130話 アドバンス工房
アドバンス工房から届いた手紙には、装備の試作が完成したので店に来てほしいと書かれていた。
「そう言えば、アドバンス工房の事をすっかり忘れてたな」
アドバンス工房とは俺の退職金を横領したハンスが新装備を注文していた工房の名前だ。
ハンスの悪行が明るみになった後は、リオンやダンに合わせて装備を作り直す様にお願いしていた。
その為、時間は掛ると言われていたのだが、やっと新装備が完成したという訳だ。
「今日まで色々ありましたからね。忘れるのも無理はありません」
ハンスからギルドを追放されて、今日まであっという間だった。
ただ新しい仲間や俺達を助けてくれる人々とも出会えた、過ごした時間はとても濃く充実している。
「マスター、今さらですが、本当に申し訳ありませんでした」
「まだ装備の事を気にしているのか? もう気にするなよ。これから俺達はA級ダンジョンにアタックする訳だし、装備の強化は逆にありがたいよ」
リンドバーグは横領の片棒を担いだ事に対して、今も負い目を感じている。
俺から見ればリンドバーグはハンス達に巻き込まれただけの被害者だと言っているのに、責任を強く感じてしまっているという訳だ。
その生真面目な性格がリンドバーグの長所だとも言えるのだが。
(口でいくら言っても聞いてくれないからな…… これはもう少し時間がかかりそうだ)
お互いに信頼する関係を続けていけば、いつの日かリンドバーグも胸を張れる日が来る筈だ。
その日が来るまで、今の良好な関係を続けていきたいと思う。
次にアリスを見つめた。
今回、一番最後に加入したアリスの装備は含まれていなかった。
アリスは俺の視線の意図が理解できていない様で小首をかしげる。
「アリス、すまない。今回、お前の装備は無いんだ」
「ううん、私は今の装備で大丈夫だから! これも結構高い装備だし」
俺の不安を余所に、アリスは笑顔で大丈夫だと言ってくれた。
アリスの言う通り、アリスの装備は一級品である。
この装備でS級ダンジョンにも潜っていたので、当然と言えば当然だろう。
しかしアリスだけ何もなしってのは、仲間外れをしている様な感じで心が痛い。
なので俺はアリスには別のプレゼントを贈る事にした。
(この後、魔水晶の配当も入って来る訳だし。装備一式は無理でもアクセサリー位なら買えるか……)
「なぁ、アリス」
「何?」
「何か欲しいアクセサリーとかはないか? 装備一式は無理でも、アクセサリー位なら買ってやれるぞ」
「嘘!? どうして!? でもギルドはこれからもお金いるでしょ?」
「ギルドの金は使わないから気にしなくていい。俺が貯めている金で買うつもりだからな。アリスだけ何も無いってのも…… 別にいらないって言うのならそれでいいんだが」
オラトリオを作ってから、ダンジョン攻略も順調で実は俺の貯金も結構増えていたりもする。
どうせ使う当てもないなら、アリスにアクセサリーを買ってやるのも悪くない。
「ほっ欲しいっ!!! けど…… 本当に大丈夫なの?」
アリスは優しいので、俺のお財布事情を心配してくれているのだろう。
「あぁ、高いアクセサリーじゃなければ大丈夫だ」
「やったー」
「アリスさん、良かったですね」
「うんっ!」
両手を上げて歓喜するアリスがとても可愛らしい。
アリスの喜ぶ姿を見れて俺自身も嬉しくなる。
「それじゃ、リオン達が戻ってきたら全員でアドバンス工房に行くとしよう」
「わかりました。では私は準備をしておきますね」
「うふふ、どんな装備か楽しみだね」
「どんな装備って言われても、装備なんてタイプさえ指定したら、デザインは余り変わらないだろ? 違うのは素材と機能だけだと思うぞ」
「ラベルさん、駄目だな~ こういうイベントは楽しまなくっちゃ」
