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非日常的日常の異常  作者: 三武将
2/5

キャトられる。

「キャトられる?」

「そっ、キャトられる」

前に所属していた学校との授業進度のズレがあり補習を受けていた譜話とただの成績不良の相川は、ダラダラと帰り支度をしながら雑談にふけっていた。

新しく買ったというデジカメをカチャカチャいじりながら相川は続ける。

「最近関陽の生徒が何人かキャトられてんだって」

「キャトられるって、キャトルミューティレイションの事ですよね?」

「私はそんな詳しく知らん」と言いながら相川がデジカメを起動して私に向けてシャッターを切った。

『キャトルミューティレイション』。

30年程前に外国で頻発したと言われる家畜の惨殺事件が元ネタで、血液だけが抜き取られていたり、肝臓だけが抜き取られていたり。家畜、主に牛がそういう無残な殺され方をする事が頻発したらしい。

当時事件現場にUFOが出現報告が相次いだ為、宇宙人の侵略が始まったとかで騒がれたとかなんとか。

「その、キャトられたって事は死んじゃったんですか?」

「いんや、ただ下校中に突然意識が消し飛んでさ、気付いたら空き地にほっぽりだされててオマケに財布の中が空っぽなんだと」

つまり『キャトルミューティレイション』ではなく『エイリアンアブダクション』だ。

『キャトルミューティレイション』は宇宙人による惨殺、『エイリアンアブダクション』は宇宙人による誘拐を指す。

前者に比べて後者が馴染みの浅い言葉なので2つを混同している人は多い。

「財布の中が空っぽって、それただの人為的な事件なんじゃ。」

相川がまたカメラを向けてきたので今度は撮られまいと私はレンズを手で覆った。

「なんか被害者が全員言うんだと、『私はキャトられた』ってね」

突然ガラッと扉が開いた。

息を切らした茶髪のポニーテールが私たちの方に駆け寄ってくる。

「譜話ちゃん!相川!」

巻葉糸葉は面倒事に巻き込まれる体質らしい。

「私キャトられた!」




「巻葉は盗られるほど金持ってないだろ」

どうでもよさそうな顔でデジカメを分解し始めた相川に巻葉は鼻息を荒くする。

「入ってたって!千円札1枚!」

「野口?夏目?」

「夏目!」

巻葉は本人曰く本革らしい茶色の長財布をひっくり返して見せた。

「ご覧の通りすっからかんなんだぁ...」

「小銭も全部盗られたんですか?」

「50円玉1枚盗られたよぉ、やられた...」

この人バイトしてなかったっけ?と苦笑いしていると、急に目の前を真っ白な光が包み込んだ。

「あぁ、フラッシュ焚いちゃったわ」

「びっくりしたぁ、またキャトられたのかと思ったよ。」

「巻葉さんがキャトられた時、こんな感じだったんですか?」

「うん、なんか目の前が急にね、ぴっかあぁ!って。その時耳元で聞こえたんだよ!『キャトったぞ!』って。」

「自分で宣言するんだ…空にUFOいました?」

「いなかったと思う。」

「謎ですね。」

正直この街なら1人や2人キャトられててもおかしくないし寧ろ年に何人か絶対行方不明になってると思うのだが。

「まぁいいじゃん、巻葉バイトしてるし貯金あるだろ」

「無いからバイトしてんの!」

「ほら、バイトしてるから解決。帰るわ」

「あのさぁ、もうちょっと親身になってくれてもいいんでねぇのぉ?」

この2人は仲が良いなぁとほっこりしつつ、私はキャトルミューティレイションについて考えていた。




「ここ!ここで光がぱぁってなったんだよね。」

何の変哲もない商店街入口の通りで巻葉は説明を続ける。

「急に光ったと思ったら今度は足の力が抜けて倒れちゃってさ、気付いたら反対側の道の空き地に倒れてたんだよ。」

「こんな人通りの多い所でUFOに拐われるなんてあるか?」

「え、私UFOに拐われたの?」

それを聞いた相川がこちらに呆れ顔を向けてきたので代わって巻葉に『キャトられる』の意味を説明していると、商店街の方からなんとも神々しい緑髪の美人と彼女に背中を支えられながら杖をぷるぷるついている老婆が声をかけてきた。

