125話 救出
アリスの後を追って、崖へと飛び込んだ俺にレイドメンバーの視線が向けられた。
その中には当然、オラトリオの仲間達もいる。
「俺は大丈夫だ! アリスを連れてすぐに戻って来るから、後の事は任せたぞ」
落下しながら目が合ったリンドバーグに声を掛けると、そのまま深い闇の中へと落ちていく。
頭から崖に飛び込むなど、普通に考えたら自殺行為である。
だが俺は落下しながらも空中を移動すると、そのまま垂直にそそり立つ岩肌に足を付けた。
そして重力を無視して垂直の岩肌の上を物凄い速さで走り始める。
さっきまで落下していたので速度が付き過ぎていたが、無理やり足を回転させて速度を落としていく。
そのまま絶壁の上を十数メートル走った後、俺はピタリと立ち止まると崖の上を見上げた。
崖の途中には光水晶が生成されていない為、俺の立ち止まっている場所の周囲は暗闇に変わっていた。
「崖の丁度真ん中って所か…… 崖上から距離もある上に、これだけの闇だ。俺のスキルの事もバレていないだろう」
俺が今使っているスキルは蜥蜴のスキルで、スキル効果は壁や天井を重力を無視して走り回る事が出来る。
ゲッコーのスキルが在れば、今回の様に崖から落ちたとしても崖の途中で立ち止まる事も可能だ。
次に俺は指に付けている魔道具の指輪に意識を向けた。
魔道具であるこの指輪に魔力を流せば、対となる指輪が反応しその指輪がある方角と距離がわかる。
そして今、対となる指輪を付けているのはアリスだった。
俺が指輪を起動させた事で、アリスの居る方角が示される。
「アリス、すぐに助けてやるからな」
俺はリュックの脇に吊るしていたランプを手にした後、そのまま壁の上を走りながらアリスがいる場所に向かう。
しばらく走ると崖下に近づき、崖下の様子が少しづつ見えてきた。
どうやら崖下には光水晶が生成されている様で、少し先で眩い光が絨毯の様に浮かんで見える。
俺がいる場所にも、足元が確認出来る程度の光が届いていた。
「助かったぞ! 光水晶があるなら、ランプはもう必要ないな」
俺はランプをしまった後、崖上から崖下までの深さを推測する。
「崖の高さは約四十メートルと言った所か?」
アリスはS級冒険者だ。
崖から落ちたとは言え、きっと上手い具合に対処している筈である。
けれど大丈夫だとは思っていても、怪我くらいはしているかも知れない。
(とにかく、早くアリスと合流するしかないな)
そんな不安を抱きつつも指輪の誘導に従い、俺はアリスの元に向かう。
次第に崖下へ近づいて行くと、俺は見た事もない神秘的な世界と遭遇した。
「こいつはたまげたな…… 何だよこの魔水晶の量は!?」
崖下には手つかずの魔水晶の森が広がっていた。
魔水晶と光水晶が入り乱れ、煌めく青と白の光が絨毯の様に広がっている。
崖下一面が光水晶と魔水晶でひしめきあっていたのだ。
前回B級ダンジョンを攻略した時も、大量の魔水晶が生成されていたステージとは出会っている。
しかしこの場所は生成されている魔水晶の量は、ハッキリ言ってけた違いだった。
目前に広がる見た事も無い幻想的な世界に、俺は感嘆の声を上げる。
「もしこの魔水晶を全部売ったら幾らになるんだ!? 大金持ち間違いなしだな」
それが正直な感想であり、もしこの場所の魔水晶を全部採取する事が出来れば、一生遊んで暮らしても使いきれない金が手に入るのは確実だった。
「あっ、あれは!?」
だが俺が見つけた物は魔水晶だけではない。
「これは冒険者の装備? 装備だけが転がっている…… アリスと同じように崖から落ちた冒険者の可能性が高いけど…… 身体が何処にも見つからない……」
その瞬間、物凄いデジャヴ感に襲われた。
今と同じ状況を俺は知っている。
その答えはすぐに導きだされた。
「この魔水晶の森の中に、あの厄介な魔物が潜んでいるって訳かよ」
あの厄介な魔物とは、前回攻略したB級ダンジョンで出会った水晶に潜む魔物の事だ。
水晶を隠れ蓑とし、水晶に擬態して死角から近づく冒険者達を襲う。
