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非日常的日常の異常  作者: 三武将
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特別

昇進に浮かれて機嫌の良い父が運転する車の中で、私はこれから自分が暮らす街をよく視た。

O県O市東神崎区。面積13.27km2、人口176059人、これという特産品はない。隣町はO県一の都会ということもあり交通アクセスが良く、地元には大型スーパーやプラザショップもあり住めば都。頻繁に隣町へ出向いて遊ぶ学生たち曰く、「なんでもあるが、なんにもない街。」役所曰く、「東神崎区は人が資産。」

父の転勤による引っ越しは少しスケジュールが遅れて転校前日になってしまった為、楽しみにしていた一人で街を歩き回る計画が実行できそうになく残念だった。     

「結、ここ、あなたが通う学校よ。」         

母が笑顔で教えてくれた、私の学校。私立関陽女子高等学校。全校生徒844名、明日からは845名、特別進学クラス、文理クラス、スポーツクラスの三つのクラスがあり、特にスポーツクラスの生徒の殆どは部活動の全国大会の常連という素晴らしい実績を持っている。昨年新しく建った体育館はウン億円したらしい。

「いい友達ができるといいね。」と言う母に苦笑いを送りながら我が校を覗いてみると、校門の奥に綺麗な金髪の不良が座っているのが見える。エンジンを鳴らして車が進んだ時、一瞬、彼女と目が合った気がした。   

ベッドと机、大量のダンボール箱、本棚が置かれた私の部屋は一人で使うには勿体ないほど広かった。隣の少し狭い部屋は物置になる予定らしいが、私としてはそちらの部屋の方が落ち着くかもしれない。少し部屋に彩りを加えてみようと、ダンボール箱から自慢のシャーロック・ホームズ全巻セットを本棚に並べ、一望してみた。しかし広すぎる部屋にはすっからかんという言葉がピッタリなほどスペースが空いており、どうしようもないので寝た。   

       


目覚めは良い。始まりの日は快晴。今日は8月26日、長かった夏休みも終わり2学期が始まる。東神崎市の最高気温は34度。久々に手に取った制服はひんやり冷たい。余談だが私立関陽女子高校の制服は正直ダサい。今日は始業式の後は夏期の短縮時間割なので4時間授業、つまり生徒は1時半ごろには下校できる。もっとも学級委員長の私にはその後仕事があるのだが。あれこれ準備をしているともう登校しなければいけないギリギリの時間だった。余裕を持って家を出られないのは私のせいではない、時間というのは短いのだ。

「糸葉、遅刻するよ。」

ノックもせず入ってきた母に脱ぎたてのパジャマを投げつけて行ってきます。玄関を出て空を見ると今日も元気に一反木綿っぽい物が飛んでいる。あいつはいつまでも飽きないなあ、もう5年はああしてる。

視線を前に戻すと、口を開けてぼーっとしている関陽の生徒がいた。



どう考えても異常だろう。転校初日で道に迷ってはいけないと早めに家を出て正解だった。道に迷うことは無いが学校に辿り着けない。

おかしいのだ。家を出て少し歩くと、朝っぱらから流れ星が見えたと思ったら、今度は足の生えた金平糖みたいな着ぐるみが道の端で鼻ちょうちんを出して寝ていた。

私とて年頃の女子高生なので身の危険を感じて無我夢中で走って逃げた。交差点の前で信号に捕まり、息を整えながら待っていると今度は車道を魚が泳いでいた。

何を言っているかわからないと思うが、自分でも何を言っているかわからない。

律儀に赤信号を守る魚群を横目に横断歩道を走り抜け、商店街に入った。花屋の花達の賛美歌が商店街中に響いている。

八百屋には神々しい7色の光を放ちながら品出しの手伝いをする緑の髪の女性がいる。交番のパトカーは寝ていた。

商店街を抜けるとただの住宅街に入った。そこは本当にただの住宅街だったので、立ち止まって電柱にもたれかかって、今度こそ息を整えた。溜息をつきながらふと上を見ると何かがゆらゆら浮いている。黒いビニール袋のようなテカテカしたそれは、まるで昔話の龍のように、優雅に民家の上を漂っている。

眼鏡を取って、拭いて、かけた。それはまだふわふわしていた。眼鏡にゴミはついていないらしい。

「あの、大丈夫?」

いきなり話しかけられて、飛び跳ねてしまった。

恐る恐る声の主を見ると、茶髪を後ろで括った私と同じ制服の女の子に心配そうな顔を向けられていた。

「あれ、なんですか?」とアレに指をさして聞いてみる。

女の子は一瞬指の指す方を見た後、うーんと唸って頭をかいた。

「私にもわからないんだよね。」

申し訳なさそうに答える女の子を見て、私とこの子は何かがズレているのを悟った。明らかに慣れている。

「私転校してきたばかりで、よかったら学校まで案内してくれませんか?」

「あぁ、あなたが転校生ちゃんなんだ。私同じクラスの巻葉糸葉だよ、よろしくね。」

長期休み明けの転校生の事は担任から連絡済みのようで、巻葉糸葉はその場でたんたんと自己紹介をする。もっとも誕生日だとか好きな食べ物だとかは頭に入って来ず、私はずっとアレがなんなのか考えていた。

