120話 帰還
採掘作業二日目、俺達は昨日と同じ場所で再び作業を始める。
昨日見つけた魔鉄はまだまだ残っているので、移動する必要もない。
魔鉄を掘り起こした奥に新しい魔鉄が現れる感じだった。
昨日から同じ作業を続けているので、作業に慣れてきたメンバーの動きも少しずつ良くなってきた様に見える。
今日の作業で、持ってきたリュックは全て一杯になるだろう。
そして捜索作業は地上に戻るまでが、一サイクルと呼ばれている。
捜索組はこのサイクルを何度も繰り返して、大量の素材を集めているのだ。
今回は捜索組の基本的な活動内容を理解する事が目的だったので、作業日数に関係なく一連のサイクルを体験出来れば目的を達成したと言っていい。
そして俺にも収穫があった。
それは全員に同じ作業を同じ時間体験させたのだが、やはり得手不得手があり、それぞれの技量を知る事が出来た事だ。
「うしし、どうよ俺の方が量が多いぜ」
「ダン、煩い!! わざわざ言わなくても、わかっているわよ」
初日と同じ構成で採掘作業をしているのだが、ダンが誰よりも上達していた。
経験者のリンドバーグよりも作業速度だけで言えば速いだろう。
それ所か掘り起こすだけなら俺と同様か、もしかすると上回っているかもしれない。
もともと手先が器用だとは思っていが、これ程とは思っていなかった。
流石はあのガリバーさんが才能を認めただけはある。
しかしダンの事だ。
自分が一番だと知った途端、天狗になって調子に乗ってしまう。
そんな未来を危惧した俺は、リオンと一時交代する事にした。
「ダン、ずいぶん慣れてきた感じだな」
「へっへっへ、もうコツをつかんだからね。もしかするとラベルさんより上手くなってたりして」
危ない所だった。
ダンは既に天狗になりかけていた様だ。
「言うじゃないか、それじゃ今から俺と勝負してみるか?」
「へっへっへ、別に良いぜ。だけど絶対に負けねぇから」
「もしも俺が負けたら、後で好きな飯を奢ってやるよ」
「オッケー。俺、肉が食べたいから」
制限時間は三十分とし、一斉に採掘作業を始めた。
「うおぉぉぉ」
ダンはピッケルを振り上げ、目の前の魔鉄を掘り出していく。
物凄い勢いで岩は崩れ、魔鉄が剥がれ落ちた。
「うしし、コツも掴んだし調子が良いぞ。よし次だ」
横から横に移動し、ダンはピッケルを振るい続けていた。
俺はその姿を横目に壁に手を添えながら歩きだす。
「あった。ここだな」
ダンのいる場所から二十メートル程度ずれた場所で立ち止まると、壁に俺はピッケルを叩きつけた。
壁の岩が少しづつ剥がれ、新しい魔鉄が姿を覗かせる。
「悪いなダン、これも経験ってやつだ。一つの事が上手に出来るといって、図に乗ったら痛い目を見る時もあるぞ」
岩を取り除いた後には無数の魔鉄の姿が現れた。
それは新しい魔鉄の鉱脈であり、手つかずの魔鉄が目の前に広がっていた。
一方ダンは昨日から採掘している場所で、やはり魔鉄の数も少なくなってきている。
「卑怯かもしれないが、これも勝負だ。一気に行くぞ」
手つかずの魔鉄が目の前に広がっているので、少ない労力で多くの魔鉄が手に入るだろう。
捜索組の冒険者なら、この場所もすぐに見つけ出せるが、昨日から採掘を始めたダンには絶対に見つけ出す事は出来ない。
手先が器用で、他の者よりも何をやっても上手く出来る事は確かに凄い事だ。
だが手先が器用なだけでは、足元をすくわれると言う事も知っておいて欲しい。
今回の勝負は初めから結果が分かって仕掛けていたので、少々心苦しい所もあるが、これも全てはダンの為。
俺はピッケルを振り上げ、魔鉄を掘り起こしていった。
三十分後、俺は大量の魔鉄を掘り起こしていた。
ダンが掘り起こした量は俺の半分で、勝負は俺の圧勝だ。
「げぇぇぇ~! マジか!?」
自分よりも倍の量を見てダンが大声をあげる。
「勝負は俺の勝ちだな」
「ちくしょー」
「同じ場所で採掘をしていたら、多分お前の方が多くの魔鉄を掘り起こしていただろう。だけどそれだけが全てじゃないんだ。素材を見つける者や集める者、色んな役割を持った人達がいる。一つが上手だと言っても、それだけじゃ駄目だって事を知って欲しい」
「わかったよ。幾ら掘り起こすのが速くても、実際にこれだけの差を見せつけられたら文句も言えねぇぜ」
ダンは納得した様に頷いた。
目的は果たせたので、俺も次の行動へと移る事とする。
