遭難
「ふざけるな……絶対に仕返ししてやる。シルフィールド家もカッターも皆殺しだ」
俺は憎悪をたぎらせるが、できることはなにもない。
あれから三日間。俺は飢えと乾きで苦しんでいた。
何か残ってないか船倉を探したが、樽の中には水すら残ってなかった。どうやら家臣たちは船から降りる時にすべての水をぶちまけていったらしい。
このままでは、脱水症状を起こして死んでしまう。
のどの渇きに苦しんで、俺は恨めしそうに海を見つめた
(こんなに水にあふれているのに……海水は飲めないなんて。なんで海には塩水しかないんだ)
そう思っていると、幼いころ母さんから聞いたことを思い出した。
「海水を真水にする方法があるのよ?」
「へえ?どんな?」
幼い俺がわくわくして聞き返すと、母ディーネは海水が入った鍋の上にシーツを張る。
「『気化』」
母が海水に魔法を掛けると、塩水が蒸発して上に敷かれたシーツがどんどん湿ってきた。
「ほら、飲んでみなさい」
シーツを絞って出てきた水を飲むと、しょっぱくない。
「すごいや!」
「これは「蒸留」という方法よ。ふふ。お父さんと出会ったのも、この魔法がきっかけなのよ。遭難したあの人を助けて、水を与えてあげたの。私たちの一族はそういうことができるのよ」
母は優しく教えてくれた。
「お母さんの一族?」
「ええ。水を操り、世界を潤す水のウンディーネ一族。大きくなったら、私のお姉さんにもドライを会わせてあげたいわ」
そうつぶやく母の顔は、少しさびしそうだった。
「とにかくやってみよう」
俺は樽で海水をくみ上げ、帆を取ってその上に敷き詰める。
「『気化』」
今まで役立たずとバカにされていた蒸発魔法を使って、海水を蒸発させる。すると、あっという間にシーツはぐっしょりとぬれて、真水ができた。
「たすかった……これでしばらくはなんとかなる」
おれは自分でつくった水を飲み、ついでにたるの底にたまった塩をなめる。こうして希望を捨てずに海を漂うのだった。
漂流して五日目。俺は空腹のあまり発狂しかけていた。
魚を釣ろうとしても竿が見当たらない。そもそも餌になるものがまったくない。この状況でどうしろっていうんだ。
「くそっ」
一切れのパンを大切に食べていたが、このままだと餓死しそうだった。
そんな時、はるか地平線の先に陸地らしき影が見える。
「やった!これで助かった」
そう思って舵をその島に切るが、いきなり前方に暗雲がたちこめてきた。
「なんであの島に近づいたらいきなり嵐が起きるんだ。も、もしかして、ここは伝説のモンスーン領域じゃないのか?」
常に暴風雨が吹きすさび、多くの船を沈没させたといわれる魔の海域。
あわてて沖にでようとするが舵が効かず、当船はそこに向かってまっすぐに進んでた。
「うわぁぁぁ!」
モロに風をくらって、ラティーナ船が大きく傾く。
「くそっ!」
俺は決死の覚悟でマストを切り倒し、帆ごと海に捨てる。少しはマシになったが、船体自体に受けた風のせいでギシギシと船が歪む。
「なんとかして外に出ないと!」
おれは必死になって舵を外に切るが、何かに吸い寄せられるように中心部に向かって吸い寄せられていった。
「うわっ!」
船が大きくゆれて、俺はバランスを崩す。舵から手を離した瞬間、すさまじい勢いで海に投げ出されてしまった。
「ぐっ……苦しい!」
口の中に大量の海水が入ってくる。その水が肺に入った瞬間、俺はもう助からないものと覚悟した。
だがー
「なん……だって?」
俺はいつの間にか、海中で呼吸をしていた。
気がついたら、喉に鱗みたいなものができ、そこに薄い切れ込みみたいなものがある。その切れ込みはまるで魚のエラのように開閉していた。
「なんだこれは!」
自分で自分に驚くが、今はありがたい。
俺は精一杯息を吸い込むと、自ら暴風域の中心である島に向かって泳いでいった。