109話 10階層の戦い その1
今回の戦いにおいて、俺達とブロッケン達には大きな違いがあった。
俺達は戦いに勝つ為に作戦を考え、その準備を整えてから行動を起こしているという事だ。
それに引き換え、ブロッケンは雲隠れしているギルバード伯爵を探す事に力を注いでいた為、特別な準備は何もできていなかった。
よってブロッケンは保有している冒険者の数が伯爵側よりも多いだけである。
準備を行っていないというよりかは、準備を行う事ができなかったと言った方が正確かもしれない。
まずはギルバード伯爵の行方を探し出し、どんな状況か把握しなければ対策の練りようもないので仕方がないのだが、人手を割いて単純に探すだけでなく、俺がやった様に別のアプローチから同時に探していれば、俺達が準備を整える前に戦いに持ち込む事も出来ただろう。
現状の違いはとても大きな要因であり、戦いの行方に深く関与する事となる。
◇ ◇ ◇
今、ソドムはC級ダンジョンの十階層を進んでいた。
各階層を隅々まで捜索しながらなので、普通に攻略するよりも時間が掛かっている。
捜索中に現れる魔物も数の力で余裕に対処できるので、不安要素は無い様に思われた。
そしてこの十階層から湿地エリアとなっていた。
この階層で出現する魔物はビッグフロッグと呼ばれる全長一メートル近くある蛙の魔物だ。
長く伸びる舌を伸ばして攻撃してくるほか、口の中で生産される唾液には酸が含まれており、その唾液を敵にぶつけて行動不能にしたりする。
また口には普通の蛙には存在しない牙が生えており、舌で捕まえた獲物を口まで引き寄せ、その鋭い牙で食べてしまう恐ろしい魔物だ。
俺はこの十階層に到着した時からリュックから幾つかの薬を取り出し、誰にも気づかれない様に準備を始めた。
ソドム達は俺が誘導しなくても、ギルバード伯爵を探す為に階層内をくまなく歩いている。
なので目的のポイントには自分達から勝手に飛び込んでくれるだろう。
誘導しなくていい上に準備をする時間も十分あるので、俺としてはやり易くて仕方がない。
そして数十分後、目的のポイントにソドム達が入っていく。
その場所は水深三十センチメートル位の広く浅い沼地だ。
地面から円錐形の岩が不規則に何本も天井へと延びていた。
無数に伸びている岩が視界と動きを阻害しているので、戦うには不向きな場所である。
その場所に全員が踏み込んだのを確認した後、俺は両手に持っていた二つの小瓶に入った薬を混ぜ合わせて地面に置いた。
すると小瓶から大量の霧が発生しはじめる。
俺は霧に自分の姿を隠した後、【ブラックドック】のスキルを使用し、霧に紛れたまま等間隔に薬を設置していく。
俺が発生させた霧は勢いよく周囲に広まり、そのままソドム達を包み込んだ。
視界がどんどんと失われていく中、俺は準備していた薬を全て設置する事に成功する。
俺が作業を終えた頃には、作り出した霧で完全にこの一帯を包み込んでいた。
霧のせいでハッキリと見える視界は二メートル程度となっている。
「おい、急に霧が発生したみたいだぞ。視界が悪いから全員気を付けろよ」
先頭を進むソドムが後続に対して注意喚起を行う。
霧に紛れて俺が薬を設置した事は誰にも気づかれていない。
俺は次にゲッコーのスキルを起動させて、そのまま円錐の岩を駆け上がる。
高所から見下ろすと、ソドム達の現状が手に取る様に確認できた。
俺が全員の配置を頭に叩き込んでいると、遠くから大きな音が近づいてくる。
俺が視線をむけると一人の冒険者が無数のビッグフロッグを引き連れて、ソドムの部隊になだれ込んで行く姿が見えた。
魔物の数は十匹前後で狂ったように先頭の冒険者を追いかけている。
「魔物が突っ込んできたぞー!」
魔物を引き連れてきた冒険者は大声でそう叫ぶと、そのまま冒険者の隙間を通り抜けて消えた。
「魔物が襲って来ただと!? 各自各個撃破せよ!」
ソドムは、声を張り上げ命令を出す。
冒険者達も慣れた感じで、急に襲われたというのに混乱したりせずに、武器を手に取り各自の判断で戦闘を始めた。
しかし霧のせいで視界は悪く、周囲には岩が乱立している為、思う様に動けず戦い辛そうにしている。
けれど実力差はハッキリしており、時間はかかっているが確実に魔物を殲滅していた。
だが最初に現れた十匹の魔物の半数を倒した時、岩の柱の隙間から新しく十匹の魔物が乱入してきたのだ。
霧のせいで全く存在に気付かず、魔物の近くにいた冒険者が焦ったように助けを求めた。
「おい、また魔物が現れたぞ! 誰かこっちに来てくれ」
「おう! すぐにそっちに向かう、待っていろ!」
手すきの冒険者が、応援に向かおうとした瞬間、更に別の方向から十匹のビッグフロッグが現れる。
応援に向かおうとしていた冒険者は魔物の対応に追われて応援に行けなくなってしまう。
その間に劣勢だった冒険者は魔物の攻撃を捌ききれずに負傷していた。
「どうなっていやがるんだ? 幾ら倒しても魔物の数が減らねぇじゃねーかよ」
霧で周囲が見えない為、現状の確認も出来ず、さらに魔物の数が分からない冒険者達が少しづつ混乱し始める。
その間に更に十匹の魔物が投入された。
魔物を集めてこの場所まで引っ張って来ているのは、もちろんギルバード伯爵の護衛の冒険者達である。
護衛の中でもランクが高く強い冒険者を選別し、この階層で魔物を集めて貰っていた。
魔物を簡単に集めれる様に、俺は繁殖期の時にリオンに渡した魔物を引付ける臭い袋を彼等に渡していた。
その臭い袋のおかげで、彼らはダンジョン内を走り回るだけで魔物を集める事が出来る。
次々と投入される魔物のせいで戦場は大混乱となり、生き残る為にソドム達は必死に溢れ続ける魔物との戦いを続けていた。
その状況を高い場所から見下ろしている俺に気付く冒険者は誰もいなかった。
「よし混乱しているな、予想以上に上手く行ったぞ! 大体の場所は覚えたし、それじゃ俺も今から自由にさせて貰うぜ」
その間にも、新たに別の方向から大量の魔物を引き連れた冒険者が、ソドム達の部隊になだれ込んで行く。
霧で視界が悪い為、ソドム達は知らない冒険者が急に突っ込んで来ても、敵か味方か認識出来ないでいた。
その間にギルバード伯爵の護衛は霧に紛れて戦場から離脱していく。
全てが作戦通りである。
ソドム達が十階層にたどり着いた時点で、入口付近で隠れていた斥候が隠れていた仲間に、ソドム達が到着したという情報を伝えていた。
後は俺が発生させた霧が合図となり、各自が集めた魔物を引き連れて部隊に突入した訳だ。
ソドム達の位置取りや損害状況などを頭に叩き込んだ俺は次なる一手を加える為に、地上に降りるとゴブリンのスキルを発動させた。




