110話 10階層の戦い その2
送り込んだ魔物の数は十分であり、ソドムの部隊は大混乱に陥っていた。
流し目に見ても多数の負傷者が出始めている。
「このまま、もう少し混乱させた方がいいな」
高所から見下ろし、部隊の位置を頭に叩き込んだ俺は次なる一手を加える為に、地上に降りるとゴブリンのスキルを発動させた。
ナイフを抜き、右手で持つ。
そして周囲を見渡し、近くにいたビッグフロッグに近づいて行く。
ビッグフロッグも近づく俺に警戒を始める。
そして一定の距離まで近づいた時、舌を伸ばして攻撃を仕掛けて来た。
しかし俺は伸びた舌を空いている方の手で掴むと、そのまま舌を引っ張り、ビッグフロッグを冒険者がいる場所へと放り投げた。
「うおりゃぁぁぁ!」
ゴブリンのスキルを使用すると腕力が大幅に強化される。
その力は予想以上で、大人の人間を軽々と片手で持ち上げられる程だ。
なので体長一メートル位の蛙を放り投げ飛ばす程度は造作も無い。
俺は頭の中に叩き込んだ部隊の配置を思い出し、苦戦している場所に捕まえたビッグフロッグを強制的に投入させた。
俺が魔物を投げ込んだ部隊は突然空から魔物が降って来た事に驚き、更に混乱していく。
その後も俺は、休む事なく手当たり次第にビッグフロッグを敵の冒険者が戦っている場所へと投げ飛ばした。
「うわぁぁぁ~!」
「どうして空から魔物が降って来るんだよ!?」
「誰かこっちに早く来てくれぇぇぇ!」
霧で視界が遮られよく見えないので正確な事は言えないが、周囲からは悲鳴や怒号が響き渡っている。
それなりに効果は出ているのだろう。
俺は適度に岩柱を駆け上がり、高所からリアルタイムで変化していく戦況を何度も確認する。
そして最も効果が高い戦場へとビッグフロッグを投入し、戦場をコントロールしていく。
「最初は足止めだけをするつもりだったんだが、予想以上に部隊が崩れているな。もしかすると、このまま一気に攻め落とした方が早いか?」
そう考えた俺は、再び高所に上ると周囲を見渡していく。
すると少し離れた場所に隠れていた仲間の斥候を見つけた。
俺は斥候に対して鏡と魔石を利用し、光を使って合図を送る。
俺の合図に斥候が気付いたので、俺は直ぐに高所から降りると、そのまま斥候の下へと近づいた。
「現在、順調に作戦を遂行している」
「あぁ、まさかここまで崩れるなんてな…… アンタはこの状況を予想していたのか?」
斥候の男は俺に対して、畏怖を含んだ視線を送る。
「俺もここまで崩れるとは思っていなかったさ。ハッキリ言って予想以上の結果だ! それでだ、今回の結果を踏まえて、今後の作戦を変更しようと思うんだが?」
「作戦を変更!? それは……?」
「現在、敵の部隊はかなりの被害が出ている。それに主力は無傷のままだが、かなり疲労しているだろう。だからこのままソドムの部隊を俺達が全員拘束して、無力化する」
「モンスターに襲わせるだけじゃなく、今度は俺達も攻めるって訳だな…… わかった。ギルバード伯爵様から、アンタの指示は守る様に言われている。俺達はアンタに従うよ」
「十階層にいる仲間の人数は全員で七人だったよな?」
「あぁ、作戦通りに魔物を突入させた後は、全員が同じ場所で隠れている」
「それじゃ隠れているメンバーに伝えてくれ! 俺が火炎瓶で合図を送るから、その火が立ち上がった場所に向けて全員が突入する様にと」
「わかった。十階層に集められた者はそれなりに戦える者ばかりだ。こっちだって、ずっと逃げ回っていて鬱憤が溜まっているんだ。俺達の本当の力をあいつらに教えてやるぜ」
「それでここに戻って来るまでの時間は?」
「仲間を連れてくるのに、余裕を見て十五分といった所だ」
「それなら十五分後、俺が合図を送る」
「了解した」
俺は斥候と別れた後、俺は少しでもソドム達の戦力を削ぐ為、残っている魔物を全て投げ飛ばした。
そして全ての魔物が倒された時、三十人いたソドムの部隊で無傷の者達は十名位まで減っていた。
戦闘が終了した時から、さっきまでの激しい怒号や戦闘音は何処からも聞こえなくなっており、聞こえてくるのは疲れ果て、息も絶え絶えな状態で激しく息を吸う声だけだ。
俺は姿を隠したまま彼等の疲れ果てた姿を見ていた。
そしてその時、俺の体内時計が十五分経過した事を告げる。
(よし十五分経ったぞ)
俺はリュックから火炎瓶を取り出すと、ソドム達の傍にあった円錐の岩に火炎瓶を投げつけた。
「なんだ、この火は!? 誰が使った?」
目の前で突然火柱が立ち上がり、休憩の為に腰を下ろして座っていたソドムの部隊の動ける者全員が立ち上がった。
「チッ! ゆっくり考えてみれば、これだけの魔物が一斉に襲ってくるなんて普通ならあり得ない、不自然過ぎる。という事は、今回の魔物の襲撃は伯爵が関係している可能性が高い! お前達、伯爵の手の者が襲ってくるかもしれないぞ! 全員気合を入れろ!」
現在の状況からソドムは正確な答えを導き出していた。
しかし絶対的不利な状況だというのに、ソドムの表情には何故か余裕がある。
俺にはどうしてそこまで余裕な表情が出来るのかよく解らなかった。
勝手な予想だが、ギルバード伯爵の戦力が十人前後だと事前情報を流していたので、まだ自分達の方が有利だと思っているのだろうか?
