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非日常的日常の異常  作者: 三武将
3/5

美の小人たち。

「宛名、次の英語の課題見せてよ」

昼休み、理想的な『だるい』の顔をした相川がクラスのマスコットキャラ的な存在であると私が勝手に認知している宛名さんを恫喝しているのを見てしまった。

「ダメだよアイちゃん、課題は自分でやるから意味があるんだよ」

「えっ、相川さんって下の名前『あい』なんですか?」

まずい、驚きのあまり会話に割り込んでしまった。

「ちげぇわ、宛名が勝手に呼んでるだけ」

「『あいかわ』だから『アイちゃん』、可愛いでしょ?」

ふふふふふ、とジトジト笑う宛名さん。さてはこの人、変わり者だな。

「あの、相川さんの下の名前って。」

「なんで知らないんだよ」

「わかるよ譜話さん、アイちゃんってTHE相川って感じだもんね」

ふふふふふ、とジメジメした笑いのすぐ後にチャイムが廊下を走り回って「着席!五限目開始!」と叫び出した。

相川の下の名前、後で宛名さんに聞いてみよう。




終礼直後、某ラッコみたいに汗を吹き散らかしながら譜話が相川の名前を聞いてきた。

「知らん!」

そう答えられて困り顔で突っ立っている譜話の気持ちもわかる。そもそも相川って下の名前あるんか。

「相川さんの妹さんは、相川さんのことなんて呼んでるんですか?」

「えっちゃんは『お姉ちゃん』って呼んでたよ。」

えっちゃんに聞いてみるか?とも思ったが、それだけの為にわざわざ家に行くのもなんだかなとも思う。そもそも相川って下の名前あるんか。

「巻葉さんも気になりますよね、相川さんの名前。」

「気にならないって言えば嘘だけど、特段興味も湧かないなぁ。てかなんで急にそんな事気になりだしたの?」

「さっき宛名さんが相川さんの事を『アイちゃん』って呼んでたんです。」

アイツあのナリでそんな可愛い名前なのか。

意外だな。相川って下の名前あったんか。

「結局あだ名だったんですけど、じゃあ相川さんの本名ってなんなんだろうって。」

あだ名かよ。そもそも相川って下の名前あるんか。

「聞けばいいんじゃない?相川に直接。」

「それがおかしいんです。見ててください。」

出席番号1番の席でファッション誌をペラペラしている相川の方へ向かっていく譜話を私はぼーっと眺める。

「相川さん、聞きたいことがあるんですが。」

「何」

「相川さんの下の名前ってなんていうんですか?」

「お前いい加減鬱陶しいぞ、今日何回目だよそれ」

鬱陶しいほど聞いてるのかよ、譜話ちゃん中耳炎?と心の中でツッコみながら相川の返答に耳を傾ける。

私の予想だとああいう金髪ヤンチーな子は結構素朴な名前なんだよな。

「以後聞きませんから教えてください!」

「はぁ...私の名前は」

次の瞬間、轟音と共に中庭が爆発した。




「相川さんの下の名前ってなんなんですか?」

宛名さんに聞く。

「アイちゃんの下の名前?...うわ!?」

窓から腕の生えたカラスが入ってきて、宛名さんの筆箱を掴んで飛び去っていった。

一瞬怯んだ宛名さんもすぐ我に戻って後を追う。

「ままままって!カラスさんまって!怒らせたならごめんよぉ!」



「達磨川先生、相川さんの下の名前ってご存知ですか?」

担任の達磨川先生に聞く。

「オイオイオイオイ譜話〜、担任の俺が!受け持ちの!それも問題児の相川の名前を!忘れるわけないだろって」

先生はオーバーなリアクションをしながらちゃっかり生徒名簿を開き始めた。

「相川の下の名前は...っぷぅん!」

間抜けな断末魔を上げてその場にしゃがみ込む達磨川先生。

足元には先生に直撃したのであろう野球ボールが転がっていた。

「すまん、譜話、先生ちょっと、保健室、行くから...」

こめかみから流れる血を手で抑えながらヨロヨロと歩き出す先生。

「あ、あの達磨川先生。相川さんの名前って...」

「あー......先生今の衝撃で記憶飛んじゃったわ」

ボールを拾いに来た野球部の肩を借り、退場していく先生。

忘れていった生徒名簿は血まみれでとても読める状態ではなかった。

となると学級委員の巻葉に聞くのが確実か。




「まさか中庭に不発弾が埋まってたとはねぇ。」

緊急事態につき放課後居残り禁止となったので、今日は帰ってゲーム三昧である。

隣の譜話は何か言いたげだけど。

「巻葉さん、おかしいと思いませんか?」

「中庭に不発弾なんてツッコミ所しかないわな〜。」

「そうじゃなくて!」