「おや、すーちゃん学校帰りかい」

「おかえりなさい、すーちゃん」

「うす」

2人とも相川を『すーちゃん』と呼び、笑顔で挨拶をした。

とうの相川はぶっきらぼうに一言しか返していないが。

「あっ、おばあちゃんこんばんは!」

「おぉ糸ちゃん、今日も元気やねぇ」

東神崎の地元民同士盛り上がる隣で、緑髪のお姉さんが私の顔を覗き込んでくる。

「久しぶり、結ちゃん」

「え?」

「私たち小さい頃何度か会ったことあるのよ〜」

うふふと言いながら頬を抑えるお姉さんはぽんぽんと頭を撫でてくる。

「ほっときな、このおばさんちょっと変なんだよね」

「すーちゃん?何か言った?」

なんだか一瞬寒気がしたが、ほれほれと手招きするおばあさんの一言で気配は過ぎた。

「せっちゃん、糸ちゃんがねぇ、強盗にあったらしいんよ」

「強盗!?糸ちゃん大丈夫だったの!?」

「いやいや、強盗っていうと大袈裟ですよ。怪我とかはないんですけど。」

巻葉が2人に事情を詳しく説明をしているのを眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「おい。」

おい、おい、と何度も誰かを呼んでいるようだが、辺りを見渡しても声の主がわからない。

首を傾げていると隣にいる相川がしゃがみ込んだ。

「おうクソ猫、商店街から出てくるなんて珍しいじゃん」

猫?と思い足元を見ると、確かに太った猫がいる。

「小娘、舐めてるとマジで痛い目見せるぞ。」

「猫畜生が何言ってんだか」

喋る猫と相川はなんだか険悪な雰囲気だった。

「はいはい!1人と1匹、喧嘩はやめなさい」

ふんっ、と1人と1匹が顔を背け、猫はそのままお姉さんの足元に歩み寄る。

「八百屋、野菜くれ。」

「うーん。おばあ様、どうしましょう」

「金払わにゃダメ」

容赦ない。猫に金銭要求する人がいるとは。

「にしても珍しいじゃないか、丸。いつもは勝手に野菜をかっぱらっていくのに」

「金が手に入った。」

丸と呼ばれた猫はゴロゴロゴロと喉を鳴らすと、ペッとお札を吐き出した。

「これで買える分だけ野菜くれ。」

べちゃべちゃのお札をお姉さんが拾い上げて皺を広げると、中から夏目漱石が顔を覗かせた。

おばあさんは巻葉の顔と猫の吐き出したお札を交互に見た。

巻葉はおばあさんと目が合った3回目くらいで「あ、もしかして」と小声で呟き、どうやら察したらしい。

そしておばあさんが静かに口を開いた。

「丸、店まで来なさい」

おばあさんがチラッとこちらを見た。

「糸ちゃん達もついてきい」




「私の漱石…こんな無惨な姿になるなんて。」

取り戻した1000円札をドライヤーで乾かしながら巻葉は口を尖らせている。

私たちは店の奥の居間に入り、丸をちゃぶ台の上に座らせた。

「はぁ、キャトられるねぇ。」

反省の色も無しでゴロンと寝伏せる丸を、お姉さんがネギでゴツンと叩く。

相川は愉しそうにその光景をカメラに収めていた。

「丸!反省してるの?」

「反省も何もな。その金は仲間の猫から貰っただけだし。ワシ。」

ふてくされた態度でゴロゴロと鳴く丸が正直可愛い。こんな状況じゃなきゃ撫でていたと思う。

「丸、アンタのとこの猫に話せるのは後何匹いるんだ」

溜息を吐きながらおばあさんは重たい口調で丸に問いかける。

丸はどうやらおばあさんには弱いようで、仰向けに寝転がっていた体を少し起こして答えた。

「2匹。」

「その2匹を呼んでおいで」

「わかった。」と低い声で返事をすると丸はスタスタ走っていった。

「おばあ様、いいんですか?丸の事だからどうせ逃げますよ」

「丸も仲間に思う所があるはずだ。ちゃんと戻ってくるだろう」

そう言うとおばあさんはいつの間にか来ていた大きな右手(右手の大きな、ではない)のお客さんの所へ行ってしまった。

「相川さん、猫さんと仲悪いんですか?」

さっき撮った写真を見てニヤニヤしていた相川は私の顔に目を移すとそれはそれは大きく首を縦に振った。

