新たなる旅立ち
「情報に武器に魔石か。結構貴重なものが見つかったな」
俺たちはほくほく顔で集まる。
「うん。あとはどうやってこの船を動かすかだけど……」
「まあ、後で考えよう。今日は疲れた」
俺はそういいながら甲板に出たとき、小山のような物体が目に入った。
「まさかジェルスライム?なんでこんなでかいのが!」
「危ない!」
スライムから触手が伸びてきたので、俺は慌てて三人を船内に引き戻す。
巨大なスライムは甲板いっぱいに広がって、帰り道を封鎖していた。
「ド、ドライ!なんとかしてよ!」
「わ。、わかった。『気化』」
俺が気化魔法を掛けると体の一部を乾燥させて動きを止めることができたが、スライムはその部分を切り離して迫ってきた。
「きゃぁぁぁぁ!」
あっという間にドアが破られて、アリルとウードさんが触手に絡みとられてしまった。
「アリル!姉さん!」
メイが必死になって「銃」を打ちまくる。パンパンという音とともに触手がちぎれたが、そんなのはお構いなしに新たな触手が迫ってきた。
「きゃーーー!」
ついにメイまで捕らえられて、そのままスライムの体に包み込まれてしまう
「く、苦しい。息ができない」
三人はしばらくスライムの体内でもがいていたが、やがて動きがにぶくなり、息も絶え絶えの状態になる。
ぐったりとしたメイたちが、核に取り込まれようとしていた。
(くそっ!なんとかして彼女たちを助けないと)
俺は必死に自分に触れたスライムを「気化」して動きをとめているが、彼女たちを助けられそうにない。
(くそっ……俺に一瞬でスライムを蒸発できるような魔力があったら!)
無力な自分が悔しくて歯噛みするが、俺の魔力だと自分の身を守るのに精一杯である。
(まてよ?自分の力が足りないなら!)
俺はその場から逃げ出すと、一目散に船倉に向かう。そこに保管されていた「魔石」を取って、一気に自分の魔力をこめた。
「うまくいってくれよ……」
ありったけの魔力をこめた石をもって、甲板に出る。
三人はまさに核に取り込まれようとしていた。
「一気に気化させて動きをとめる!えいっ!」
俺は渾身の力を振り絞り、「気化」の魔法がこめられた石をスライムにぶつける。
次の瞬間、巨大なスライムが大爆発を起こし、その衝撃波で俺は吹き飛ばされて船に叩きつけられた。
「ううーん」
「大丈夫?」
俺が目を覚ますと、心配そうに顔を覗き込んでいるメイがいた。なぜか膝枕されている。
「あのスライムは?」
「バラバラになって死んだわ。ありがとう。助かったのはあなたのおかげよ」
メイは俺に感謝する。少しは認めてくれたのかな。
しかし、いったいどうなったんだろう。俺の「気化」魔法をこめた魔石が爆発するなんて。
てっきりスライムは干からびてしまうんだと思っていたけど。
「それは、あまりにも急激に蒸発させすぎたから、水蒸気爆発を起こしたんだよ」
気がつくと、アリルがそばに来てそんなことを行った。
「水蒸気爆発?」
「うん。水って蒸発するときに何百倍も体積が多くなるんだ。だから一瞬で急激に蒸発すると、爆発したのと一緒の効果になる。この船もそういう原理で動いているみたいだよ」
アリルが船の動力部分の設計図をみせてくる。たしかに熱せられた蒸発した水がピストン部分を押し上げ、その上下運動が歯車によって回転に天下されてオールに相当する部分を回していた。
「つまり、ドライ兄の気化魔法をこめた魔石を機関部分にいれると、燃料がなくてもこの船を動かせるってわけ。やったね」
怪我の功名だが、船を動かすやり方が見つかってアリルは喜んでいる。
「さっそく、試してみましょう」
ウードさんが魔石を差し出してくるので、俺は魔法をこめてみた。
「よし。入れてみるぞ!」