「で、転校生ちゃんの名前は?」

長ったらしい自己紹介が終わったようで、巻葉が私の顔を覗き込んできた。

「譜話結です。」

「ふわゆい?なんか可愛い名前。」それを初対面で言うのは失礼じゃないのか、と言おうとも思ったがやめた。すると巻葉は何かハッとしたような顔をして私を数秒見つめた後、「じゃあさ譜話ちゃん、1つ問題なんだけど。」と言いながら私立関陽女子高等学校の指定カバンからペンとノートを取り出し、何やら絵を書き始めた。

「これ、私の家ね。こっちが学校。だいたい歩いて15分くらいかかるの。走って7分くらい?かな。」

彼女が絵を書いている間ふと隣を見ると、ベレー帽を被ったキツネが走り過ぎて行った。

「今が8時50分で始業式の開始時間が9時ね。でも9時ぴったりに着いてもアレだから、8時55分くらいには到着してたいよね。」

すると巻葉は、パン!とせっかく絵を書いたノートを閉じて私の方に手を置いた。

「問題です、私たちは学校に間に合うでしょうか?マルかバツか、2択で。」

色々あって混乱している頭で簡単な算数をしてみた。

「バツ」

「お見事!せっかく遅刻なんだしちょっとゆっくり行こうよ。」

「でも私、今日が初登校なのに。」

「遅刻なんて5分も5時間も変わんないよ。それに今なら四ツ矢澤コーラ付きだよ?」と言いながら結構高そうな革製の長財布をパタパタと見せつけてくる。

彼女の言う事には一理も無いが、付き合ってやる事にした。



だるい。

今日も早起きした。寝起きのラジオ体操で体を叩き起した後、朝風呂に浸かって頭を叩き起した。

妹が作った3分の1熟目玉焼きと生焼けのハムをパンに挟んで食べ、制服を着て家を出た。

早く家に帰りたい。なんせ私は昨日も学校に行ったのだ。ほぼ1ヶ月ぶりの登校だとか言っている他の奴らとは違う。

とぼとぼ歩いていると商店街の路地裏で猫が集会をしているのが目に入った。時計を見るとまだ8時20分、時間に余裕はある。

「おはよう猫畜生共。今日は朝から何話してんの?」

「猫に敬意を払えるようになって出直してこいクソ娘。」

八百屋のゴミのダンボールの上で偉そうに演説をしていた年配の猫がそう言うと、ほかの猫もニャーニャー鳴き始めた。

「こら、うるさいですよ。またおばあ様が超音波猫撃退機を置くかどうか迷ってます。」

八百屋の女神様が一喝すると、猫共は一斉に散っていった。

「おはよう。すーちゃん今日から学校?」

「うす」

「そっかそっか、いいなぁ学校。私も学校行きたいな。」

「その歳で女子高生は無理すよ」

「一本取られた!」振り上げられた手が背中に落とされ、激痛が走った。大人の女性に年齢の話をしてはいけない。背中を抑えてしゃがみ込む私に慈悲深い声が問いかける。

「どう?目は覚めた?」

「うす」

「よかった。じゃあ学校行ってらっしゃい。」

八百屋の女神様は私が小さい頃からずっと30代で、実年齢は不明だ。痛みに悶えていると、遠目に見える猫共が震え上がって絶句していた。あの野菜の擬人化みたいな緑色のおばさんは猫にも問答無用で手をあげるのだ。末恐ろしい。

しばらく歩いても痛みが取れないので、公園で休憩する事にした。自販機で四ツ矢澤ゼロカロリーコーラを買って、冷たいうちに制服の間から背中に滑り込ませた。赤くなっているであろう背中を冷やしてもらおう。なんせコーラはぬるくても美味いのだ。