しかもソドムは霧のせいで、自分達の残っている戦力をちゃんと把握していない。
もしも正確な情報を知っていればきっと違う反応を見せていただろう。
俺はソドムに【お前の部隊で戦える者は十人しか残って居ないぞ】と教えてやりたくなった。
「残念だが、お前達はもう追い込まれているんだよ!」
俺はそう口にした後、スパイダーのスキルに切り替えると、ソドム達から距離を取り再び霧に身を隠した。
そしてその後、作戦通りに突撃を始めた仲間の動きに合わせて、俺も行動を開始する。
俺はスパイダーのスキルを使い、死角から援護に入る。
何故裏方に徹するかと言うと、今回の戦いはギルバード伯爵とブロッケンの戦いである。
部外者の俺が矢面に立つのは違うと感じていた。
「なっ!! 腕が!?」
剣を振り下ろそうとしていた敵冒険者の手が空中で止まる。
別の場所では、押しまくっていた敵冒険者が急に何かに足を取られ、その場に倒れ込んだ。
それらは全て俺が死角から糸を使って邪魔をした結果である。
俺が強制的に作ったチャンスのおかげで、仲間の冒険者達は優位に戦いを進めていた。
火柱が立ち上がった時、危険を察して離脱しなかった時点でソドム達の負けは決まっていたのだ。
ソドムの周囲では次々と仲間達が倒されていく。
この部隊の中ではソドムが一番の実力がある為、仲間の冒険者はソドム一人に対して、二人の冒険者で相手をしていた。
そして戦闘が始まって十数分後には、敵の冒険者は全て倒され、ソドム一人となっていた。
その頃になると薬の効果が切れ、少しづつ霧が晴れていく。
霧が晴れソドムが目にしたのは全員がその場に倒れている絶望的な光景だ。
「おい…… 嘘だろ…… 全員が倒されているのか……?」
現在、ソドムの周囲には仲間の冒険者が取り囲んだ状態で、逃げ出す事は出来ない。
完全に決着はついていた。
歯ぎしりをしながら、睨みつけるソドムの目が更に見開いた。
それは負傷し倒れている者をスキルの糸で拘束しながら、ポーションを振りかけ治療している俺の姿を見つけたからだ。
「きぃぃさぁぁまぁぁーーー! 糞ぉぉぉぉっ! やはりお前が裏で手を引いていたんだな!」
ソドムが俺に向かって大声で叫ぶ。
俺は敵冒険者の治療を終えた後、ソドムの方に近づいた。
「俺は元々、ギルバード伯爵様に雇われた人間だぜ。その人間を仲間に引き入れようとするお前の主の方が悪いんだよ。一応お前は俺の事を信用していなかった様だが、やり方がぬるい」
「ぐぅぅぅ」
正論過ぎて、ソドムは何も言い返せない。
「おいっ! それじゃ、今ブロッケン様は?」
「作戦通りにいけば、お目当ての伯爵様とご対面している頃だろうな」
「この裏切り者がぁぁぁっ!」
「実の兄を裏切り、多くの者に手をかけ、幼い子供を殺す為に襲撃を掛けさせたのはブロッケンだぜ。それに比べたらこの位どうって事は無いだろ? お前達はもう終わりだよ」
いくら捨て台詞を吐いたとしても、俺達の優位がここからひっくり返される事もなく、ついにソドムは負けを認め頭を垂れた。
「俺の負けだ……」
もはやこれまでとソドムは観念した様子で、剣を地面に投げ捨てる。
その後ソドムは俺達に拘束された。
ソドムとその仲間達はこの戦いが終わるまでの間、この場で隔離される事となるだろう。
ここに居る仲間の冒険者が魔物から彼等を守りながら、監視するとの事だ。
これでブロッケンの主要戦力は壊滅させた。
作戦通りならば、今は屋敷を抜け出したミシェル様もギルバード伯爵と合流している頃だろう。
俺は、地上にいるアリス達に合流する為、【ブラックドッグ】のスキルを使用し戻る為に走り出した。




