なんか変わってない?
瞬くと、何度も通ったことがあるはずの改札に、何とも言えない違和感を覚えた。
石橋卓昭は定期入れをしまいながら、それとなく、でも執拗に辺りを見渡す。だが、何が変わっているのかはどうにも説明が付かなかった。もちろん、広告や掲示板が変わっているのは当たり前だが、それとは別の、謂わば同じ場所に降りたったのに別の場所に行き着いてしまったような感覚が彼の中にはっきりと認識されていたのだった。
石橋は月に一度ほどある出張で上京していた。今回の場所は少し期間は開いてはいたが初見の場所ではなく、少なくとも二桁は訪れたことのある場所だった。彼は不安な心持ちを紛らわすためポケットに折り畳んで入れていた商談の案内プリントを取り出し、乱暴に払って開いては最寄りの駅と出入口を確認した。
もちろん、何度も来た場所だから間違えてはいなかった。
歩みを遅くした彼の鞄に白髪のサラリーマンがぶつかって、睨みだけ利かせて行く。石橋は届かないくらいの小さな声で謝罪したが、顔を上げ改めて飛び込んでくる景色に再び違和感を抱き息を飲む。地下鉄の構内は入り組んでいて、同じような場所でも違う場所に降りてしまったのだろう。
でも、なんかちがう。
ため息をつき、諦めと共に石橋は通路を渡る。
最寄りの出口はC11だ。彼は東京に出張に行く際には必ず駅と出口の案内には従うようにしていた。一度、同じ駅なのだからと別の出口から出てみたことがあったが、迷子になって散々な目に遭った記憶があるからだ。
Cの11に向かうにはそれなりの距離を歩きそうなのは案内看板から察しがついていたが、やはりここでも、それほど長く歩いた記憶が彼にはなかった。時折、独特な柱や展示物など見覚えのある物も見つけられたものの、どうしても自分の中の違和感は拭えないでいた。
―—―パラレルワールド。
今の状況を簡単に説明できるなら、自分はきっと同じような別の世界に迷いこんだのだろう。
石橋卓昭の頭の中ではそんな答えが次第に大きくなっていた。そしてまったく違和感が抜けないことが不安にさらに拍車を掛ける。
通路を渡るとまた同じような通路を歩くことになる。同じ光景に、本当に自分が進めているのか、という疑問が頭に擡げてくる。それは長い通路が続けば続くほど大きくなって、石橋は半分パニックになりかけた。
だがとうとう石橋卓昭はCの11出口にたどり着いた。
やっぱり何かが違う気がする。
もうここまできたら、何もかもが違和感だらけだった。
地上へ出る階段もこんなに長かったか?
そもそも螺旋になっていたか?
いつまで続く?
本当に出られるの?
次から次へと彼に迫る疑問は杞憂に終わり、まもなく石橋は地上に降り立った。
「—――ということがあったんですよ」
出口を出ると意外にも見覚えのある景色が彼を待ち受けていた。季節こそ変われども、大概のビルや樹木の配置は数ヶ月前を踏襲したものだ。そこから彼は地図も見ずに取引先へ辿り着いた。
不安から解放された石橋は、大して親しくもない取引先の担当を捕まえてまくし立てた。
「ああ、構内は改変工事で新しくなりましたからね」
取引先の担当はその一言で石橋の熱量を一瞬で冷ましたのだった。
ってことがありました(笑)