アリルが受け取って、水タンクに魔石をいれる。次の瞬間ジュッという音がして無数の泡が発生し、蒸気がピストンを押し上げた。
ギギッという音と共に、船がゆっくりと前進する。
「ウネビ号」は、100年の眠りから目を覚ますのだった。
「すごい!」
「これが伝説の船!」
俺たちはウネビ号を操作して、島の沿岸を伝って船を村の近くにまで運ぶ。
初めてみる巨大な船に、ウンディーネ一族は喜びの声を上げた。
「ドライさん。ありがとうございます。これでこの島から脱出できます」
メルディさんが涙をながしながら喜んでいるが、俺はそんなにうまくいくと思えなかった。
「言いにくいのですが……この島から出ても、そんなに簡単に新天地は見つからないと思います」
俺はウンディーネ一族に、今の世界情勢を話す。地内海を支配しているイスタニア帝国は世界征服の野望をもっており、自国民以外を見下し、征服地の民を奴隷扱いしたりしている。もし水の一族が帰参したいと申し出ても、まともな市民として受け入れられるとは思えなかった。
「そんな、それではどうすれば……?」
「北のフィルランド公国はすでにイスタニア帝国に傘下に入りました。抵抗を続けているのは南のイシリス王国ですが……」
王国だって、いきなり来た流浪の民に領地を与えてくれるとは思えない。金をためて領土を買うか、あるいは手柄を上げて領土を下賜されるかのどちらかしかなかった。
「ウンディーネ一族は、しばらくこの島にとどまってください。俺は外に出て商売で金を稼ぎながら王国に庇護を求めようと思います」
「わかりました。一族の若者もお供につけましょう。よろしくお願いします」
こうして志願者が集められ、若い少女を中心として50人ほどが島の外に出ることになった。
しばらく沿岸地域で航海訓練をした後、この島を出る準備をする。
「武器や魔石を置いていくのですか?」
「ああ。外の世界には何があるかわかりません。もしかしていきなり拿捕されて没収されるなんてこともある。だから大部分は残していって、必要ならまた取りにきます」
俺はそういって積荷の大部分を村に下ろす。
「その代わりに欲しいものがあるのですが……」
メルディさんに頼んで、あいた船倉にこの島で作られている薬を載せることにした。
「えっと……海草からつくったヨードチンキに、ジェルスライムのゼリー。こんなものが売れるのかな?」
メイは疑っているようだが、俺はこれは商売になると思っていた。
これからイスタニア帝国は世界征服の戦争に乗り出す。当然それに抵抗する国は傷薬の需要が高まるはずである。
「私たちは外の世界のことを知りません。すべてあなたにお任せします」
メルディさんはそういって俺の意見を尊重してくれ、大量の薬やゼリーを載せてくれた。
こうして準備を整え、いよいよ出発の日を迎える。
「みんな。くれぐれも体に気をつけてださいね。もし何かあってこの島に戻れなくても気にしなくていいですからね。そうなったらあなた方は新天地で新たに一族を興してください」
メルディさんの別れの挨拶に、メイを代表とする少女たちは笑顔で返した。
「お母様、心配しないでください。きっと新しい土地を見つけて、迎えに来ます」
メイはきりっとした顔でそう伝える。
「ボクは楽しみ。外の世界ってどんなだろう」
アリルはわくわくした様子だった。
「ふふ。大丈夫ですよ。外の世界で受け入れられなくても、頼もしい旦那様がすでにいらっしゃいますから」
なんだかウードさんが怖い。
「よし。出発!」
俺は船長室にあったキャプテン・ピエールの海賊服を着て命令する。
備品部屋に大量にあった水兵服-セーラー服というらしいーを着た少女たちも船に乗り込んだ。
こうして、俺と少女たちは島を脱出し、地内海に乗り出すのだった。




