104話 騙し合い
昼間の小芝居を終えた後、俺は与えられた部屋に籠っていた。
【オラトリオ】に与えられた部屋はミシェル様の両隣の二つで、性別によって分けて使用している。
部屋には人数に合わせてベッドが三つ置かれているがまだ余裕がある位には広い。
流石は伯爵様の弟の屋敷だといった所か。
「敵は喰いついてきますかね?」
備え付けのテーブルに座っている俺に向かってリンドバーグが話しかけて来た。
「大丈夫だ。絶対に喰らいついて来る筈だ」
このまま待っていれば必ず餌に喰いついて来ると俺は確信している。
今日まで多くの冒険者達とダンジョンに潜って来て、様々な人と行動を共にしてきた。
その経験を元に相手がどう動くか位はある程度予想を立てる事も出来る。
俺の予想は的中する事となり、夕食を終えて数時間が経過した時、ブロッケンの部下であるソドムが俺達の部屋へとやって来た。
「夜分に失礼する。実はブロッケン様があんた達をお呼びだ。急で悪いが俺と一緒にブロッケン様の所まで来てくれないか?」
(よし、掛かったな!!)
俺は心の中でガッツポーズを取っていた。
後は適当に話を合わせていれば、相手の方から俺達を仲間に誘い込んでくる筈だ。
「ブロッケン様が俺達をお呼びだって!? 一体何の用事なんだ?」
俺はわざと不安そうな表情を浮かべてみる。
「俺はブロッケン様にアンタを連れてくる様に命令されただけで、どんな内容かは把握していないがそう悪い話でもないだろう」
ソドムはそう言うと、少し笑みを浮かべている。
「俺一人がブロッケン様の所に行けばいいのか?」
「あぁ、元からあんた一人だけを連れてくる様に言われていたから、俺もそっちの方が助かる」
「……っと言う事らしい。だからリンドバーグは先に寝ていていいからな」
俺の隣に立っていたリンドバーグに目くばせを行った。
普段のリンドバーグなら俺の事を気遣い、絶対に一緒に行くと言っているだろう。
しかしブロッケンを騙すにはリンドバーグは正直すぎる。
ボロが出て気付かれない為にも、事前の打ち合わせで俺一人でブロッケンの元に行く事が決まっていた。
なのでリンドバーグも何も言わずに、頭を下げる。
「わかりました。では私は先に休ませて頂きます」
「あぁ、そうしてくれ」
話がまとまった後、俺は幾つか道具とベルト部分にナイフを吊るしたポシェットを腰に巻くと、ソドムの先導でブロッケンが待つ部屋へと向かう。
◇ ◇ ◇
案内された部屋は予想通り、盗み聞きをしたあの部屋だった。
夜と言う事もあり、魔法石で作られたランプが淡く室内を照らしている。
部屋の中には間仕切りがあり、一つの部屋の中で二つに分けられている。
暗くて見えないが、隣の部屋に二、三人の人の気配を感じた。
息を殺して隠れている様だが、気配の消し方が甘く実力もそんなに高くないだろうと予想する。
一応、魔石の欠片を片手に握り締めて、何時でも口に入れる準備はしておく。
部屋の窓際には豪華な執務机と椅子があり、ブロッケンが座っている。
「急に呼び出して悪かったな」
重苦しい声でブロッケンが話しかけてきた。
「いえ、俺に用事があると聞いたのですが?」
俺は心を落ち着かせながら、演技をスタートさせた。
今から俺はブロッケンの仲間に誘われるだろうが、相手に出来るだけ疑惑を与えない様にしなければいけない。
俺の行動や言動によってこれからの作戦が大きく変わるのだ。
「今日の事が気になってな。それでお前は食器の件をどう処理するつもりなんだ?」
ブロッケンは心配した様子で話しかけてくる。
「どう処理と言われても、今日の事ですし…… 解決策はまだ出ていません。今は伯爵様の救出を第一と考え、落ち着いた後考える積りです」
この回答は事前に用意していた物で、この話題から攻められる事はわかっていた。
この話が出た事でブロッケンが俺達の芝居に気付いていない事の確証にもなる。
「俺の記憶が正しければ、兄があの食器を購入した時、俺も見せて貰っている。確か…… 金貨百枚位していた筈だぞ」
ブロッケンも俺に強迫観念を植え付けたいのだろう。
大風呂敷を敷いて話してくる。
実際は金貨二十枚もしない食器だと言う事はメアリーさんから教えて貰っている。
しかしここは話に乗るべきだろう。
「金貨百枚だってっ!? そんなにするのかよ」
俺は大げさに驚いて見せた。
ブロッケンは俺の慌てふためく様子に上機嫌となっていた。
「それだけの蓄えはあるのか? あの気性の荒いミシェルの事だ。落ち着いた後、必ず取り立てに来るぞ」
しばらく沈黙した後、俺は絞り出す様に考えを口にした。
「正直に言えば金貨百枚の蓄えはありません。なので別の方法を考えています。俺達が伯爵様を救い出して伯爵様に恩を売れれば食器の件も許してくれると思います」