「丸と私は犬猿の仲なんだ」

「犬猿っていうか猫人だね。」

1000円札を乾かし終えた巻葉が言い放ったつまらないギャグに苦笑しながらお姉さんが続けた。

「丸はね、すーちゃんの…相川家の飼い猫なのよ」

「えぇ、相川さんの猫なんですか?」

「もう違う」

相川はケッと言いながらそっぽを向いた。

「丸とすーちゃんは昔から仲が悪くてね、もう3年くらい前になるのかな?すーちゃんが丸を逃がしたの」

「私が逃がしたんじゃなくてアイツが勝手に逃げたんだって」

「でもえっちゃんは『お姉ちゃんが逃がした〜』って泣いてたわよ?」

相川はまたケッと言ってカメラをいじり始めた。

「あの、えっちゃんって?」

「えっちゃんは相川の妹だよ、双子の。」

巻葉がいつの間にか買ってきたきゅうりをボリボリと生で齧りながら答えた。

「あ、糸ちゃんに味噌持ってきてあげる」

「やった!ありがとうせっちゃん!」

うふふ〜と言いながら居間を出ていくお姉さんの背中を見届け、私は更に質問を続ける。

「双子って事は相川さんとそっくりなんですよね。」

「いや、あんまり似てない」

「えぇー似てるって!前に相川の家行った時ビックリしたもん。」

ビックリするほどなら気になる。

「写真とかないんですか?」

「ない」

「あ、私あるよ。あんまりにもビックリしたから2人で撮ったんだよね。」

「なんで姉の私が持ってないのに他人の巻葉が持ってんだよ」

巻葉糸葉は初対面の相手にも結構ズカズカと踏み込んでいくタイプだ。だから人と打ち解けるのも早いんだろう。

巻葉からすれば狙ってそうしている訳でもないらしく、羨ましい才能だ。

「ほらこれ!似てるよね?」

押し付けてきたスライド式携帯の画面に写っていたのは笑顔の巻葉と、頼りなさそうな笑顔をした黒髪の相川にしか見えない『えっちゃん』だった。

「そっくりじゃないですか。」

「どこがだよ」

「実物はもっと似てるんだよ!譜話ちゃん今度見に行こうよ!」

目を不等号にして騒ぐ巻葉を相川が呆れ顔で見ていた。




「本当に申し訳ありませんでした。」

猫が2匹、土下座している。

「え?いや、え?」

土下座の対象だった巻葉はこれどうすればいいの?と言いたそうにあたふたしていた。

「アンタら夫婦だろ、なんでこんな事してんだ」

おばあさんが腕を組んで力強い仁王立ちをして猫を叱りつけている。さっきまでお姉さんに支えられながら杖をついていた人と同一人物とは思えない程の威圧感があった。

その迫力に気圧されたのか固まって動かない猫2匹に、丸が近付いた。

「ワシは事情は知ってるが、どうやって人から金を盗んだんだ。」

「それを使うんです。」と言いながらオスの黒猫が尻尾を指した先には相川がいた。

「は?私?」

「なるほど。すーちゃん、それ貸して?」

お姉さんは相川からカメラを受け取ると、笑顔で「撮るよ〜」と言って私の方にレンズを向けてきた。

「はい笑って〜」

「あ、私も私も。ほら相川も!」

「私はいいんだけど」

「え、あの。」

パシャリという音と共に眩しい光で一瞬何も見えなくなる。

「あっ!やっぱりカメラのフラッシュがあの光の正体だったんだ。」

ポンと手を叩き納得する巻葉を見て黒猫は申し訳なさそうにまた深く頭を下げた。

丸が続ける。

「で、気絶ってのはどうやった?」

「目くらましをした後に首の後ろを強く突くんです。それで人はすぐ気絶するのです。」

「普通に暴力じゃん、まったくこれだから猫は」

相川が丸を見ながら呟く。

「痛い目に合わせようとした訳じゃないんです、ちゃんと肉球が当たるようにして加減はしました。怪我はさせないように注意も払ってましたし…」

「もういい、で動機はなんだい」

猫の言い訳を遮りおばあさんがジリっと間合いを詰めて問い掛けた。

「私たちには子供がいるんです。」

「子猫!?」

被害者意識が全くない巻葉が目を輝かている。

「はい、まだ子猫です。でも今高熱を出していて、どうしても薬が必要で。」