居るのがわかっていれば大して強くはない。
だが気付く事が出来なければ、死角から触手で動きを封じられる。
「今後は大量の魔水晶がある場所では注意した方がいいな」
レア魔物の事が気になったが、俺は気持ちを切り替えてアリスの元に急ぐ。
魔物にも興味はあるが、今は相手をしている暇はない。
「今はアリスを探さないとな」
俺は魔水晶の森を見下す感じで、壁を走りながら移動している。
魔物の触手の長さ以上の距離を保てば、襲われる事はない。
俺が指輪の誘導で走って行くと、光水晶が粉々に破壊されている場所にたどり着いた。
円形状に地面が大きく抉られている。
その円形範囲内の水晶は全て粉々になっていた。
その中心にアリスが片膝をついてうずくまっている。
「アリス!! 大丈夫か!?」
俺はアリスの姿を確認した後、その場に駆け寄る。
アリスは俺の呼びかけには反応しないが、呼吸のたびに身体は動いているので死んではいない。
(アリス、待っていろよ。俺がすぐに治してやるからな)
「えっ、ラベルさん!?」
俺がアリスの身体をゆすって、初めてアリスは俺の存在に気付く。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん、落ちた時に壁に剣を突き刺して勢いを殺したし、着地の時にスキルを使ったから大丈夫」
「それでこの惨状って訳か……」
「それでちょっと魔力切れを起こしちゃって、動けなかったの」
アリスを中心に地面が抉られている理由はアリスがスキルを使った結果だろう。
アリスのスキルは魔力を凝縮させて光の槍を放つスキルだ。
その貫通力は凄まじく、どんな分厚い装甲だろうが穴を開ける事が出来る。
しかし意外とバリエーションがあるようで、どうやら光の幅の調整が出来る様だ。
基本の直径より幅を大きくするに従って、影響範囲が広くなり攻撃力も高くなる。
しかし消費魔力は比例して大きくなるらしい。
地面が抉られた現状から察するに、最大出力でスキルを使ったんだろう。
「ポーションが必要だと思っていたが、どうやらマジックポーションを飲んだ方が良さそうだな」
俺はリュックからマジックポーションを取り出すと、アリスに手渡した。
「私の事、助けに来てくれたんだね。本当にありがとう」
アリスは嬉しそうにマジックポーションを飲み干すと、俺にお礼を告げる。
「当たり前だろ? それにしても俺の忠告を全く聞かずに、お前は何をやっているんだよ! 駆け出しの冒険者でもないだろ」
アリスの無事が確認できた後、俺はアリスに注意を促す。
「ごめんなさい」
アリスも自分のミスを自覚しているのだろう。
何も弁解する事も無く、素直に謝って来た。
「自覚しているみたいだから、これ以上は何も言わないけど今後は頼むぞ」
「うん、こんな事は二度としないから。反省しています」
座っていたアリスは立ち上がろうと、動き始める。
「歩けそうか?」
「大丈夫だと思う…… 痛っ!」
俺が差し出した手を握り立ち上がったアリスは、少しだけ痛そうな表情を浮かべる。
「足を怪我をしているみたいだな。ポーションも飲んでおいた方がいいな」
「着地の時に足首を少し痛めたかも」
「流石はS級冒険者だな。四十メートルの高さから落ちて、足首を少し痛めた程度で済むなんて」
「私なんてまだまだだよ。お父様やお母様だったら怪我一つしていないと思うし……」
「おいおい、比べる相手が間違っているぞ! あの二人は人間じゃないからな…… そうだスクワードならどうだ? アイツなら絶対に死んでいると思うぞ!!」
「ぷっ、ふふふ。それじゃ、スクワードのおじ様が可哀想だよ」
「アイツは良いんだよ。殺そうとしても死なない奴なんだから」
「あっ、それ少しわかるかも」
「だろ?」
俺とアリスは自然と大声で笑い合っていた。
昨日から雰囲気がおかしかったアリスも、今は普段通りに戻っている。
(昨日から少し様子がおかしかったが、今のアリスならもう大丈夫か?)