俺の答えにブロッケンは鼻で笑った。
「ふんっ!! そう上手く行けばいいが、兄とその護衛が生きている保証も、お前達が救い出せるという確証も無いんだぞ?」
「それはわかっていますが、俺達の様な戦う事しか出来ない冒険者にはそれに賭けるしか方法がありませんので」
「ふうん。なら…… もっと簡単な方法で大金が手に入るなら、お前はどうする?」
ブロッケンが動き出した。
ここからの発言が一番大事だろう。
「もっと簡単な方法? 簡単に金が入る方法があるのですか……?」
「あると言えばあるが…… やる気はあるのか?」
俺は会話を切り、腕を組んで考え込んで見せた。
「もしも方法があるなら、やらせて下さい」
その後、絞り出すようにそう告げる。
「ほう…… やってくれるか?」
ブロッケンは言質を取ったという、満足気な表情を浮かべている。
「それで俺達は何をやればいいんですか?」
「なに簡単な事だ。ミシェルの身柄をしっかりと守って貰いたいだけだ。それだけで金貨を百五十枚やろう」
ハッキリとは言わない、どうせ俺を試しているのだろう。
ここは理解が早い役に立つ所をアピールした方がよい。
「俺達は元からミシェル様の護衛なんですが…… あぁ、そういう事ですか」
俺は何かに気付くと、嫌らしく口角を吊り上げる。
「俺達は伯爵様の命令じゃなく、ブロッケン様の指示の元でミシェル様を守るという事でいいのでしょうか?」
「察しが良いな、そういう事だ。屋敷を襲われた時の働きでお前達が強いと言う事はわかっている。私の元で働くなら今後は幾らでも稼げるぞ。さぁどうする?」
「さぁどうする?」と言っているが、今更決定権など俺にはなかった。
その証拠にソドムが剣の柄に手をかけている。
それと同時に暗闇で見えない隣部屋からも殺気を感じ始めた。
もし俺が断れば殺すと言いたいのだろう。
元からその話には乗るつもりなのだが、出来る限り、俺はブロッケンに信用させる必要があった。
なのでもう少し金に執着している所を見せた方が良いだろう。
「……そうですね。条件しだいといった所ですか」
「条件だと? 今でも破格な条件だと思うが? 余り欲をかき過ぎると長生き出来ないぞ?」
「ですが、どうせ後で食器の費用で金貨百枚が消えるんでしょ? なら我々の手元には金貨五十枚しか残らない。それでは余りにも俺達の利益が無さ過ぎる」
「あんた!! 余り調子に乗らない方がいいぞ?」
ソドムが柄を握る手に力が入った。
しかしその動作にブロッケンも気づき、手を出してソドムの動きを止める。
「幾ら欲しいんだ? ハッキリ言ってみろ」
「我々も伯爵様を敵に回すんだ。それなりに一歩間違えればこっちの首が飛ぶ。ギルドメンバー、一人に対して金貨五十枚。俺達は五人いるから二百五十枚貰えるなら…… その話に乗ろう」
俺はポシェットに下げている小型ナイフを取り出すと、背後の闇の中へ適当に投げ込んだ。
「そろそろ出て来いよ。さっきから隠れている様だが、殺気が丸出しで隠れている意味が無いぞ」
ソドムを見てみると、面白くなさそうな表情を浮かべている。
「おい、お前達も出て来い」
ソドムの指示によって武装した二人の男達が闇の中から現れた。
一人の男は腕を抑えている。
どうやら俺が適当に投げたナイフが腕をかすったようだ。
「流石だな。貴様の提案に乗ってやろう。一人金貨五十枚だな」
偶然の結果だったが、現状を見たブロッケンが俺の提案を受け入れた。
「金さえ貰えるなら俺達はブロッケン様の仲間に入らせて貰います」
「本当だな?」
「はい、ですが前金で半分を渡してください。そうじゃなければ信用できません。それにさっき言った食器が金貨百枚ってのは嘘でしょ? 俺の見立てではあの食器の価値は精々金貨二十枚位。俺を騙そうとしたってそうは行きませんよ」
「そこまで気付いていたか……」
「それでは金貨が届くのを部屋で待っています」
俺は頭を下げた後、くるりと翻し堂々と部屋から出ていく。
手ごたえは十分で、近日中に金が届けられるだろう。
しかし俺の予想よりも速く、翌日には俺の元に金貨百五十枚が届けられる。
約束なら金貨は百二十五枚の筈で、約束よりも多い。
金貨を持ってきたソドムに約束より少し多いんじゃないかと尋ねると、ブロッケン様からケチらず多めに渡して置けと言われたらしい。
それだけブロッケンは俺達を取り込みたいと言う事がわかった。
この金を受け取った事で、ブロッケンが俺を取り込んだと思い込んでくれるだろう。
作戦は成功である。
大金を手に入れた日から俺は毎日リンドバーグを引き連れ、町にある酒場で羽振りよく飲み歩く様になっていた。




