114話 再会
リオンが戦っている襲撃者の背後に別の人影が近づいてきた。
もし新手の敵の場合、再び戦力が補充されたった一人で戦い続けているリオンの負担が増えてしまう。
だからこそ絶対に合流させる訳にはいかないとダンは考える。
矢をつがえた後、弓を限界まで引き最大火力を出せる態勢を取った。
これでいつでも矢を放つことが出来る。
その状態で矢を放つタイミングを窺っていたのだが、ダンには一つ気になる事があった。
それはリオンが目の前の敵だけを想定して動いている事だ。
リオンは数秒先の未来が見える強力なスキルを持っている。
そのスキルのおかげで、パーティーでダンジョンに潜った時、どんな乱戦状態だったとしても、新しく出現した敵に誰よりも早く気付き、真っ先に対応して動いている。
そんなリオンが近づいてくる人影に気づいていない。
ダンはその事実に違和感を覚えたのだ。
しかし今のダンにその理由を悠長に考えている時間はなかった。
(とにかく、姿を見せた瞬間を狙うしかない!)
相手の姿が見えなければ、敵の装備や武器もわからない。
もし全身を鎧で守られている敵の身体に矢を放っても効果はないだろう。
そんな場合は、絶対に反応する顔や可動部分である関節を狙うのがセオリーである。
ダンは集中して敵の姿が見えるのを息を殺して待っていた。
そして人影から姿が見えたタイミングで、反射的に反応を開始する。
一瞬で敵の装備を映像として頭にインプットし、狙うべきポイントに標準を合わせた。
そして矢を放つ為に矢を掴んでいた指に指示を送る。
この一連の処理をダンは瞬きするのと変らない一瞬の間に行っていた。
そして一番最後の工程として指を放そうとした瞬間、ダンは指に力を込めて動きを止める。
(えっ、あの人って!?)
姿を現したのはブルースターのレクサスだった。
レクサスは目を輝かせ、何故か笑顔を浮かべている。
「リオンちゃん、発見!! もしかして俺を待っていてくれたのかな?」
「待ってない! 邪魔だからどいて! 一緒に斬っても知らないよ」
「えっ援軍だと!?」
レクサスの軽口にリオンが辛辣な言葉で返す。
襲撃者は突如援軍が背後から現れた事に驚き、混乱した事によって動きが一瞬止まる。
「片方は任せていい?」
「姫の仰せのままに!」
混乱していた襲撃者の一人をリオンが軽々と切り伏せる。
最後の一人も、リオンとシンクロする様にレクサスの攻撃によって倒されていた。
「ヒューッ! やるじゃん」
ダンはレクサスの動きを見て、感嘆の声を上げる。
だがそれ以上にビックリした事があった。
「まだ正門側から追手は来ていない様だ。ここは早く逃げた方がいい」
いつの間にかレクサスの隣にはプルートが立っていたのだ。
そう言えば人影は確かに複数あった気がする。
しかしプルートの存在をダンは全く気付けていなかった。
どうやらプルートは気配を消していた様だ。
「あはは、俺も強くなったと思ってたけど。まだまだって訳か」
ダンはこの二人が味方だという事に安堵を覚えていた。
襲撃者を殲滅した事により、退路は確保できた事になる。
後は今も戦っているリンドバーグに加勢して、全員無事で逃げ切るだけだ。
◇ ◇ ◇
リンドバーグは限界を迎えようとしていた。
実力は敵の方が圧倒的に上である。
今は防御に徹しているからこそ、ギリギリの所で持ち堪える事が出来ていた。
「もう十分でしょう? 貴方は頑張りました。ですがそろそろ終わりにしてくれませんか?」
シャウトはあきれた感じでリンドバーグに話しかけた。
「私も正直に言えば、貴方のような強い人と戦いたくはありません。しかし依頼人の為、そして共に戦っている仲間の為にもここは引けません」
「ならば仕方ありませんね。それではこちらも全力で仕留めさせて頂きます」
そう言いながらシャウトは両手を左右に広げた。
片手に五本ずつナイフが持たれており、その手を手放すとナイフがそれぞれが意思を持っているかの様に空中に浮かぶ。
十本のナイフがシャウトの周囲で不気味にフワフワと浮遊していた。
そしてシャウトがリンドバーグに向かって指をさしたと同時に、ナイフが物凄い速度でリンドバーグに向かって襲い掛かる。
それも真っすぐではなく、それぞれが違う軌道を描いていた。
「軌道が不規則過ぎる!!」
リンドバーグは避けられない事を悟り、ダメージが出来るだけ少なくなる様に、盾の後ろに身を隠す。
するとナイフはリンドバーグの横をすり抜けた。
リンドバーグはホッして息を吐いた。
しかし通り過ぎたナイフがリンドバーグの背後で急旋回して再び襲い掛かってきたのだ。
リンドバーグは驚き、大きく目を開いた。
「ダッシュ!!」
そしてナイフがリンドバーグに突き刺さろうとした瞬間、スキルを使ってその場から緊急離脱を図る。
