116話 決着
ギルバード伯爵の号令を受けて十数名の冒険者が一斉に襲撃を掛ける。
警戒中の冒険者達は油断しており、突然現れた襲撃者への対応が遅れていた。
怒涛の攻撃に押され、冒険者達は短時間で倒されていく。
最終決戦はギルバード伯爵お抱えの傭兵団が主力となって戦っていた
俺達は後方に待機し、ミシェル令嬢を守る役目を与えられている。
前線よりも少し後方から戦いを見つめていた。
ブロッケン陣営には等間隔でランプが設置されているので、明るく照らされ後方からでも戦いを見る事ができる。
「なぁ~、ラベルさん。あんなに大声を上げちゃって、敵に襲っていますよって教えているようなもんじゃねーの?」
怒号を上げるザクス達に指を指しながら、ダンが不思議そうに質問してくる。
「ダンの言う事も確かに正しい。だけど俺はずっとザクス達と連絡を取り合っていたから、彼等の気持ちも解るからなぁ」
「あのおっさん達の気持ち?」
「ギルバード伯爵様は身内であるブロッケンに騙され突然襲撃を受けた後、戦いたい気持ちを抑え、ずっと逃げ続けていたんだよ。今日まで森やダンジョンなどで野宿をしながらな!! その屈辱に耐え続けた悔しい気持ちがこの戦いで爆発したんだろう」
「でも、大声を上げて敵に逃げられたらどうするんだ?」
「その可能性も考えている筈だ。だから予め敵を逃がさない様に周囲を包囲してから戦闘を始めているしな。ブロッケンが酒に酔いつぶれている事や、残党の数がこちらより少ないといった俺が持ち帰った情報を当然ザクスも把握している。きっと全部わかった上でやっている筈だ」
「なるほど、おっさんを怒らせると怖えぇぇって事だな!」
「ダン、いい覚悟しているじゃねーか!! 俺もそのおっさんに入るんだからな! 次のダンジョン攻略の時は覚悟しろよ。お前だけ厳しくして行くからな」
俺は不敵な笑みを浮かべた!
「じょっ冗談だよ。本気じゃないって!!」
ダンは焦った様に言い訳を並べる。
「まぁ最初に見張りの四人が倒された時点で戦力差は更に広がるからな。この状況で酔いつぶれているブロッケンが包囲網を突き破って逃げ出す事は難しいだろう。もしも問題が起きそうなら俺達がフォローしてやればいいし」
「そういう事なら任せてくれ! 俺が逃げ出している奴がいないかよく見ておくよ」
俺とダンは再び戦場へと視線を戻す。
ザクス達は既に陣地内に侵入している。
テントの中で休んでいた冒険者も外の騒ぎに気付き、武器を片手に飛び出してきたが、出た所を待ち伏せされ、そのまま包囲されていた。
勝てないと悟りその場で降参した者は拘束され、歯向かった者だけが倒されている。
ブロッケンが残した護衛の数は十名だけだ。
残りの全戦力はダンジョンに投入している。
ギルバード伯爵がダンジョンの中に隠れているという情報を信じて、踊らされた為なので自業自得だろう。
自分が費用をかけて手に入れた情報は間違っていないと、信じてしまう人間の心理を利用した俺の作戦が上手くいった訳だ。
その後も戦闘は続き、護衛の殆どが投降してしまう。
最後はブロッケンだけだ。
ザクスがテントの中を捜索する様に指示を出す。
小さなテントから調べられ、残るは一番大きなテントのみとなる。
テントの周囲を傭兵団が取り囲んだ。
「この中に必ずブロッケンがいる。奴を捕まえれば俺達の勝利だ!」
ザクスが高らかに叫ぶ。
その瞬間、テントの出入り口から人影が現れる。
ザクス達は身構えたが、動く事無く目を大きく見開いていた。
その理由は一目瞭然で、ブロッケンの巨体を肩に担いだアリスがテントから出て来たからだ。
ブロッケンは完全に酒に酔いつぶれており、いびきをかき気持ちよさそうに眠っている。
きっと夢の中では勝利の美酒を味わっているのだろう。
「酔いつぶれているから、朝まで起きないんじゃないかな?」
そう言いながら、アリスは近くにいたザクスの前にブロッケンを放り投げた。
細身のアリスが軽々と大柄のブロッケンを放り投げた事が信じられないといった感じで、全員が目を丸くする。
「流石はアリスねーちゃんだな。今考えたら、あの筋肉おっさんの娘だもんな。納得だぜ!!」
ダンが懲りずに馬鹿な事を口にしていた。
こいつは恐怖を感じたりしないのだろうか?
