126話 宝の山
崖上に戻った俺とアリスは仲間の元に向かう。
最初に俺達の存在に気付いた者が大きな声をあげ、レイドメンバー全員が俺達の元に駆け寄ってくる。
「みんな心配を掛けてすまなかった。アリスも俺も怪我ひとつしていないから安心してくれ」
「へっ!? 怪我ひとつなかった…… あの崖から落ちて???」
グリーンウィングのメンバーの目が点となっていた。
茫然としている彼等を見て、俺は失言だった事に気付く。
「言い方が悪かったな。アリスの方は少しだけ怪我をしていたけど、ポーションで治療したから、今はほぼ無傷だから安心してくれ」
「なっなんだぁ~、そういう事ですか!? ビックリしたな~ あの崖から落ちて無傷で済むなんて……」
などと言っているが、半信半疑の表情は崩れていない。
彼らは底が見えないほど深い崖にアリスが落ちたのを見ている。
更にアリスを助ける為に俺自身も崖に飛び込んでいた。
普通で考えたら死んでいるか、運が良くても大怪我だ。
ポーションで治したとは言ったが、グリーンウィングのメンバーで納得した者はいない。
「へへへ。ラベルさんって、すげーだろ? 俺達のマスターなんだぜ!」
そんな時、ダンがグリーンウィングのメンバー達にドヤ顔で自慢を始めた。
グリーンウィングのメンバーは、ただ頷くだけで誰も反論する事が出来ないでいる。
普通に考えて高い崖から落ちて、怪我も無く戻ってくるのはおかしいと言いたげだ。
けれどオラトリオのメンバーを見ても動揺が一切なく、当然と言った感じで普通に対応している。
もしかして自分達が間違っているのだろうか? そんな戸惑いを感じているのが見てとれる。
本音を言えば、どうやって着地したとか、どうやって崖を上ってきたのだとか聞きたい事もあるだろう。
しかし友好ギルドとは言え、まだ面識の少ないギルドマスターに対して問いかける者はいなかった。
「アリスさんなら大丈夫だと思ってたけど、ちょっとだけ心配しちゃった」
「リオンちゃん、迷惑かけちゃったね。今後は気を付けるから」
リオンがアリスの元に駆け寄り、アリスの元気な姿を見て笑みを浮かべる。
「リオンちゃん…… ちょっとだけ心配って…… この崖から落ちたんだよ?」
エリーナが崖の下をのぞき込み、理解できないといった感じで身を震わせていた。
「だって、それはアリスさんだから」
「それはアリスさんだからって…… 一体どんな凄い人なのよ」
エリーナは困惑した表情でアリスの顔を覗き込む。
アリスはエリーナに見つめられ、きょとんとした表情をしていた。
アリスは女性でも見惚れてしまうほど美しい。
エリーナは一瞬、呼吸する事も忘れそうになった。
「こんなに美人な上に強いなんて完璧すぎる」
エリーナの口から、そんな言葉が聞こえた。
その瞬間、エリーナはハッと気づいた表情を浮かべると、別の一点を見つめる。
視線の先には自分が所属するギルドマスターのフランカがいた。
フランカはエルフでとても美しい。
普段から男性冒険者からモテまくっている。
フランカを見つめた後、エリーナは隣で立っているリオンに視線を変えた。
美しい銀髪と整った造形のリオンは彫刻の様に美しい。
「どうして……? どうして私の周りにはこんな綺麗な人ばかりいるのよ!? こんなの納得できなーいっ!! 」
突然、そんな叫びを上げたエリーナに全員が驚いていた。
エリーナの思考は崖から無傷で戻ってきた方法とか、二人の異常さよりも自分の周囲に美人が多いという不条理への嘆きへと変わっていた。
◇ ◇ ◇
アリスを連れて帰った俺は、一番最初にフランカさんの元に向かう。
「仲間が迷惑をおかけしました。本当にすみません」
「いえ、怪我も無くて本当に良かったです」
フランカさんはそれ以上は聞いてこなかった。
流石はギルドマスターである。
俺が崖に飛び込んだのもスキルに関する事だろうと予想し、仲間達にもそれっぽい事を説明して詮索しない様に告げていた。
こういう気の使い方は嫌いじゃない。
俺の中でフランカさんに対する好感度が上がる。
その後の話し合いで、今日は捜索を中断しそのまま休息を取る事が決まった。
休息中の会議で俺は崖下で見つけた魔水晶の事を話して聞かせる。
「えっ!? 崖の下が魔水晶で溢れているのですか?」
「そうです。レイドメンバー全員が運べるだけ採掘しても、絶対に採りきれない程の魔水晶の草原が広がっていました」
「もし本当なら大発見ですよ!!」
「それでどうするかを話し合う必要があります」
「どうするかですか?」
「崖の下には崖の上よりも危険な魔物がいます。危険を承知で崖下に降りるのか? このまま危険の少ない崖の上を捜索するか?」
「私達は捜索組です。狙いの鉱石があると解っているのに挑戦しない理由はありません」
フランカが即答する。
「わかりました。挑戦するにしても幾つかの問題を解決する必要があります。今からその問題点を上げていきますので、一つずつ解決して行きましょう」
「何から何まで、よろしくお願いします」
その後会議を開き、両ギルドの幹部が集まった。
会議でもう一度魔水晶の情報を話し、採掘するにあたっての問題点を提示する。
