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135話 路地裏の妖精

 リオンは地図を頼りにエリーナの家に向かっていた。

 エリーナは双子の兄のハンネルと二人暮らしをしている。

 二人の両親は健在なのだが、首都から遠い田舎の小さな村で農業をしていた。

 華やかな街や冒険者に憧れた双子の兄妹は、両親を説得し冒険者になる為に首都にやって来たという訳だ。


 リオンがエリーナが住んでいる家のドアをノックすると、出迎えてくれたのは兄のハンネルだった。


「えっ!? あわわ、貴方はオラトリオのリオンさん!?」


 突然リオンが尋ねて来たので、ハンネルはかなり驚いていた。


「こんにちは、えっと…… エリーナちゃんはいますか?」


 リオンの曇りがない美しい瞳が、ハンネルの姿を鏡の様に映し出す。


「こっこんんにちわわわ!」


 リオンに見つめられ、ハンネルの心臓は大きく高鳴る。

 ハンネルは緊張している為、舌が上手く回らなかった。


「エッエリーナですか!? います! すぐに呼んできますから!!」


 ハンネルはその場から全速力で部屋の奥へと消えていく。

 普通なら家に招き入れ、客間やリビングで待って貰うのだが、そんな事に気が回る余裕は今のハンネルには無かった。

 なのでリオンは玄関の前で待つ事となる。

 その事をエリーナに指摘されて、ハンネルが激しく落ち込むのはすぐ後の事だった。


 エリーナが部屋の奥から姿を現した。


「リオンちゃん、どうしたの?」


「えっと、急に休みが出来たから、良かったら一緒に買い物に行きたいなって思って、どうかな?」


「それで私を誘いに来てくれたの? 凄く嬉しい。 うん、私も行きたい。それじゃ、すぐに着替えてくるからリビングで待ってて」


「うん」


 エリーナはラフな家着だった為、自分の部屋に着替えに戻っていく。

 その間、リオンは案内されたリビングに設置されていた椅子に座る。


 するとハンネルが紅茶を持ってきてくれた。


「さっきは家に案内しなくて、本当にすみません! そこまで気が回りませんでした」


 ハンネルは見るからに落ち込んでいた。

 気が回らない自分にショックを受けているようだ。


「大丈夫、気にして無いから」


「あの紅茶です。良かったら飲んで下さい」


「ありがとう、いただきます」


 リオンはハンネルが差し出した紅茶に口を付ける。

 紅茶特有の香りが鼻孔をくすぐる。

 家やホームで飲んでいる紅茶より、少し苦味が強いがその後に感じる柔らかい甘みがリオンの好みに合った。


「この紅茶とても美味しい。何処で買ったの?」


「本当ですか!? 良かったです。近くの市場に紅茶の専門店があるんですがいつもその店で買っているんです」


「そうなんだ。じゃあ、私も買って帰ろうかな」


「もし良ければ、僕が買っている茶葉の名前をメモに書いておきましょうか?」


「うん、おねがい」


 リオンはハンネルに向かって笑顔を浮かべた。

 その笑顔に女性に対する耐性の少ないハンネルは心臓をわし掴みにされてしまう。


 実はグリーンウィングの男性陣は二つの派閥に分かれ争っていた。

 それは友好ギルドであるオラトリオの女性陣でどちらが好みかという戦いだ。

 リオンとアリスはタイプは違うが、どちらも絶世の美女である。

 グリーンウィングにはエルフのフランカさんや元気で明るい性格のエリーナがいるのだが、ギルドの雰囲気がアットホーム過ぎて、ギルドメンバー全員が家族の様な感覚となっていた。

 そういう雰囲気である為、ギルド内で恋愛感情を抱くものはいない。

 なので異性としてオラトリオの女性陣に惹かれてしまうのは仕方ない事だった。

 自分達が知らない所で、アリスとリオンはグリーンウィングの男性陣の心を掌握していたのだ。


 そしてハンネルは大人の色気に溢れたアリス派閥に入っているのだが、今日のやり取りでハンネルはリオン派閥にコンバートする事を決意する事となる。


 その後、可愛らしい衣装を着たエリーナと共にリオンは買い物に出かけた。

 ハンネルは玄関で手を振って二人を見送る。

 ハンネルの脳裏には、自分だけに向けられた天使の様なリオンの笑顔が焼き付いて離れない。



 ◇ ◇ ◇



「リオンちゃん、買い物って何を買いたいの?」


「えっと、エリーナちゃんみたいな可愛い服が買いたくて」


 その一言でエリーナのテンションは爆上りをする。

 それはリオンと仲良くなってから、エリーナはずっとリオンにお洒落をする様に勧めていたからだ。

 