全員がポカンとしている時に発したダンの言葉はやけに響いていたので、絶対にアリスにも聞こえている。
その証拠にアリスの眉間にしわが寄ったのを俺は見逃さなかった。
(ギルドホームに帰るまで、ダンの命が残っていればいいが……)
俺は心の中でダンの冥福を祈る。
ブロッケンは地面に放り投げられても眠り続けていた。
このまま処罰をする訳にもいかないので、ロープで拘束して起きるのを待つ事となる。
その間、ギルバード伯爵達も朝までこの陣地で休息をとる事が決まった。
◇ ◇ ◇
ブロッケンは眠り続け、朝を迎える。
食事を作り戦いの疲れを料理を食べて癒す。
ギルバード伯爵もミシェル令嬢と笑顔で食事を楽しんでいた。
そして食事が終わった頃、ようやくブロッケンが目を覚ます。
「……朝か? ……ん? どういう事だ身体が動かないぞ!?」
ブロッケンは自分が拘束されている事を知り、混乱している様子だった。
「おい、どうなっているんだ? 誰か説明しろ!!」
ブロッケンが拘束されている場所の側には、ブロッケンと同じように護衛の冒険者も拘束され固められていた。
そして拘束された冒険者達を囲むように、傭兵団の団員が取り囲んでいる。
「大将、あんたは負けたんだよ。後は命が残る事を祈るんだな」
拘束された冒険者の一人がブロッケンに向かって話し出す。
「どういう事だ? 俺が負けただと? 一体、誰に負けたんだ?」
「ギルバード伯爵に決まっているだろ! 昨日の夜に襲撃を受けてこの様だ」
「そんな馬鹿な事があるか!? アイツは今頃ソドムに捕らえられている筈だろ!!」
「知らねーよ。結果がこれなんだからな。ソドムが帰ってこないって事は、ダンジョンでやられたんだろ?」
「馬鹿な事を言うな!! こっちの方が倍以上の戦力で向かわせたんだぞ! やられる訳がないだろーーー!」
ブロッケンは絶叫し、現状を受け入れられないでいた。
「ブロッケン、お前の負けだ! 観念しろ」
「兄貴…… どうしてここに…… ソドムの奴は何をやっていたんだよ」
ブロッケンが目覚めた事を知ったギルバード伯爵が近づいてきた。
ギルバード伯爵の隣にはミシェル令嬢が付き添い、反対側には傭兵団の団長のザクスが立つ。
「お前が信じなくてもこれが事実であり、結果だ。いくら血のつながった兄弟だと言っても反逆者を助ける程、私も甘くはないぞ」
「俺は負けたのか……」
「お前の罪の償いは、王にこの事件の詳細を連絡した後行う。領主を殺そうとしたんだ。命があるとは思うなよ」
ブロッケンにギルバード伯爵から死刑宣告が告げられた。
「ぐぅぅぅぅぅ!! 何故こうなったんだぁぁぁぁ」
ブロッケンはその場で転げ回り暴れていたが、すぐに冒険者に取り押さえられてしまう。
「ブロッケンの味方したお前達! 雇われていたとはいえ、それなりに覚悟を持って協力したのだろう。憲兵に引き渡し後、それ相応の罰を受けるがいい」
拘束された冒険者達も無言で項垂れる。
こうしてギルバード伯爵領の反逆事件は、伯爵の勝利で幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
任務を終えた俺達は、ギルバード伯爵様が用意してくれた馬車を使って首都に先に帰る事となった。
事後処理を終えた後、今回の報酬を頂けるとの事だ。
ギルバード伯爵が用意してくれたのは、座席が三列もある豪華な馬車だった。
座り心地も良く、一列に三人が座れるので一度に全員が乗れそうだ。
一番前の列の窓際に俺が座ると、その隣にアリスが座わり、反対側の窓際にリオンが座る。
二列目にリンドバーグとブルースターの二人が座った。
ダンはアリスに絞られたようで、罰として御者の隣で帰る道中の周辺警戒をする羽目になっている。
涙目になったダンを見て、アリスを怒らせたら不味いと心に刻む。
馬車の中、俺達は今回の事件で体験した色々な事を話し合った。
事件を通して大きく育ったダンや課題を見つけたリンドバーグ。
今回の事件を経験して更に強くなるだろう。
話は変わるが、馬車の中でブルースターのレクサスがリオンに何度も話しかけていた。
レクサスはリオンの真後ろに座っているので、リオンも鬱陶しそうにしている。
「もぅ、少しは静かにしてよ」
リオンがレクサスに文句を言っている。
「だってさ。リオンちゃんが困っているって聞いたから、俺達は応援に駆け付けたんだぜ。それに報酬はリオンちゃんと話をする事って約束だし」
「えっ本当なの?」
リオンが確認を取る為に俺の方に視線を向けて来る。
レクサスは息をするように上手に嘘を吐く男だった。
(なるほどな、これだけ回る口が在るから情報屋としてやっていけるって訳だ)
俺は感心していたが、俺の仲間に嘘を付いた事を許す訳には行かない。
そこで少々懲らしめる事にする。
「あぁ、レクサスの言う事は全部本当だ。だからリオンが馬車の中だけ、話し相手になってくれたら報酬は要らないって事になっているんだ。頼んだぞ」
俺は大声でリオンに告げた。
「そうなの、じゃあわかった。何でも聞いて」
リオンは俺が言った事を信じて、真っ直ぐにレクサスの目を見て話しかける。
「うっ……」
レクサスはリオンに見つめられて固まっていた。
今更嘘だとは言えず額には大量の冷や汗を浮かべている。
そして次の瞬間、隣に座るプルートが本気でレクサスの後頭部を殴りつけた。
「グヘッ!!」
レクサスは唸り声あげた後、頭を抱えてうずくまる。
「リオン、すまない。全部この馬鹿の嘘だ。こいつの嘘にラベル氏が乗っかっただけだ。このまま無報酬にされてしまったら、ブルースターが潰れてしまう」
プルートがリオンに真実を告げた。
「えっ噓だったんだ。ほんと最低!」
リオンはレクサスを睨みつけた後、そっぽを向く。
「リオンちゃん、本当にごめんなさい!!」
その後リオンがレクサスに話しかける事は無く、首都に到着するまでレクサスは借りてきた猫の様に大人しくなっていた。




