115話 魔法具
立ち止まる事無くダンジョン内を全速力で走り続け、地上へ戻ってみると周囲には暗闇が広がっていた。
頭上の空には月が浮かんでおり、夜と言えどもある程度の視界が確保されているので移動する程度は問題なさそうだ。
周囲を見渡して待ち伏せしている者がいない事を確認した後、俺は左手の中指に着けている魔法具の指輪に魔力を送った。
「移動していないのなら話は簡単なんだがな……」
すると指輪はほんのり温かくなりはじめた。
そして指輪の中心から魔力の針が現れて一方を示す。
この魔力の針は装着している者しか識別できない。
俺が魔力を流した指輪は、アリスの祖父であるシャルマン氏が作った魔法具で、俺とアリスに一つずつプレゼントしてくれた物だ。
ギルドホームに帰って指輪の効果を検証した所、俺とアリスの指輪は互いの位置がわかるという効果を持っていた。
どんなに離れていようが、この指輪を持っていれば、必ずもう一つの指輪を持っている者の元にたどり着く。
戦闘では余り役に立たない魔法具だが、要人の警護などに利用でき、使える場所は多そうだ。
「こっちか…… やはり少し移動しているな。まずはアリスと連絡を取る事が最優先だ」
俺は指輪が示す方角を頼りに、暗闇に身を潜めて目立たない様に森の中を進む。
俺が地上に戻り、指輪の魔法具を使用した事をアリスもきっと気づいている。
何故なら、どちらかが指輪を使用すれば、その効果は両方に作用する仕様となっているからだ。
そして距離は指輪の熱量で教えてくれる。
二人の距離が近ければ近いほど指輪は温かくなり、五メートル以内の距離で三十度位だった。
「指輪の温度が結構上がって来てるな。近いぞ!」
指輪の指示に従って俺が森の中を十五分位移動すると、少し先の木々の隙間からランプの光が見え始める。
更に近づいてみると、ポケット状の平地があり、大小様々なテントが見えた。
小さなテントが四方にあり、中心部には大きなテントが設置されいるようだ。
大きなテントは骨組もしっかりしており、十人以上が軽く入れる位に大きい。
そして指輪は大きなテントを示しており、アリスもあのテントの中に居る筈である。
俺は冒険者に気付かれない距離で立ち止まると、茂みに身を隠してアリスがテントから出てくるのを待つ事にした。
アリスも指輪を付けているので、俺が近くにいる事は既に気付いているだろう。
しばらく待っていると、俺の予想通りテントからアリスが出てくる。
テント入口付近に立っていた冒険者と少し話した後、そのまま森の中に入り、真っ直ぐ俺の方に向かって来た。
近づいて来るアリスは何故か笑顔だ。
「ラベルさんなら大丈夫だと思っていたけど、怪我とかしてない?」
「俺の方は大丈夫だ。予想以上に上手く行き過ぎて、少々怖いくらいだ。怪我一つしていないから安心してくれ。それにしてもアリスも簡単に抜け出して来たみたいだけど、大丈夫なのか?」
「実はテントの中でブロッケンにお酌の相手をさせられていたのよ。下心丸出しで気持ち悪くて仕方なかったわ」
「おいおい、変な事はされなかったか?」
「うん、手は出されていないから大丈夫。そのお蔭で護衛の冒険者も私がブロッケンと深い仲だと勝手に勘違いしくれて、動きやすくはなったけど。今はトイレに行くって言って来たの」
「任務の事を考えてくれるのはありがたいが、身の危険を感じた時はすぐに逃げ出してくれよ」
「ラベルさん、ありがとう。でも何かされていたら、私自身の手であの男をボロボロにしていると思うから大丈夫」
そりゃそうだと俺も素直に納得してしまう。
「正直に言うと、余りに無防備過ぎて、お酌の際に捕まえる事も出来そうなんだけど、やっぱり駄目だよね?」
「それは最終手段だな。いくらアリスがS級冒険者だと言っても、一人だけだと不測の事態に対応できない。最初の作戦通り、人員を揃えて一気に攻める方が確実だろう」
「わかった! 私も戦う準備はしておくから。もし変更がある場合は、今と同じ距離で三十分以上待機して」
「了解した。所で気になったんだが、少し気が抜けすぎているんじゃないか? テントを出てこっちに来る間、笑っていたぞ」
「えっ? うそっ、私、笑ってたの?」
「かなり笑っていたな」
アリスは顔を手で押さえて、その場でうずくまっていた。
アリスは一体、何を恥ずかしがっているのだろう。
「それにしてもシャルマン氏から頂いたこの魔法具、使い方によっては物凄く便利だよな。指輪を持っている者同士の方角と距離がわかる…… ほら合図を送らなくても近づけば、こちらからアクションを起こさなくても、相手に伝わって来てくれるしな」
「うふふ、おじい様にお礼を言いに行かないといけないね」
「今思えば、俺の方の指輪をリンドバーグに渡しておいた方が良かったかもな。そうすれば、リンドバーグが伯爵様と合流した後、ここまで案内する事も出来ただろうし…… 俺もそこまで頭が回らなかったよ」