 リオンは病弱な母親の治療と家族の生活を守る為に冒険者となって、今日までダンジョンに潜り続けてきた。

 その為、今まで可愛らしい服やアクセサリーに回すお金なんて全くなかった。

 しかしラベルと共にオラトリオを結成してから、リオンはラベルから十分な報酬を受け取っていた。

 そのお金で高価な薬や治療を受け、母親の病気も既に完治している。

 病気が治った母親も働き口を見つけ、今は二馬力で家族を支えていた。

 その結果、リオンの家庭は裕福となり、弟達を学校にも通わす事が出来ている。

 そして今は治療費が必要無い為、貯金をする余裕も生まれていた。

 余裕が出来た事で、リオンもお洒落に挑戦してみようと思い立ったのだった。


「やっとリオンちゃんが、お洒落に目覚めてくれたぁぁぁ! うん、任せて! 今日は私が最高に可愛い服をコーデしてあげるから」


 エリーナは張り切って、自分の行きつけの店にリオンを連れていく。

 この店は若い女性に大人気の洋服店だった。


「いらっしゃいませ」


「すみません! 試着しまくるので、付き添いお願いしまーす」


 エリーナはそう言うと、目についた可愛らしい洋服を手当たり次第に店員へと渡して行く。

 エリーナの勢いにリオンは少々引いていた。


「それじゃ、リオンちゃん、覚悟は良い?」


「へっ? 覚悟? 服を買うだけなのに覚悟がいるの……?」


「当り前じゃない。可愛いは体力勝負なのよ! 試着をいっぱいして、最高の洋服を見つけるのよ」


 物凄い圧に押され、リオンはその後何十着もの試着をさせられた。

 

「リオンちゃん、可愛い!」


「本当です。物凄くお似合いです」


「リオンちゃん、こっちも物凄く似合ってる」


「お客様の為に作られた洋服の様です」


 しかしその間、可愛らしい洋服を着たリオンを見て、エリーナと女性店員の歓喜の声が店内にこだまする事になる。


 その後、リオンはエリーナの行きつけの店で自分が気に入った洋服を三着だけ購入した。

 特に気に入ったのが、大きなリボンがついた白いワンピース。

 リオンにとって、今日はとても楽しい一日だった。


「ふふふ、お買い物って意外と楽しいかも」


 家に帰り、購入した洋服を見つめながらリオンが笑みを浮かべる。

 

「そうだ明日も休みだから、この服を着て街に出てみようかな 」


 リオンは可愛らしい服を着て、街を散歩したい気持ちになる。

 人に自慢したいとか、誰かに見て欲しいとかではない。

 純粋に買った洋服を着て、街を歩いてみたかっただけだ。


 翌朝、リオンはお気に入りの白いワンピースに着替える。


「リオン、その洋服とても似合っているわね」


「お母さん、昨日、お友達と買い物に行って」


「そう、お友達と買い物は楽しかった? リオンも年頃の女の子なんだし、これから色んな出会いもあるわね。今から外に出かけるの?」


「うん、楽しかったよ。可愛い服を買ったから、着て外に出てみようかなって」


「じゃあ、折角だから私が髪を束ねてあげるわ。今でも可愛いけど、ちょっと手を加えたらもっと可愛くなるから」


 母親は自室からリボンを持ってくると、リオンの髪を飾り付ける。


「このリボンはお父さんからプレゼントして貰った物なの。私の年じゃもう似合わないから、リオンにあげるわね」


「お父さんからのプレゼントを? いいの?」


「その方がお父さんもきっと喜ぶわ」


「ありがとう、大切にするから」


 母親の手によって、髪をサイドテールにまとめたリオンは雰囲気が大きく変わり、とても可愛らしく見える。

 可愛らしい髪型に整えられ、リオンの気分はどんどん上がって行く。

 出来あがった髪型を鏡で見てみると、まるで別人になった気がしてくる。

 そしてそのままリオンは散歩をする為に外へと出て行く。

 着飾った姿で外に出るのは初めてで、空気もいつもと違って美味しく感じた。


 ただ純白のワンピースを汚したくなかったので、スキルを使用して人と接触しないように避けながら歩いていく。

 その姿は優雅にステップを踏む妖精の様だった。


 笑みを浮かべながら、リズム良く歩くリオンの姿を目にした人々は、その美しさに心を奪われる。

 勇気を振り絞って話しかけようとする男性もいたが、何故か近づく前に妖精は人込みに紛れて姿を消してしまう。

 その日から数日間、リオンは買った服を着替えながら散歩に出かける様になった。

 

 この下路地裏に銀髪の妖精が現れると噂が立つのは、それから数日後の事である。

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