話を続けるオスの黒猫の隣で、メスの黒猫が涙を流している。

「ワシは前から事情を知ってた。だから本当の事だぞババア。」

「どうやらそうみたいだ」

彼らの言っている事をまとめると、1週間程前から子供が高熱を出して寝込んでおり、汚い手だとわかっていても街の獣医で診てもらう為の金を集める為に仕方なかった、という事だった。

「丸さんからは私たちの子供の為に食べ物や水をたくさん頂きました。だからせめてものお礼にと、余った1000円札を渡したのです。」

どこか誇らしげにフンと鼻を鳴らした丸に、偉いじゃないの〜とお姉さんが撫でようと伸ばした手を丸はぬるりと避けた。

「で、子供は今どんな調子なんだ」

「だんだん熱は下がってきましたが心配なので獣医にかかろうと思っていたところでした。計算していた診察代と薬代の分集まったのです。」

「はァ」

気の抜けた声を出しておばあさんは椅子に座り込んだ。

「アンタらの子供。獣医にはアタシらが連れてってやる、金も払ってやる」

「え?」

オス猫とメス猫は尻尾をピンとして顔を上げ、真ん丸な目でおばあさんを見つめた。

「アンタらは被害者の関陽生徒に盗んだ金を返すことだ、約束しんさい」

「いいのですか。」

「いい。わかったら早く子供を連れてきい。せっちゃん、今日は店じまいだ」

「はい!」と返事をしたお姉さんはきびきびと動き始め、オス猫は深く頭を下げた後急いで子供の所へ走っていった。

おばあさんは財布を持ってくると言って居間の方へ消えた。

「丸」

「あ?何。」

「お前もいい所あるじゃん」

「猫相手にならな。」

相川が優しく丸の腹を小突き、丸は動物虐待だと叫んでいる。

「いい人ですね、おばあさん。」

「えぇ、おばあ様はずっとあんな感じなの」

「せっちゃんって昔からずっとおばあちゃんと働いてるよね。」

そういえばお姉さん、せっちゃんって呼ばれてるけど本当はなんて名前なんだろう?

「あ、結ちゃん今私の事考えてたでしょう」

「へっ?」

図星を突かれて変な声が出てしまった。

よく見たら周りが7色に光ってるみたいに見えるしこの人は本当に何者なんだ。

「私は瀬麗涼。せっちゃんって呼んでね」

そう言ってウインクするせっちゃんに、相川が「おばさんのウインク」とボソッと呟いた。

数秒後、結構痛そうなヘッドロックをキメられている相川を見てケラケラ笑っている巻葉の足元でメス猫が何かを吐き出した。

「あの、これを返さないと。」

「ん?あっ。」

毛玉と一緒に吐き出されたのは巻葉の財布にあった唯一の硬貨、50円玉だった。

「本当にごめんなさい、私たち物凄く迷惑をかけてしまって。」

深々と頭を下げるメス猫に、許すから撫でさせて!と逆に頭を下げる巻葉はすっかりキャトられた事を水に流しているようだった。

そういえば猫夫婦はどうしてわざわざ「キャトった!」なんて宣言をしていたのだろう?

「猫さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

巻葉にめちゃくちゃに撫でられているメス猫はなんとかこちらに反応してくれた。

「どうして人を気絶させた後「キャトった」って宣言していたんですか?」

「合図です。カメラを向けるのは私、首を狙うのは夫、倒れた人を空き地に運ぶのは仲間の猫たちでした。」

「なるほど。陰でスタンバイしている仲間への合図だったんですか。」

メス猫の毛並みが逆立つまで撫でた巻葉も納得したのかウンウンと頷く。

「にしても猫達は『キャトられる』なんて言葉よく知ってたね、私なんてさっき教えて貰ったばっかりだよ。」

満足した巻葉が毛並みを適当に流し整えて立ち上がると、メス猫が答えた。

「えっと、『キャットアブダクション』で『キャトられる』、です。」


それだとキャットられてないか。

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