107話 出陣
ブロッケンが組織する部隊の隊長であるソドムが俺達の部屋にやってきた。
ソドムは俺に近づき、ブロッケンの命令を伝える。
命令は二つあり、一つ目はギルバート伯爵の隠れ場所を見つけたので、すぐに部隊を組織し捕らえに行く、その部隊の一員として【オラトリオ】から二人、参加せよとの事。
てっきり俺達はミシェル令嬢の身柄を抑えておく役目を言われると思っていたので、これは予想外だった。
二つ目は伯爵を捕らえる迄の間、ミシェル令嬢を屋敷に監禁し、絶対に逃がさない様にする事。
場合によってはミシェル令嬢を人質にとり、脅しに使うつもりなのだろう。
「了解した。伯爵を捕らえる部隊には、俺と剣士のアリスが合流させてもらう」
俺は即答し、その答えにソドムも納得した様子で頷いた。
ブロッケンが二人だけ同行する様に指示した意図は、俺達を完全には信用していないからだろう。
人質として俺や仲間を連れて行けば、屋敷に残された者達も裏切らないとでも考えているのか?
「残りの者はミシェル令嬢の傍に配置しておく。それで良いか?」
「それで構わない。俺は今からブロッケン様と作戦会議を始める。作戦が決まり次第、連絡を入れるからいつでも動ける様に準備しておいてくれ」
「わかった。俺達も金を貰った分は働かせて貰う!」
ソドムは要件だけ伝えると、俺達の部屋から出て行く。
俺の方もすぐに仲間を呼び寄せて、最後の作戦会議を始めた。
【オラトリオ】のメンバー五人に、ミシェル令嬢とメイドのメアリーを加えた七名が円陣を組む。
「ブロッケンが動き出したぞ。作戦はわかっているよな?」
俺の言葉に全員が頷いた。
「もう一度おさらいをしておきましょう。まずは相手の要望で二名を派遣する事になりました。私達の作戦ではこちらからお願いして編成部隊に参加させて貰う予定だったので、これはラッキーです。相手に疑われる事も無く、同行する事が出来ました」
リンドバーグが話を進めてくれた。
「部隊に参加するのが、ラベルさんと私って訳ね。そして私達の役目は敵のかく乱」
「そうです。ブロッケン達が向かうのはC級ダンジョンの筈です。そこでマスター達は敵の動きをかく乱し、ダンジョンに引き留めて頂きます」
アリスの回答にリンドバーグが全員に分かる様に説明を付けたす。
「んじゃ、俺は何すればいいんだっけ?」
「ダン…… 貴方、本当に大丈夫なの? いつまでも周りの人に頼ってばかりいると、いつかきっと後悔するわよ」
ミシェル令嬢にツッコミを入れられ、ダンは言い返せずに黙ってしまう。
この役目はいつもはリオンなのだが、リオンよりも早くツッコミを入れるとは恐れ入った。
ダンがミシェル令嬢と打ち解けている証拠だ。
仲間である俺やリオンが言うよりも、他人で、しかも自分より年下の少女に指摘された方がダンには堪えるだろう。
ダンを成長させる為にも、今後はもう少し緊張感を持つような仕事を任せた方が良いかもしれない。
「タイミングを合わせてレクサス達がこの屋敷に襲撃してくれる手筈となっている。その隙に乗じてダンにはミシェル令嬢を屋敷から連れ出してくれ。屋敷から出た後はわかっているな?」
「あぁ、あの地図の場所に行けばいいんだろ? 任せてくれよ! だけど襲撃してくるのが、あの兄ちゃん達だってのは驚いたよ」
「執事長のマルセルさんに俺が手紙を渡して、依頼を出して呼んでおいた。伯爵の居場所を突き止めたのもあの二人だぞ。見た目や言動はふざけている様にも見えるが、あの二人は結構優秀なんだぜ」
手助けしてくれるのだ。
多少のヨイショはしておいてやろう。
「ラベルさんの予想では屋敷には十人以上の冒険者が警護に残るんでしょ?」
「だがそれはブロッケンが居ない場合の話だ。屋敷にブロッケンが残る場合はその倍の冒険者を屋敷に残す可能性もある」
「冒険者が二十人も…… ブルースターの二人と私達入れても五人でしょ? 逃がすの難しいかもしれない」
リオンが不安を吐露する。
「もし屋敷からミシェル令嬢を無傷で逃がす事が難しい場合は、大きく作戦を変更させる。お前達の中から一人、地図の場所に向かって作戦の中止を伝えてくれ。再度作戦を練り直すからな」
「うん。わかった」
「だがミシェル令嬢を逃げ出させる事が可能だと判断した場合は、そのまま実行してくれ。あの二人には屋敷の地図や冒険者の配置などの情報は全て流している。上手い事動いてくれる筈だ」
