108話 ダンジョンへ
「それで俺達はどうすればいい? ダンジョンに行けばいいのか? それともブロッケン様の護衛として、ここに残った方がいいのか?」
この後、応援という立ち位置で参加している俺達がどう動けるのか?
その予想がつかなかったので、早めに確認を取っておく。
俺がソドムに視線を向けると、ソドムはブロッケンの元に近づき、二人は小声で何かを相談し始めた。
リュックを背負ったポーターの姿で参加している俺に向けて、二人はチラチラと視線を向ける。
「アンタだけダンジョンに突入する部隊の方に参加してくれ。残りの剣士はブロッケン様の護衛を頼む」
ソドムは二人しかいない俺達にさらに分かれろと指示を出してきた。
「どうして私達が分かれるって判断になるのよ? パーティーからは私達の二人しか参加していないのよ! その二人を分けてしまったら、戦闘になっても連係が取れないじゃない!」
アリスも二人しかいない俺達が離されるとは想像していなかったようで、強い口調で不満を口にしていた。
「アンタの言いたい事はわかるが、それ程心配しなくて大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ?」
「なんせ戦力は伯爵側よりも俺達の方が圧倒的に高い。ダンジョンで伯爵の護衛共と戦闘になったとしても、たぶん戦わないで事は済む筈だ。それよりも何故二人しか居ないアンタ達を分けられるのか? 説明しなくても理由はわかるだろ?」
ソドムは憤慨するアリスに向けて堂々と言ってのけた。
「まさか私達が守りが手薄になった所で、ブロッケン様を襲うとでも言いたいの?」
アリスはソドムを睨みつける。
「流石にそこまでは言わない。ブロッケン様は大丈夫だと言っているが、俺はまだお前達を完全には信用していないって訳だ。二人を分けるのは、その保険だと思ってくれ」
ソドムは用心深い男であった。
隊長の自分がブロッケンの元を離れるので、人質として俺とアリスの内どちらについてこいと言っている訳だ。
ブロッケンは単純で欲深い馬鹿野郎だと言うのに、その腹心のソドムは意外と用心深い。
二人は案外バランスが取れているかも知れない。
しかし安易に人質を取るという浅はかな選択を選ぶとは、ソドムの器もそれほど大きくはなさそうだ。
本当に切れる者の場合だと、実際には人質を取らずに間接的に脅迫する状況を作り出して、相手を支配する方法を選ぶだろう。
この件から判断して、ソドムが相手ならどうにかなると俺は判断する。
そして俺はアリスの耳元でささやいた。
「アリス、俺の事は心配するな。俺は当初の作戦通り、ダンジョンの中でソドム達の足止めを行う。だからアリスもブロッケンを目的の場所に誘導してくれ」
「ラベルさん…… うん。わかった! 本当に気を付けてね」
アリスは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。
「心配するな。ダンジョンの中には伯爵様の護衛達もいるんだ。作戦通りにやれればきっと上手く行く筈だ」
「ラベルさんがそれ程いうなら…… ブロッケンの方は私に任せて! 絶対に伯爵様の前に引きずり出してやるから」
「頼んだぞアリス! 俺達の動き方で今後の流れも変わる。絶対に作戦を成功させるぞ」
俺がアリスの肩に手を載せると、アリスは自分の手を俺の手の上に載せて頷いた。
「アリスも納得してくれたから、俺の方はいつでもいいぞ。だけど約束通り楽させてくれよな!」
「言われなくても、お前の手を借りるつもりは無い。すぐに出発するから、アンタは黙って最後尾からついて来い」
俺は隊列を組んでダンジョンに入って行く列の最後尾に並び、流れに乗ってダンジョンへと入って行った。
◇ ◇ ◇
最後尾から俺がじっくりとソドムが選んだ三十人の冒険者を観察すると、全員がそれなりの実力を持っている事がわかった。
このメンバーなら、万が一にもC級ダンジョンで死ぬことは無いだろう。
しかしソドム達の目的はダンジョン攻略では無く、ダンジョンの中に隠れている伯爵を探し出し、伯爵の息の根を止める事だ。
ダンジョンに出現する本能で動く魔物が相手では無く、今回の相手は同じ人間であり、置かれた状況によってその動きは無限に変化する。