「そんなもんか?」
「そうだよ」
「お前の場合は、アクセサリーを選べるから楽しいとかじゃないのか?」
「あっバレた?」
アリスはずっと笑顔を浮かべている。
とても楽しそうにしているアリスを見ていると、俺もつられて楽しい気分になってきた。
こういう気分も悪くない。
しばらくしてリオン達も帰って来たので、俺達は全員でアドバンス工房へと向かう。
◇ ◇ ◇
「すっげー 装備がいっぱいある」
「本当…… だけど全部高そう……」
「アドバンス工房は首都でも一、二を争う人気店です。素材もいい物を使っているので品質の良さはもちろんですが、その分値段が高いです」
「まっ俺には装備の事はわからねーから、ラベルさんに任せるしかないけど!」
「馬鹿野郎。自分の装備を俺任せにしてどうするんだ?」
「だって、いつもラベルさんが選んでくれるじゃん」
「それはお前が初心者だったからだ! これからは自分で自分に合った装備を見つけていかなくてどうする? 今回は試着って話だから、気になる所があったらちゃんと自分の意見を相手に伝えろよ」
「へーい」
リンドバーグが届いた手紙を店員に見せると、俺達は店の奥へと案内された。
店の奥は作業場とつながっており、その横をすり抜ける。
作業場では多くの職人が装備を作っていた。
店員の説明では、あえて工房を開示しているとの事だ。
お客様に見られる事によって、手を抜かない丁寧な仕事になるらしい。
「この部屋でお待ち下さい。今からご注文の品をお持ちしますので、その間に今の装備を外していて貰えると助かります」
「わかりました」
俺達は職員の指示に従って、装備を外して指示されていた棚に置いていく。
「流石に緊張してきましたね」
「お前がそんな事を言うなんて珍しいな」
何故かリンドバーグが一番緊張していた。
「そりゃそうですよ。あのアドバンス工房の装備ですよ。オールグランドに所属したままでしたら、きっと一生装備する事はなかったかもしれません」
「そんな事はないさ。お前の実力ならオールグランドに残っていたとしても、すぐに頭角を現していたよ」
「うん、私もそう思う」
俺の言葉にアリスが同意していた。
俺とアリスの高い評価にリンドバーグの表情も和らいでいた。
「そこまで評価して頂けるとは、嬉しいですが少し恥ずかしいですね」
「俺がA級ダンジョンに挑む気になれたのも、今ここにいるメンバーがいるからだ。もし誰か一人でも欠けていたら、A級ダンジョンはまだ早いと諦めていたと思う」
「マスター……」
「うん」
「それに俺も入ってんの?」
「ダンの馬鹿! 当然じゃない!」
「みんな、これからもよろしく頼むぞ」
俺達は円陣を組んで、全員の手を重ねた。
これはオラトリオを作った時に初期メンバーであるリオンとダンと三人で行った儀式だ。
あれからメンバーも二人増えている。
俺達はS級ダンジョン攻略を目指してもっと強くならなくてはいけない。
そして今のメンバーなら、危険なA級ダンジョンだとしても攻略出来ると俺は確信していた。
その時、閉ざされていた部屋のドアが開き、作業服を着た職人達と、恰幅の良いドワーフの男が入って来た。
その後に俺達を案内した店員が木箱を乗せた荷車を押して入って来る。
木箱には真新しい装備が綺麗に収納されていた。
「待たせたな」
ドワーフの男が俺に声を掛けてきた。
この男性こそ、アドバンス工房の店長であり、首都で一、二を争う凄腕の職人アドバンスである。
俺はリンドバーグに紹介され、注文内容を変更した際に会っていた。
「いえ、大丈夫です」
「そうか、今日は試着をして貰いたい。着心地や可動域の確認をしてくれ。お前達の意見を聞いて、修正をしたい」
「わかりました」
その後、木箱の中から新しい装備が取り出された。