俺が提示した問題点は、崖下への移動方法や採掘した魔水晶の運搬方法など。
次に重要なのが作業工程が多いと言う事だった。
採掘者、護衛者、運搬者、崖上で魔水晶を受け取り守る者などが必要で、レイドメンバーの十五人では各作業に割ける人数が少なくなる。
一度地上に帰って応援を連れてくる案も出たのだが、このダンジョンは出現して結構な日数が経過している。
攻略組にいつダンジョンマスターを倒されるか予想のつかない時期でもあった。
いろいろ話し合った結果、今いるメンバーで取れるだけとって残りは諦める事が決まる。
次に崖下へ移動する方法と運搬方法は俺が何とかすると告げた。
俺のスキルを使えば容易に解決できるからである。
そしてリンドバーグとリオンは、崖下で魔物から採掘者を守る護衛役。
崖下の魔物は水晶に身を隠し触手を伸ばして襲ってくるので、ダンの弓より剣の方が対処しやすいという理由だ。
(それにリオンの先読みの力は絶対に必要だからな)
残るダンとアリスは崖上で魔水晶の受取り役となった。
「えぇぇぇぇ~ 嘘だろ? 俺、崖の下いけねーの? 見たかったのによぉぉ~」
「ダンくん、僕も崖上でお付き合いしますので、一緒に頑張りましょうよ」
嘆くダンにハンネルがやる気十分と言った感じで声を掛ける。
しかしハンネルはチラチラと同じ班となったアリスに視線を向けていた。
なるほど、どうやらハンネルはアリスに良い所を見せたいようだ。
崖上は遠距離攻撃が出来る者で固めれば大丈夫だろう。
そんなやりとりを見ていた俺にアリスが声を掛けてきた。
「私は何をやればいいの?」
「もし襲ってきた冒険者が遠距離攻撃を掻い潜る場合もあるからな、その時は最後の壁として頼む」
「わかった、崖の上の事は私に任せて! それと二度と落ちたりしないから」
「落ちてきても、また俺が助けてやるからな」
「うん、わかってるよ」
その後、俺は崖下に降りる準備をする為、一人離れた場所でリュックを弄る仕草を取る。
実際はスパイダーのスキルでロープを作っているのだが、スキルの事は秘密にしたい。
レイドメンバーには【蜘蛛の糸】に細工をしてロープとして代用すると伝えている。
俺がアイテムの扱いに長けている事は全員が知っているので、特に疑う者はいなかった。
長いロープを作り上げ、崖の上に杭を打ち込み結びつける。
そして一番最初に俺がロープを使って崖下まで降りて行った。
そして十五分後、魔水晶の欠片を掴んで戻ってきた。
「おおぉぉぉ~!」
実際に魔水晶を持ち帰った事が証拠となり、全員のテンションが上がった。
その後は与えられた役割に分かれ、全員が行動する。
魔水晶を採掘するのは三人、そして採掘者の護衛として三人。
採掘者は採掘に慣れているグリーンウィングのメンバーから選出された。
その中にはリオンの友人であるエリーナが入っている。
護衛としてはリオンとリンドバーグそして、フランカさんが担当する事となった。
崖下に降りれば見渡す限りの魔水晶の草原が広がっている。
なので今回素材を探す者は必要ない。
ただ小さな範囲内に採掘者が固まり作業を行うように指示を出していた。
その理由は作業範囲が狭ければ護衛する者の負担を減らす事が出来るからだ。
それに範囲が狭くても、見渡す限り魔水晶が生成されているのでいくらでも採掘する事ができる。
次に運搬役として五人選ばれている。
ハッキリ言って、この作業が一番大変なのはわかっていた。
なので一番多い人数を配置した。
リュックに詰め込まれた魔水晶をロープを使って崖の上まで運ぶのが役目であり、ハッキリ言って重労働だ。
そして崖の上でアリスが魔水晶を受け取り、保管する。
崖の上なら他の冒険者も来る可能性があるので、襲われる危険もある。
なので戦える者を配置する必要があった。
◇ ◇ ◇
崖下作業のメンバーが順番にロープで崖の下へと降りる。
「うわぁぁぁぁ。こんなの初めて見た」
「うん、凄い綺麗」
エリーナとリオンは目前に広がる魔水晶の草原を目にして、口を開けて固まっていた。
「まさか、こんな事があるなんて…… 」
それはフランカさんも同じだ。
「俺も長い間ダンジョンに潜っていますが、こんな光景初めて見ましたよ。S級ダンジョンでも見れません。まさに宝の山です」
「ラベルさんと出会って、ビックリするような体験ばかりです。なんだか生まれ変わったみたい」
「そうですか? まだまだこれからですよ。これからも俺達はダンジョンに潜り続ける訳ですから、もっと色んな体験が出来る筈です」
「あのラベルさん……」
フランカさんが改まった感じで話してきた。
「はい」
「私…… これからもずっと貴方と一緒にダンジョンに潜りたいと思っています」
フランカさんは俺にそう告げると、恥ずかしそうに魔水晶の方に視線を向けた。
「はい。今後も交流を深めて助け合える関係を築いていきましょう」
「私、アリスさんが機嫌が悪くなる理由がわかりました」
フランカさんの表情が何故か変わった気がする。
「何の話ですか?」
「何でもありません」
「もしかして、怒ってませんか?」
「怒ってませんって! では作業を始めましょう!」
強制的に話を打ち切られ、俺達は作業を始めた。




