政商
「そなたが最近何かと噂になっておる、ウンディーネ卿か?軍務大臣ウラン殿も褒めておったぞ。将来が楽しみな少年としてな。よろしく。私はオスマン伯爵と申すものだ」
下の階にいた木っ端商人たちとは明らかに雰囲気が違う。ただの商人というだけではなく、国の何%かの富を握っているような貫禄を感じさせた。
「はじめまして。ドライ・ウンディーネと申します」
俺の口からは自然に敬語が出てしまった。
お茶が運ばれ、会談が始まる。
「先日、卿が陛下に献上された首飾りの研磨を当商会で請け負った。最高の技術を持つ職人に磨かせたのだが……」
オスマンは袋から首飾りを取り出す。ダイヤモンドが光を反射し、まるで光の塊そのものであるかのような輝きが部屋に広がった。
「すごい……」
「私も同じ感想を抱いた。まさに国宝クラスだ。とうだ?献上して惜しかったと後悔しておるのではないかな?」
オスマンは笑っているが、俺は惜しいとは思わなかった。こんなもの持っていたら命がいくつあっても足りない。
「いえ。私はこれを所有するにふさわしい器量を持っておりません。むしろ災いの元となるかと」
「賢明だな。そういう判断ができる者は長生きをする。結局は謙虚な者が大利をつかむのだ」
オスマンはそういって、首飾りを袋にしまった。
「さて、ダイヤモンドの輝きに惑わされぬ理性を持つ卿に頼みがある。これは国家戦略にかかわることだ」
まじめな顔になって、イシリス王国がこれからガーナ王国との取引方針を話し始めた。
「カカオについては卿に一任する。所詮は嗜好品だ。国を傾けるほどの影響を与えることはないからな。どの商会と取引するのかは卿がきめてくれ。ただし……」
オスマンは真剣な顔になって俺の顔を見つめる。
「ダイヤについては当商会が独占して取引させてもらう。その際、「卸値」として市場価格からはかなり割り引いてもらおう。陛下の許可は得ておる。異議は認めぬ」
有無を言わさぬ調子でにらみつけてくる。そこには単なる商売上の利益を追求して理不尽を強制させるといったものとは違う様子を感じられた。
「それは国としての方針なのですね。つまり、私に市場で売られては困ると。もっと言えば、ガーナにダイヤ鉱脈があることも隠せということですか?」
「察しがよいな。ついでになぜこのような一方的な取引をもちかけるか考えてみよ。念の為に言っておくが、我が商会の私利私欲のためではないぞ」
つまり、オスマン商会の本当の経営者はイシリス国そのものというわけだな。それが大量のダイヤの原石を手に入れて、何に使うかという話だ。
国内の貴族や富裕層向けに売るか?確かに国自体は儲かるが、貴族や民間から金貨を巻き上げれば購買力が落ちて景気が悪くなる。結局国と民間は表裏一体なので、どちらかに金が偏れば
良いことにならないはずだ。
待てよ。ここに外国が絡んできたら……?
そこまで考えて、俺はあっと声を上げる。
「つまり、ダイヤをイスタニア帝国やその属国に売りつけて、経済的に締め上げる……?」
「シーッ!」
俺がつぶやいた言葉を聞いて、オスマンはあわてて立てた指を手に当てる。
「そういうことだ。所詮宝石など実用面からみれば石ころとかわらぬ。食うこともできず武器にもならん。石を売って金を得ることで、わが国はさらに豊かになろう」
オスマンはそういって、ニヤリと笑った。
「ですが、わが国とイスタニア帝国は戦争中です。表立っての貿易などはできないのでは?」
「だからこそ、我が商会の存在意義があるのだ」
なるほど。オスマン商会は陛下の許可の下、密貿易をしているわけだな。帝国側にも協力している商人がいるんだろう。
俺がガーナとの貿易で稼げば稼ぐほど、巡りめぐってイスタニアから金を巻き上げることができるわけだ。これは面白くなってきた。
「卿はガーナ王国との信頼関係を損なわぬよう、慎重にダイヤを集めてくれ」
「わかりました」
こういう小さいことの積み重ねが、相手の国力を削ぐことにつながるんだな。
俺は国家間の裏で行われている駆け引きの一端を見て感心する。同時にその末端に組み込まれてしまったことを実感した。
その後、俺はガーナ王国と何度か往復して、さらに信頼関係を作り上げることに成功する。中小の商人とは個別にカカオ取引の契約をして、それを隠れ蓑にしてダイヤの原石を輸入する。
そうすることで、資産を金貨40万枚にまで増やすのだった。




