出航、そして裏切り
俺は馬車の中で怒り心頭に発していたが、そうしていても仕方ないので気分を切り替える。
(考えたら、これで自由になったんだ。船を貸してもらえるっていうわけだから、商売でのし上がってやる)
そう思いながら港につくと、イフリート公国の紋章がついた中型船であるキャラック船が見えてきた。
「貸してもらえる船って、あれか?なかなかいい船じゃないか」
そう思っていたのに、馬車はキャラック船をスルーする。
「あれ?」
「残念ながら、あの船はカッター様への贈り物でございます」
そのまま少し先に進んで、あるボロ船の前に止まった。
「俺の船って……これか?」
「さようでございます。追放された身としては分相応かと」
俺は港につながれた船を見て絶句する。
いわゆるラティーナとよばれる10人乗りの小船で、船倉はひとつしかなかった
隣のキャラック船と比べたら象とアリほども違う。しかも相当年季が入った船らしく、あちこち傷んでいた。これって廃船じゃないのか?
「ひどすぎるだろう!」
「わがままを申されるな。このような船でも元婚約者の温情としてシャルル公女様がお貸しされたのですぞ。しばらくは私たちが同行させていただきます。では、ご指示を」
そう迫られたので、俺はしぶしぶ持ち物をすべてうってこの港の特産品であるガラスを買い込む。
「とりあえず、西のポルターに向こう」
俺の命令で荷物を積んだ使用人たちは、小さい帆に風を当てて船を発進させる。
その時、俺は彼らがニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべていたことに気づいていなかった。
無限に広がる大海原。太陽の光を受けてキラキラと輝く海面。そして甲板を吹き渡る涼しい風。
追放されて腐っていた俺だが、出航してしばらくたつと暗い気分もなくなり、前向きな気持ちになってきた。
「よし。あんな陰険な家なんて知るか。俺はこれから自由に商売をして、好き勝手生きるんだ」
そう思って自分を鼓舞していたが、どうも進路がおかしい気がする。
東のポルター港に向かうはずが、気づけば地内海の中央に向かっていた。
「おい。進路が違うんじゃないか?」
「素人のあなたは口出し無用にお願いします。直接西に向かうよりも、海の中央を経由したほうが海流に乗れるので効率がよいのです」
俺についてきた家臣たちは、そっけなく言い返す。
そうして旅を続けること一週間。いつのまにか俺の船は、全く陸が見えない海のど真ん中にいた。
「どういうことだ!こんな小船で沖まで出てきて。陸沿いに航海するのが常識だろう!そうしていればとっくに着いているはずだ」
俺が抗議しても、家臣はそ知らぬ顔だった。
「問題ありません。ここで当家の船と合流することになっています」
家臣たちが指差す方向を見ると、港で見たキャラック船が近づいてきていた。
「あれはカッターの船か?」
「そうです。どうやらあちらが先にポルターについて、今は帰りの便らしいですな。ちょうどいい。積荷交換といきましょう」
キャラック船はこちらのラティーナ船に横付けになる。高い船からに見下ろされる形となった。
きがつけば、家臣たちは積荷のガラスや食料を持って甲板にでている。
「おい。積荷交換ってなんだ!」
「ポルターからきた船が積んでいる毛織物と、我が船のガラスを交換するのですよ。そうしたらわざわざ行く必要がなくなるでしょう。こんなことは常識ですよ」
見ると、キャラック船にも毛織物をもった船員が待機している。俺はしぶしぶ許可を出した。
ガラス製品をもった家臣たちが「風舞」をつかって浮き上がり、キャラック船に乗り込む。
そうして帰ってくるかと思ったら、そのままこっちに船から離れた。
「おい!どういうことだ!」
「すいませんね。カッター様のご命令です。シルフィールド家の血統を汚す者は、生かしておけないそうです」
家臣からそんなあざけりの声が返ってくる。
「ふざけるな!」
俺は力の限り叫ぶが、家臣たちに笑われるだけだった。
「おぼっちゃん。うらまないでくださいよ。あんたは生まれてきたことが悪いんだ」
笑う家臣たちの間から、カッターが進み出てくる。
「悪く思うなよ。さすがに長子を追放したとなると外聞がわるいんでね。表向きは航海の旅に出たことにして、後は海の藻屑とする。そうすれば、不幸な事故として処理されるというわけさ。このまぬけめ」
俺は怒りに震えるが、どうしても聞きたいことがあった。
「この陰謀にシャルロットは関わっているのか?」
「冥途の土産に教えてやろう。シャルロットはイフリート公王の命令で婚約破棄しただけさ。それでも最後の情として、お前にキャラック船を与えようとしたんだ。もっとも、それも今じゃ俺のものだがな」
カッターはうれしそうに乗っているキャラック船をなでる。
「てめえ!横取りしたのか!」
「はは。追放する奴に船なんて無駄だろうが。これでお前から何もかも取り上げてやった。慈悲としてパンを恵んでやるから、思い残すことがないようにな」
キャラック船からパンがひと切れおちてくる。そのまま俺を置き去りにして、船は行ってしまった。