しばらくそのままにしていると、なんだかまた眠くなってきた。



「ありがとね。」

自販機の釣り銭返却口から小さい馬男が釣りを巻葉に渡した。彼女は笑顔で礼を言っている。それを見た私はもう驚いていいのかわからなくなっている。

冷えた四ツ矢澤コーラを受け取ってベンチに近付くと、私達と同じ制服を着た金髪の不良っぽい女の子があぐらをかいて俯いていた。

「巻葉さん、あの人も遅刻ですか?」

「だね、まぁこの子は普段も遅刻しがちなんだけど」と言うと巻葉は不良に引けを取る事無く近付き、首元に冷えた四ツ矢澤コーラを当てた。

「ぴとー。はいおはようございます、相川さん。」

「巻葉」

だるそうな目で巻葉を見る相川と呼ばれた不良は、大きくため息をついて言葉を続ける。

「私また寝てた?今何時?まさか学校終わった?」

「相川はまた寝てた。今は8時54分。残念ながら学校はあと6分で始まります。」

「じゃあ私また遅刻かよ」

フゥーッとまた大きなため息をついて、相川は私に目を向けた。

「こいつ誰?」

「転校生のふわゆいちゃん。転校初日から遅刻の不良なんだよ。ね!」

意地悪な笑みを浮かべてこちらを見てくる巻葉に少しイラッと来たが、表情には出さないようにする。巻葉糸葉はただの親切なクラスメイトかと思っていたが、不良と仲が良さそうなので彼女も不良なのかもしれない。

「譜話結です。よろしくお願いします。」

「よろしく。アンタ体型に気使ってたりする?」

いきなり意味のわからない質問をされた。私とて太らないように食事に気を使っているが、それを初対面で聞かれると思っていなかった。

「人並みには、気は使ってます。」

「ふーん、なのに普通のコーラ飲むの?」

「コーラ?何か問題が?」

「私ゼロカロリーの持ってんだけど、もちろん口付けてないよ」

なるほど彼女は私にゼロカロリーのコーラを勧めているのだ。

「私は別にどんだけ太ってもかまわんし、交換したげる」と言うと半ば強制的に私の四ツ矢澤コーラを奪い取り、どこから出したのか四ツ矢澤ゼロカロリーコーラを差し出した。

礼を言うも言われるもなく、彼女は栓を切ってコーラを飲み始めた。巻葉もごくごくと片手で缶を握って飲んでいた。

私もゼロカロリーコーラを飲む。少し遠くで微かに学校のチャイムが聞こえる。どうやら9時になったらしい。新学期早々、ここにいる3人は晴れて遅刻である。

ぷはっ、とビールのCMのような声を出し、相川がこちらを見る。

「コーラはぬるくても美味いだろう」

気付かなかった。確かにぬるい。


「へぇ、じゃあ15年ぶりに東神崎に戻ってきたんだ。」

「そうは言っても何も覚えていないので、戻ってきたって感じはしないです。」

私の生い立ちを聞いて、巻葉がオーバーリアクションで応える。相川は腕を組んでぼーっとしていた。

私はこの街で生まれたが、1歳になった頃に父の仕事の都合で都会の方へ引っ越した。なのでこの街、東神崎に今回越してきたのは厳密には帰郷なのだが、なんせ記憶がないのでそんな気はしない。

「あの、そんな事より聞きたい事があるんですけど。」

「ん?なに?」

「例えば、あれなんですか。」

美味しそうな鳥の丸焼きが空を飛んでいたので指を指す。翼を動かすでもなく、当たり前のようにすいすいと飛んでいる。

「んー、私もよく知らないんだよね。相川は?知ってる?」

「知らん。気にした事ない」

相川は興味なさそうに2つ折りの携帯電話をポチポチしている。

「気にならないんですか?だってあれ、どう考えてもおかしいでしょう」

言ったそばから、今度は絵に書いたようなUFOがゆっくり回転しながらながら飛んでいる。

「ほら、UFOですよあれ。」

「おーいUFOー!」

巻葉が叫びながら手を振ると、UFOはモールス信号のように光をチカチカと点滅させた。

「おはようだって、悪いモンじゃないよあれ。」

そういうことではないのだ。

「そもそもああいうのが何か知ってなんになんの?」

カッコよく携帯を片手で閉じながら相川が問うてくる。こちらを見てくる眼力が凄いのだがこれでも眠いらしい。

「なんになる訳でもないですけど、異常じゃないですか。私は正直夢見てるんじゃないかって思ってます。」

「夢ならいいんだけどねー、学級委員長が始業式から遅刻とか、先生になんて言われるか。」

そう言って巻葉が足を組むと、ベンチの下からぬっ、とツチノコが這い出てきた。

「これ、ツチノコですよ。学会に報告したら大金貰えます。」

「こんなんウチの庭によくいるけど、それマジ?」

今までで1番テンションの高い声で相川が反応した。私は呆れたような、諦めたような気分になってため息をついた。

この人たちにとってはこれが普通の事なんだろう。

「まぁでも隣町にはないよね。」

巻葉がポケーっとしながら呟いた。

「もしかしなくても、この街の中にしかいないんじゃ。」

「よかったじゃん、街の特産品だこいつら」

どこから捕まえたのか、ツチノコを3匹抱えた相川が至極どうでもよさそうに言った。

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