「そう言えば、お前どうして機嫌が悪かったんだ?」
今の雰囲気なら話してくれるかもと考えて、俺はストレートに聞いてみる事にした。
「あー、機嫌が悪かったっていうか、二人がイチャイチャしてたから…… って何でもないから!!」
「二人!?」
勢いで話してくれそうだったが、アリスの機嫌がまた悪くなりそうになったので、俺はこの事を忘れる事にした。
「アリス、皆も心配している。そろそろ上に戻ろう」
「そうだね。でも戻るにしてもどうやって戻ったらいい? ラベルさんは壁を歩けるから良いけど私は……」
アリスは腕を組んで考え込む。
「あっそうだ。先にラベルさんが上に上がった後、ロープを下ろしてもらって、それで私が上がるのはどうかな?」
「それも良いかもしれないが、時間が掛かり過ぎるだろ? それにこの場所には水晶に身を隠す、あの魔物が居るみたいだし、アリスを一人にするのは流石に心配だ」
「心配って!? 私の事を心配してくれるの?」
「当たり前じゃないか!? こんな危険な場所にお前一人を置いておける訳がないだろ。だから今回は別の方法で帰ろうと思う」
アリスは頬を赤らめ、心此処にあらずと言った感じだ。
そんなアリスを無視して俺は話を進めた。
「お前は嫌かもしれないけど、今回だけは辛抱してくれよ」
そう言うと俺はアリスの腕に手を伸ばした後、そのまま腕を引っ張り上げアリスを両腕で抱え上げる。
そしてお姫様抱っこの状態でそのまま断崖絶壁の壁を登り始めた。
スキルを使用している間は身体能力も向上しているので、アリスを抱きかかえて歩く位は簡単に出来る。
「えっえぇぇぇ~!!」
アリスは大声を上げる。
「そうだよな…… こんな格好やっぱり嫌だよな。背中におぶった方が良かったか? 一度降りてやり直した……」
「へっ!? ううん、大丈夫だから、このまま登って!!」
「いいのか? それじゃ、遠慮なしで登るぞ」
アリスはそれだけ言うと、俺の胸に顔を埋めた。
耳が真っ赤になっている事から、恥ずかしいと言うこと位はわかる。
(流石に子ども扱いし過ぎたかな。これは後でフォローを入れておかないと駄目だな)
そんな事を考えながら、俺は崖を歩いて登る。
今の状態を崖の上にいるメンバー達に見られたら、絶対にからかわれるだろう。
なので俺はアリスが落ちた場所より、少し離れた場所から上がる事にした。
上の様子がわかる位まで登った後、耳を澄まして上に人が居ない事を確かめる。
そして気付かれない様に崖から上るとアリスを下ろした。
「よし! 到着だ」
「ありがとう。あの私…… 重く…… なかった?」
「ん? 全然余裕だ。鍛えているからな」
「それならいいんだけど……」
「そんな事より、皆に謝っておけよ。絶対に心配している筈だからな」
「うん、うん。わかってる」
俺はアリスと共にみんなの元へと向かう。
他のメンバーはその場で俺達が戻って来るのを待ってくれていた。
俺とアリスの姿を見つけたメンバーは大きな歓声を上げる。




