じパーティーの時は仲も良かった。
「ハンスの暴走事件の後、お前がギルドから抜けたって聞いてビックリしたんだ」
「バタバタとしてしまって、連絡できませんでした。今は別のギルドに入って、一から出直している最中です」
リンドバーグは仲間に連絡しなかった事をその場で詫びた。
「そうか、それで今日はどうして一人で訓練を?」
「最近A級ダンジョンが見つかったのは知っていますか? そのダンジョンが解禁されるまで休みになったんで、特にやる事もないので訓練をしていました」
「リンドバーグも見つかったA級ダンジョンに挑むのか? 俺達もあのダンジョンに挑むつもりだから、それじゃ、俺達はライバルって訳だな!」
ヒーリスは笑いながら宣戦布告をしてくる。
「そう言う事ですね。私達のパーティーは、実力者が揃っていますので負けませんよ」
「ほぅ~、言うじゃないか」
「嘘ではありませんし、それに今のパーティーで一番実力が低いのは私なので」
リンドバーグがヒーリスのパーティーに居た時の実力は、彼等とほぼ互角だった。
彼等と袂を別れてそれなりの時間も経過しており、お互いが以前よりも成長しているのは間違いない。
「真面目なお前が言うのなら嘘じゃないとは思うが、それはお前の今の実力がどの位かによるからな。俺達も結構強くなったんだぜ」
「そうですね。ヒーリスの言う事も一理あります」
「だろ? おっそうだ。それなら久しぶりに一緒にダンジョンに潜ってみないか?」
「ダンジョンに潜る?」
「そうそう。今C級ダンジョンなら近くに出現しているだろ? C級に一日だけ攻略を挑むんだよ。俺達はただ、今のお前がどの位強くなったか知りたいだけだから」
それは悪い意味では無く、お互いの成長を確かめる提案だった。
(マスターも昔は休みの間もダンジョンに潜っていたと聞いていますし…… 無理をして怪我をしなければ……)
「わかりました。C級ダンジョンなら行ってもいいです。しかし無理はしません。ダンジョンマスターが強敵であるようなら撤退すると言うのが条件です」
「俺達も怪我をしてまで攻略する気はないからな。その条件でいいぜ。それにしても一日でダンジョンマスターを倒せる訳がないだろ? まさかお前が冗談を言うとはな」
ヒーリスはリンドバーグの条件を鼻で笑っていた。
(C級ダンジョンを一日で攻略出来る訳がない? 今のは何かの冗談でしょうか?)
逆にリンドバーグの方も、ヒーリスが冗談を言っているのだと考える。
こうしてリンドバーグは旧友達とC級ダンジョンに挑む事となった。
しかし旧友とのダンジョンアタックで、リンドバーグはヒーリスの言っていた事が嘘ではないと知る。
◇ ◇ ◇
翌朝ヒーリスパーティーに合流して、リンドバークはC級ダンジョンに挑んだ。
(何故、今のタイミングで入ってこないのですか!?)
(待ってください、どうしてそこに居るんですか!? その位置取りでは、お互いの援護が間に合わないじゃないですか???)
リンドバーグが戦況を見極めて作っているチャンスを全て台無しにしていく旧友。
今回限りのダンジョンアタックなので、口には出さないがリンドバーグのストレスは階層を降りる事に溜まっていく。
そして最終的には悟りを開き、無言で全てを受け入れていた。
「おらぁぁぁ!」
そんなリンドバーグの目の前では、格下の魔物相手に旧友たちが大立ち回りを披露していた。
確かに全員がB級冒険者で、C級ダンジョンに現れる魔物に後れを取る事はない。
だが連携も取らずに戦っていれば無駄な動きも多くなり、疲労も溜まりやすく攻略時間も長くなる。
(もしかして…… 昔の私もこんな感じだったのでしょうか?)
「やっぱ、C級ダンジョンなんてこんなもんよ。楽勝!」
(楽勝ならもっと周りを見て下さい! 格下相手にでも足元をすくわれる事はあるんですから)
はしゃぎながらダンジョンを突き進んでいる旧友たちを見つめ、リンドバーグは大きくため息を吐く。
同じB級冒険者だと言っても、自分達とは実力に大きな差があると再認識させられた。
その後もヒーリスパーティーと攻略を続け、八時間が経過する。
その時点の攻略階層は十八階層。
後二階層でダンジョンマスターがいる最下層にたどり着けるのだが、ここで約束通り引き返す事となる。
「リンドバーグ、お前もなかなかやるじゃないか! まさかここまで強くなっているとはびっくりしたぜ」
ヒーリスはリンドバーグの強さに称賛を贈る。
ヒーリス達は最後までリンドバーグと自分達の実力差に気付く事はなかった。
「でも俺達も中々やるだろ? A級ダンジョンではライバルだ! 絶対に負けないぜ」
「ヒーリス! 私からも一言いいか? もしA級ダンジョンに潜るなら、決して無理はしないで欲しい」
「何だよそれ! 当り前の事じゃねーか! それじゃ次に会うのはA級ダンジョンでだ!」
ヒーリス達はそう言いながらリンドバーグと別れた。
リンドバーグはヒーリスには悪いが、A級ダンジョンはまだ荷が重いと感じた。
「もし私がハンス様に引き抜かれていなければ、今のヒーリスと同じ運命だったのでしょうか?」
そんな未来を想像して、リンドバーグの背中に悪寒が走る。
そしてハンスに引き抜かれ、ラベルと出会った事を運命だと感じた。
リンドバーグは残りの休暇も自主訓練に明け暮れ、自身が尊敬するラベルと同じ努力を積重ねる道を歩み始めた。