「それでタイミングや合図はあるの?」
「合図は無いが、動きが在った場合はお前達の方が二人に合わせてやってくれ。屋敷の外側と内側から、攻めれば、護衛が十人前後居たって、まぁ大丈夫だろう」
それに屋敷にはリオンがミシェル令嬢の護衛として残っている。
普段はお茶らけているレクサスも、まさか惚れた女性の前で醜態をさらすような事はしないだろう。
俺の作戦を聞いた時、レクサスが張り切っていたのを思い出して俺は笑う。
「地図の場所にはギルバート伯爵様が隠れている。ミシェル令嬢とギルバート伯爵様を再会させた後、二人を逃がせれば、俺達の勝ちになるのだが」
俺はここで一旦言葉を止めた。
それに違和感を覚えたリンドバーグが首を傾げた。
「なるのだが…… ですか? 何か問題でも?」
「ただ逃げるだけなら、俺達がブロッケンの足止めをして戦力が減っている状態なら容易いだろう。しかしギルバート伯爵様はここで決着を付けると言っていた。伯爵様に考えがある以上、俺達が出来る事はその手伝いだけだ」
俺の考えに全員が頷いた。
「俺達の目的は三つ」
「敵の戦力をかく乱して、無力化する」
アリスが告げた。
「ミシェル様を屋敷から連れ出して、伯爵様の元に連れて行く」
リオンが告げた。
「そして最後に伯爵様がブロッケンとケリをつける。俺達はギルバート伯爵様の援護の為に、出来るだけ敵の戦力を無力化しておこう」
最後に俺がそう付け足した。
「それでは作戦開始だ。リンドバーク、そっちのリーダーはお前に任せる。状況に合わせて動いてくれ」
「わかりました。ミシェル令嬢の事は我々に任せて下さい。リオンさんもダン君もいますから、戦力的には十分です」
安心して仕事を任せられるリンドバークが居てくれて、俺としても大助かりだ。
リオンとダンには、リンドバークから色々と学び取って成長して貰いたい。
その後、俺達は二手に分かれ、それぞれの準備を始めた。
◇ ◇ ◇
それから数時間後、俺とアリスはブロッケンの部隊に参加し、出現したC級ダンジョンへと向かった。
俺の予想通り、十人前後の冒険者が屋敷の警備で残されている。
残りの全戦力を率いてブロッケンはギルバート伯爵を捕らえる為に動いている。
その総戦力は約四十人だ。
それにブロッケン自身も部隊について来ている。
その理由をダンジョンに向かう馬車の中、大声でブロッケンがソドムに向かって話していた。
「これでやっとアイツに引導を渡す事ができるぞ。今まで俺がアイツと比べられどれだけみじめな日々を過ごしてきたと思う。その辛抱も今日までだ。今日から俺がアイツの全てをこの手で奪ってやる」
「手に入れた情報によれば、伯爵の戦力は前回逃がした十人前後の冒険者との事です。こちらはその四倍の戦力を揃えています。絶対に負ける筈がありません」
「うむ。兄を捕らえ次第、私の前に引きずり出してこい」
どうやら自分の手でギルバート伯爵を始末したいらしい。
もしブロッケンが屋敷に残っている場合、屋敷を襲われる事も想定して、警備の冒険者の数は十人よりも多く残されていた筈だ。
そうなった場合、作戦の中止も在った。
ブロッケンは結果的には良い選択をしてくれた。
そして俺達はC級ダンジョンの近くの広場で行進を止める。
この場所を拠点にするとの事だ。
ダンジョンには数は少ないが、野良冒険者や遠征組が攻略している最中である。
なので彼等とは距離を取り、少し離れたこの場所を選んだらしい。
「まさか、ダンジョンの中に隠れていたとはな…… 生き延びる為だとは言え、魔物にいつ襲われるか分からないダンジョンの中に潜むとは、アイツもそれだけ、追い込まれていたと言う訳だ」
「はい、ブロッケン様の仰る通りかと、ダンジョン内には我々が突入し、伯爵の身柄を押さえてきますので、ブロッケン様はダンジョンの入口の前でお待ちください」
「うむ、ソドムお前に任せる。何としてもアイツを捕まえろ!」
「ははっ!」
ソドムはブロッケンに対して頭を下げると、引き連れて来た四十名の冒険者の内、三十名を選別し陣地の中で整列させた。
レクサスとプルートの二人が、酒場で嘘の情報を流してくれたおかげで、十人程度の冒険者がギルバード伯爵を護衛しているとブロッケン達は思い込んでいる。
俺達が作り出した嘘をブロッケン達は信じ込み、まんまと踊らされていた。