「それじゃ、お前達には今から運ぶ者を体験して貰う事にする。四つのリュックを一人ずつ背負って地上に戻るぞ! 言っておくが、勝負に負けたダンは一番重いリュックだからな」
「ひえぇぇぇ、そりゃないよ」
「うふふ。いい気味よ」
嘆くダンを見てリオンが嬉しそうに笑っていた。
しかし帰りの道中、俺以外の全員が地獄を知る事となる。
体格や筋力に合わせて俺がリュックの重さを調整していく、本人にとってギリギリの量を運んでもらうつもりだ。
そしてリュックを背負った途端、全員の顔色が変わった。
「それじゃ、今から戻るぞ。先頭はアリスと俺が務めるからついて来てくれ」
そして俺達は帰路に入る。
「ラベルさん、リュック置いてもいい? 戦い辛いんだけど」
「駄目だ。今回は練習だから最悪の場合はそうするが、捜索組の人達はいつもその状態でダンジョンで戦っているんだからな」
愚痴をこぼしたアリスに俺は事実を告げた。
「嘘でしょ!? ぜぇぜぇ、捜索組の冒険者の方が攻略組より凄いんじゃないの」
アリスは肩で息をしながら戦っている。
「いや戦闘に於いては攻略組の方が圧倒的に強いぞ。コツがあるだけだよ。長年の経験から冒険者は楽をする方法を編み出しているからな」
「私も重くて自分から攻めて行けない」
リオンは襲ってきた蛇の頭をカウンターで頭を切り飛ばした。
普段なら、自分から魔物に向かって行くのだが、今はそれが出来ないでいる。
リオンの動きが一番遅く、移動中でも遅れを取っていた。
今回の事でリオンの弱点が浮き彫りになった訳だ。
更にダンとリンドバーグも同じで、男と言えども普段通りの戦闘が出来ずに苦戦を強いられている。
俺はその様子を頷きながら見守った。
その結果、普段の倍以上の時間をかけて、やっとの想いでダンジョン出入口へとたどり着いた。
体力は限界で、疲労はピークに達している。
全員がその場に腰を下ろしていた。
「ひぃぃ~ 流石に疲れた」
「本当、流石の私も今回は疲れたわ」
「うん、重い物を背負って戦う事があんなに辛いって想像も出来なかった」
ダンとアリスとリオンがそれぞれの感想を口にしている。
何でも初めて経験する事は慣れていない為、普通以上に疲れてしまう。
「そう考えると、いつも重いリュックを背負って戦っているラベルさんって…… 化け物?」
アリスが変人を見る様な視線を向けて来る。
「これを二十年以上続けているんでしょ? 私には絶対に無理」
「俺もポーターには絶対になりたくないなー」
リオンとダンもそれぞれの感想を述べている。
確かにポーターは重い荷物を持つ仕事だが、戦闘になっても基本的には冒険者から守って貰える上に、荷物を背負って走り回ったりする事も余りない。
それにコツや便利な道具を利用する事で、重さを軽減する方法は幾らでも存在したりする。
その事を知らない者はこうやって驚くが、同じ職業の者なら何とも思わないだろう。
俺はどんな職業でも見習う点がある事を知って貰いたかった。
戦えないだとか、何かが出来ないだけで、他人を見下す様な冒険者にはなって欲しくない。
「これが捜索組の活動だ。いい経験になっただろ?」
俺はそう言いながら笑いかけた。
その時、黙っていたリンドバーグが三人に話しかける。
「皆さん、勘違いしないでください。魔鉄の採掘なんて捜索組でも嫌う素材ですよ。その分売値は高いのですが、体力自慢のギルドしか狙わないですよ。女子が魔鉄を運んだなんて聞いた事がありません。多分マスターは私達に捜索組の大変さを知って貰う為に最初に一番辛い素材を選んだのです」
リンドバーグが全てをバラしやがった。
リンドバーグはどうやら全部わかっていた様だ。
この状況になってバラしたという事は俺の意図をわかっていたが、どうやら恨んでいたと言う事だ。
「マジかよ~ それにしてもひでぇぇぇ」
「ラベルさん…… 私、シャルマンの時でもこんな酷いシゴキした事ないよ」
「私、体力自慢じゃないのに」
全員の突き刺さる様な視線が痛い。
「……そうだな。みんな疲れたと思うから、この後、飯にでも行くか? もちろん俺のおごりだ」
俺は機嫌を取る為に、食事を提案する。
「俺、肉がいい」
「私、体重とか気にしないで食べちゃお」
「うん、私もお腹ペコペコ~」
「マスター、今日だけは遠慮なくご馳走になりますよ」
リンドバーグはしてやったりといった様子。
ダンとの勝負に勝ったはずなのに、俺が全員に料理を奢る事となった。
最後に勝ったのは、どうやらリンドバーグだった。
明日は休暇をとり、次はグリーンウィングと共同で捜索を行う事になる。




