♪ 01 たった1人の観客
『ブラッドツインズ~薔薇の印に捧ぐセレナーデ~』に訪問いただきありがとうございます
前回のプロローグをお読みいただいた方、前回に引き続きこの作品を訪ねていただいた方に感謝申し上げます
未熟者の作者ではありますがよろしければ本編の方でもキイロの作品にお付き合いいただければ大変ありがたく思います
青色から朱色へと空の色が塗り変わる頃。
純白のカーテンが靡く窓に耳を澄ませば、微かに狂想曲を奏でる音色が聴こえてくるかもしれない。
網戸は閉じているものの僅かに開いた窓から少し冷たい風が流れ、差し込む夕日は暗い茶色の髪を明るく照らしている。
流れ込んでくる冬の風が頬を撫でるのを感じたが、いつもの様に頭の中で曲の世界観をイメージしながらストーリーを思い描く事だけに全神経を集中させて 、狂想曲の世界観に入り込み、全身全霊で表現する。
激しい転調を繰り返し曲がクライマックスに差し掛かる頃には
流れ込んでくる夕方の少し冷たい風も、ピアノの後ろのベットに腰掛けて演奏を聴いている友人が居るのも忘れるぐらい狂想曲の世界観に全身どっぷり浸かっていた。
演奏が終わると一瞬、静寂が室内を包む。
私はベッドに腰掛けるたった1人の観客の反応を伺うよりも、緊張することなくあの時のように演奏中に固まってしまったりしなかった事に安堵の溜め息が漏れる。
ピアノを習い始めた頃、ピアノ教室の中の同年代の子達の中で飛び抜けて上達のスピードも早かったらしく、発表会が迫る中で教室の先生から他の同年代の子達よりレベルの高い曲を演奏する事を提案されて
私は、発表会まであまり時間はなかったが挑戦してみる道を選んだ。
その結果、発表会の当日になって大勢の観客を前にして自信を無くしてしまったのか
あろうことか鍵盤を奏でる指が震えて思うように演奏が出来ずに固まってしまったのだ。
この時の事は思い出すだけで恥ずかしいし穴があったら入りたいと思う。
始めての発表会だった私にとってこの出来事がトラウマとなったのか今でも観客の前でピアノを弾こうとすると指が震えて思うように演奏が出来ない。
それでもピアノを弾く事が好きな気持ちが変わることはなく、今までずっと続けて来た私は中学に進学する時、音楽科のある中高一貫校に推薦入試で入り教室でも学校でもピアノは続けて来た。
高校3年生に進学した私、二ノ瀬茉里は校長の推薦でウィーンの音楽大に留学する為に毎日学校以外の時間は試験勉強とピアノの練習に捧げて来た。
もちろん冬休みに入ってからも毎日朝起きて、食べて試験勉強をして食べてピアノの練習をしてまた食べてピアノの練習をして食べての生活を繰り返している。
冬休みがもうすぐ終わり受験を目前に控えて
私は中学からの友人で同じ音楽科に通う小松彩香を家に誘って実技試験の練習として観客になってもらっていたのだ。
実技試験では観客はいないが審査員がいるので合格したければ観客を前にした時の様に固まったりは出来ない。
その為、人に演奏を聴かれていると想定した実戦練習をしていたところだ。
実戦練習には親に付き合って貰うことも出来ただろうけど、親にはいつも練習を見られて来たのであまり意味はないだろと思い、彩香に実戦練習に付き合って貰う事にした次第だ。
学校でいつも私の演奏を聴いている為、親同様あまり意味はないかもしれないが、それでも間近で演奏を聴かれる中最後まで心を乱す事無く弾けた満足感に暫く浸っていたが、ベッドに腰掛けている友人の事を思い出すと後ろを振り向いた。
彼女は演奏に魅入っていたのかうっとりとした表情を浮かべていた。
「ブラボーー !! 」
「流石茉里ーー !! 」
彩香は私が振り向いた事に気づくと急に思い出したかの様に慌てて拍手を送り、立ち上がると私に賞賛の声を浴びせる。
私は彩香の賞賛の声を嬉しく思いながらも同時に恥ずかしくも思った。
この恥ずかしさは賞賛を受ける照れから来るものであって、あの時の様に失敗から来る恥ずかしさとは違うと感じて私は変な気分になった。
『ブラッドツインズ~薔薇の印に捧ぐセレナーデ~』の序曲第一話を最後までお読みいただきありがとうございます
前書きの方では本編といいましたが序曲ではヒロインの背景が出てきます
本編というよりヒロインの背景説明の為の前日談と言った方がいいかもしれません
次回からしばらくヒロインの過去の話が続きますがお付き合いいただければ嬉しいです