「指輪を渡す!? そっ、そんなの絶対に駄目だからっ!」
アリスは身を乗り出して俺が嵌めている指輪を自分の手で覆い隠した。
「何が駄目なんだよ? この指輪の有用性はお前もわかっているだろ?」
「それはそうだけど…… 察してくれてもいいじゃない、馬鹿……」
アリスは振り返り背中を見せると、俺には聞こえない小さな声で文句を言っていた。
「でもまぁ、当初の作戦通りに敵の主力戦力も分散出来たし、今頃はリンドバーグ達も伯爵様と合流しているだろう」
「それじゃ私はもう一度テントに戻ってから、調子良さげに酒を飲んでいるブロッケンをもっと酔わせておけばいいかな?」
「あぁ、それで頼む! 俺も近くにいる筈の伯爵様を探して、出来るだけ早くこの場所まで連れ戻ってくる。それまでブロッケンを油断させてくれたら助かる」
「うん、任せて」
俺はアリスと別れると、ブラックドックの魔石を口に放り込み、周囲に漂う臭いを頼りに、ギルバード伯爵の場所を探した。
幸いな事に伯爵は少し離れた場所を集団で進んでいたので、すぐに見つける事ができた。
進行している方向から察すれば、ダンジョンの入口に向かっていたのだろう。
ダンジョンの入口付近の森で俺達と合流する予定となっていたので、作戦通りの行動だった。
俺は伯爵様の部隊の近くに素早く近づくと、進路上の数十メートル手前で立ち止まる。
そしてリュックから、光鉱石の欠片を取り出すと、決められた文字を合図として送った。
暗闇のキャンパスに光の文字が映し出されると、相手側からも別の文字が浮かび上がる。
その文字を確認した後、俺は部隊へと近づいて行く。
「ラベルさん!」
そう言って飛びついて来たのはリオンである。
俺の胸に飛び込み抱き着いている。
「その様子だと、そっちも大丈夫のようだな」
「うん。リンドバーグさんが頑張ってくれたから」
「そうか! 任せるならリンドバーグしか居ないと思っていた」
「マスター、お怪我はありませんか? 聞くだけ野暮でしたね」
俺の姿を見たリンドバーグは、俺が答えを出す前に失言だと言った感じに息を吐く。
一方、リンドバーグの方は装備は傷だらけになっており、手足にはポーションで治療した怪我の跡が無数に浮かび上がっていた。
「その姿、苦労を掛けたみたいだな。でも、よくやってくれた」
「ありがとうございます。ですが今回の事で私も実感しました。私はもっと強くならないといけません」
リンドバーグからは強い決意が感じられた。
「ラベルさん、おつかれ!」
「ダン、お前もよくやってくれたな」
ダンが手を上げて来たので、俺もその手に合わせてハイタッチを行う。
「えへへへ。今回、結構頑張ったんだぜ」
「後でゆっくり話を聞かせてくれよな」
今回の任務で一番成長したのはダンだろう。
恥ずかしそうに指で鼻の頭をかき、普段と変わらない軽口を叩いているが、ダンの言葉からは任務を無事に達成した自信が満ち溢れていた。
メンバーの無事を確認した後、俺はリオン達に案内されギルバード伯爵と面会を果たす。
「今回は色々と世話になっているね。娘も無事に送り届けてくれてありがとう」
「勿体ないお言葉ありがとうございます、ですがまだ終わった訳ではありません」
「そうだね。私は今から身内であるブロッケンとの決着を付けに行く」
「ブロッケンの陣地までは私がご案内いたします。現在、私の仲間がブロッケン陣営に残っています。護衛の数は十名、現在ブロッケンは酒を飲んでいるらしく、更に護衛の冒険者達も油断しています」
「どうやら作戦が上手くいっている様だね。ブロッケンは私達がダンジョンの中に隠れていると勘違いしている。今が好機だ! もう少しだけ手伝ってくれないか?」
「最後までお付き合いします」
俺は深々と頭を下げた。
「それじゃ、準備をして一気に終わらせよう」
「はい!」
手短に準備を整えた後、俺の先導でギルバード伯爵達はブロッケンの陣営を目指した。
戦力は既にこちらの方が多くなっているので、下手を打たない限り負ける事は無いだろう。
そしてブロッケンの陣営の傍に到着した後、全員で陣地の周囲を取り囲み、戦いの号令が下されるのを待つ。
俺が陣営の様子を確認してみると、警戒している冒険者以外は全員仮眠を取っている感じだ。
周囲からは動物の鳴き声しか聞こえない。
少し前から指輪を起動させているので、アリスも俺が伯爵連れて戻って来ている事は分かっているだろう。
俺の合図を確認した伯爵が身を隠していた木陰から立ち上がった。
そして自身の剣を抜き取り、ブロッケン陣営の中心部に向けて剣を向ける。
「逆賊ブロッケンを捕らえろ! 全員かかれぇぇぇー!」
「「うぉぉぉぉっ!」」
伯爵の号令を受けて、傭兵団隊長のザクスを筆頭に冒険者達が雄たけびを上げ突撃を始めた。