ギリギリの所でナイフを避けたのは良いが、スキル使用後の硬直でリンドバーグは動きを止めた。
その間もナイフは再び急旋回を行い、再度リンドバーグに襲い掛かる。
「これはもう受けるしかない!!」
目の前に襲い掛かるナイフの群れはリンドバーグに接近している。
必死に盾を動かしてナイフを防ごうとしているが、どんなに急いだとしても間に合わない。
タイミング的に間に合わないと悟ったリンドバーグは、痛みで気を失わない様に歯を食いしばる。
しかしリンドバーグが痛みを感じる事はなかった。
リンドバーグの前には襲撃者を退けたリオンとレクサスが立っており、ナイフを全て叩き落していた。
「リンドバーグさん、大丈夫?」
傷だらけのリンドバーグを見つめ、リオンが心配そうに声をかけてきた。
「大きな怪我はありません。助かりました。ありがとうございます」
「後は任せて!」
「いえ、リオンさんにこれ以上の負担を掛ける訳にはいきません。微力でありますが、私も一緒に戦います」
三人が横並びになり、正面のシャウトを睨みつけた。
流石のシャウトと言えども三対一では分が悪い。
「どうやら、今回は私の負けのようですね。リンドバーグと言いましたね。貴方がもっと早く倒れてくれていたなら、こんな結果にはならなかったのに……」
「何度も死を覚悟しました」
「よく言う。我々の邪魔をした報いは必ず受けて貰いますよ。ですが今回はこれまでにしておきます。また何処かで会いましょう。その時は最初から全力で行かせて貰いますよ」
「私としては二度と貴方とは会いたくないです」
シャウトは深々とお辞儀をした後、後方に大きくジャンプするとそのまま闇の中に姿を消した。
「戦闘は終わりましたね。応援が集まる前に私たちも急いで目的の場所に向かいましょう」
「皆様、ありがとうございます。あなた方の働きはしっかりとこの目に焼き付けています。全ての事がおわりましたら、きっちりと報酬を出させて頂きますわ」
ミシェル令嬢はメアリーと共に近づくと頭を下げた。
「目的の場所までは俺たちが案内するぜ。リオンちゃん、俺の後ろをついてきてくれよ」
レクサスはリオンにウィンクをしてアピールしているが、リオンは興味なさそにしている。
「正門にいた冒険者が追ってくるかもしれない。急ごう」
ずっと周囲を警戒していたプルートがリンドバーグ達を急かす。
その後は全員で森の中に入り、ギルバード伯爵が隠れている目的の場所を目指した。
◇ ◇ ◇
「お父様!!」
「ミシェル!!」
隠れ場所にたどり着き、お互いの無事を確認した二人は走り出していた。
その様子をダンは一歩引いた所から見つめている。
ダンの横を通り過ぎるミシェル令嬢の目には涙があふれていた。
ここまで気丈に振舞っていた少女が初めて見せる涙に、ダンはミシェル令嬢の心の強さを実感する。
二人は抱き合い、お互いの体温を感じながら声を張り上げ涙を流す。
「ミシェル、本当に無事でよかった。怪我はないかい?」
「私は大丈夫。【オラトリオ】の人達が、私を守ってこの場所まで導いてくれたから」
「そうか。君たち本当によくやってくれた」
ギルバード伯爵は一カ所に集まっていた【オラトリオ】に視線を向けた。
伯爵の視線を受けてリンドバーグは深々と頭を下げる。
「いえ、私達も伯爵様のお役に立てて何よりです」
そのままリンドバーグが代表して伯爵に話しかけた。
「伯爵様、それで今後はどういった動きを? 当初の作戦では、この後は伯爵様がブロッケンと決着をつける事になっていますが、作戦にお変わりはありませんか?」
「あぁ、このまま手薄となっているブロッケン達を襲い、この反乱に決着をつける」
「それではミシェル令嬢は引き続き私達がお守り致します」
「あぁ、よろしく頼む」
「ミシェル。もう少しで全てが終わる。ここで待っていてくれるか?」
「お父様、一人で待つのはもう嫌です。なので私も一緒に付いていきます」
ミシェル令嬢は首を左右に振り、力強く反論する。
「それは危険すぎる。森の中で隠れている方が安全だ」
「お父様、私にはメアリーや【オラトリオ】という仲間がいます。私の身は彼等が守ってくれます。だからお願いです。私はもう二度と一人で残されたくはないです」
悲痛な表情を浮かべながら、ミシェルは伯爵に訴えかける。
二人は無言で見つめ合い、沈黙が流れていたが、根負けした様にギルバード伯爵が息を吐いた。
「はぁ~、強情な所まで母親に似なくてよかったのに…… しかし私もミシェルがこんなに強くなっているとは驚いたよ。メアリー、そして【オラトリオ】の諸君、もう少しだけ力を貸してくれないか?」
「お任せを」
リンドバーグが声を発し、全員がギルバード伯爵に頭を垂れる。
その後、準備を整えたギルバート伯爵達はブロッケンに決着を付ける為、移動を始めた。