わかっている。譜話の話を聞く限り、どうやら相川の名前を誰かが口にしようとする度に何かが起きるようだ。にしても不発弾はおかしいだろ。

「こうなったら聞くしかないな。」

「心当たりがあるんですか?」

ある。譜話についてこい!と威勢よく声をあげ、私はあの場所へた歩み始めた。



『旅行に行くのでしばらくお休みします』

寂れた商店街、八百屋のシャッターは硬かった。

「達筆だね。」

「ですね。」

「せっちゃんがいないんじゃあアテがないなぁ。」

相川の事を『すーちゃん』と呼ぶせっちゃんなら絶対知ってるだろうけど、いないんじゃ仕方ない。戦いに勝って勝負に負けたなこりゃ。もしかして使い方間違ってるか?

「今日は行く先々で色んな人に相川さんの名前を聞きました。私はただ名前を知りたいだけなのに何故こんなに...」

「金くれたら教えちゃる。」

足元で酒焼けしたような声。

「丸さん、どうしてここに?」

「商店街はワシのシマじゃ。」

太った猫は少し誇らしげにゴロゴロ鳴いた。

よし、撫でてやるか。




口調と態度はオジさんだけど、見た目が猫だとこんなに可愛いものなのか。

撫でようとする巻葉に追いかけ回される猫の姿を見ているとなんだか猫とネズミのアニメを見てるようだ。猫が追い回される側になっているが。

「おいやめんかい!せっかく親切心で出てきてやったんに!」

そういえば丸は相川家の元飼い猫だった。

確かにそれなら相川の名前を知っているハズだ。

「巻葉さんストップです。丸さんに教えてもらいましょう。」

「ひと撫で!1回だけ撫でさせて!」

止まるつもりがないようだ。

呆れていると、丸が太った体をヒョヒョイと操り八百屋の屋根の上に駆け上がった。

「お前らには二度と良くしてやらん!」

巻葉は仕方ないにしても私は何もしていないが?

「逃げるのかこの卑怯猫!デブ!」

隣で巻葉が訳の分からない事を叫んでいる。

結局相川の名前はわからずじまい。

チャンスは何度もあったハズなのに、やはり何か不思議な力でも働いて...

「巻葉、あのバカ猫になんかされたのか」

突如現れたサラサラの金髪に透き通った声を持つ不良。

ビビッときた。恐らくラストチャンスだ。

「いや、私が撫でようとしたら逃げやがっただけ。...ていうか相川じゃん。」

「は?私がいちゃ悪いかよ」

「いやいや、聞きたい事あるんだよねぇ。」

チラッとこちらを見てくる巻葉。

『私は今日相川さんに何度も名前を聞いてるので今度は巻葉さんが話振ってください!』と必死に目でアピールするとなんとか伝わったようだ。

「相川の下の名前って何?」

「またソレ?譜話といいさァ、なんなの?」

ハァ、と本当に鬱陶しそうなため息をついて私を見る相川。本当に申し訳ない。

「いい?耳の穴かっぽじって聞きなよ」


「私の」

突然パッと眩しい光が商店街に降り注ぎ、あまりの眩しさに目を閉じてしまった。

また何かに邪魔されてしまうのか?否。私も巻葉も目をやられただけだ。耳は機能している。いける。

「名前は」

相川の言葉が聞こえる。今度こそちゃんと名前まで把握できる。

私は回復した目をゆっくりと開いたーーーーーーーーーー。



「.........だよ、わかった?」

隣の巻葉と目があった。

額に汗を浮かべて驚愕の表情をしている。おそらく私も同じような顔をしているのだろう。

私たちは頷きあって相川の方へ目線を向けた。


「「わかった(わかりました)」」




目を開けた時、まず視界に入ってきたのは夕焼けだった。

真っ赤に燃えるという表現がピッタリ当てはまる夕焼けに目を奪われた。

そこにヒュルリと吹き注がれた風。

風に揺られる綺麗な金色の髪。

今更名前を言うのが気恥ずかしいのか、なんとも言えない表情を浮かべる彼女の顔を、夕焼けが紅く照らしていた。

友人の譜話結は後にこの事をこう語る。

『私は生まれてこの方、芸術作品という物に感動した事はありません。作品には脚色の為そこに織り交ぜられた虚構が存在するからです。しかしあの時、私が認めざるを得ないノンフィクションの芸術がそこにありました。彼女は...美しかった。』


譜話も私も、文字通り目を奪われてしまい彼女の発する言葉に意識を向ける事を忘れていた。

偉大なる『美』の概念に、我々は負けたのだ。





以降、相川の名前を聞こうなどという烏滸がましい考えは2人の中から消えたのだった。

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