なので相手が自分達より戦力の多い俺達の存在を知れば、すぐに逃げ出すだろう。
一度逃げられてしまえば、いくらダンジョンの中だと言っても、見つけ出すのは至難の業である。
次に実際にこのダンジョンを攻略している冒険者の数はかなり少なかった。
首都の周辺に出現するC級ダンジョンと比べると、総数は三割もいない。
けれどこの場所が人気が無い訳では無く、地方に出現するダンジョンは何処もこんな感じだ。
出現する頻度の少ない地方メインに活動する冒険者なんて聞いた事が無い。
地方のダンジョンを狙う冒険者の多くは、首都での競争に敗れた者達だ。
なのでダンジョンに入っている冒険者の実力もそれ程高くはなかった。
ソドム達はダンジョン内を進みながら、進行の途中で見かけた冒険者に声をかけて行く。
「このダンジョンで問題が発生した様だ。危険だから一度ダンジョンから出ていてくれないか?」
「危険って…… 何かあったのか?」
いきなり話しかけられて、ダンジョンに潜っていた冒険者達もソドム達を怪しがっていた。
「どうやら、C級ダンジョンなのに、ダンジョンの下層でB級ダンジョンに出る魔物が出現したみたいなんだ。その魔物が上層まで上がって来る可能性もある。俺達はこの地を治めるブロッケン様の命により、その魔物の討伐にきている。俺達が魔物を倒すまでの間、地上に出ていてくれないか?」
「そう言って、あんた達でダンジョンを攻略するつもりじゃないだろうな?」
「俺達のパーティーを見てみろ! C級ダンジョンを攻略するのが目的なら、ハッキリ言って過剰戦力だ。分け前が減ると分かっているのに無用な戦力を連れてくる訳がないだろ?」
「わかったよ。そこまで言うなら今回は信じるよ」
三人組の冒険者も納得したようで、攻略を中断して地上へと向かって行く。
その後もソドム達は各階層で冒険者の捜索を継続しながら、野良冒険者を見つける度に、一度外に出る様に声を掛けていく。
元々、攻略している冒険者の数が少なかった事もあり、俺が小細工をやらなくても、ダンジョンの中は、静かになっていった。
そしてあっと言う間に、他の冒険者の姿は何処にも見えなくなってしまう。
「魔物が弱すぎて全然相手にならねーぜ」
蛇の魔物の首を斬り飛ばした冒険者が豪快に笑う。
その笑い声に釣られ、他の冒険者達も彼に合わせて大声で笑った。
「お前達、気がゆるみ過ぎて、隠れている伯爵を見逃したりするなよ? 絶対にこのダンジョンの何処かに隠れているんだからな」
「了解」
ソドムの叱咤を受けて、冒険者達が気の抜けた返事を返す。
B級冒険者と同等の実力を持つ彼らにとって、このダンジョンに現れる魔物は雑魚だった。
真剣になるまでも無く簡単に倒せてしまう。
今は五階層なのだが、苦戦する事無くここまで来ているので、半数に近い者達は一度も魔物を倒していない。
やる事の無い彼等は面白くなさそうに、大きな口を開きあくびをしている。
そのまま、最後尾にいた俺に声をかけて来た。
「なぁ~ あんたのその装備ってポーターの装備だよな? あんた、もしかしてポーターだったのかよ?
」
「そうだ。俺はポーターだ! 何か問題でもあるのか?」
「ぎゃははははー 問題は無い! ただソドムさんの話によれば、かなりの実力者って聞いていたからな」
俺に話しかけて来た冒険者は、ニヤニヤと小馬鹿にした様子で口角を吊り上げていた。
「それで一体どんな奴が来るのかと思っていたんだけど、まさか魔物と戦えないポーターが来るとは思わなかったぜ」
「ポーターで悪かったな」
周囲にいた他の冒険者も参加し、三人の冒険者が俺の周囲を囲う。
「それにアンタがギルドマスターなんだろ? よくポーターが作ったギルドに入る冒険者を見つけたもんだ。俺なら絶対に入らないぜ」
「本当に運が良かっただけだ。それに俺の仲間は優秀でな! 今の仲間が居てくれるおかげで、いつも俺は楽をさせて貰っている」
「楽させて貰っているとか、それじゃあ、寄生虫じゃねーか!」
俺の周りにいた冒険者が腹を抱えて笑い出した。
多く笑いに晒されていても、俺が動じる事はない。
それ所か、誰にも気付かれない様に鼻で笑っていた。
何故俺が笑ったかと言うと、この後彼等に訪れる悲劇を想像してだ。




